Food Around the World for PEACE モリタジャーナル ~世界の平和を食で繋げよう~ 第2回:戦時下のウクライナ訪問/後編
前回は、日本人の料理人である僕、森田隼人が戦時下のウクライナを訪れて、現地で見たもの、そして感じたことについて話した。ウクライナという国が今どういう状況にあるか、人々は何を思っているのか、そしてそのなかで僕がすべきことは何かなどだ。後編となる今回は、僕がウクライナで開いた、食を通じて現地の人たちを支援するチャリティーコミュニケーションについて話していこうと思う。
戦時下のウクライナ訪問/前編を読む
ウクライナの友人、アルタムのもとへ
まず初めに、今回のチャリティーコミュニケーションを行うにあたって、紹介したい人物がいる。彼の名前はアルタム。ウクライナのリヴィウ市街で、古い建造物をリノベーションしたレストランをやっている。レストランでウェイターとして働くところからキャリアをスタートさせ、7年前には自身の店「MIΦ」を開き、それを少しずつ成長させて今ではワイナリーを持つまでになっている。
僕の右に立っているのがアルタム。彼は清潔感があってパワフルな人物だ。今回のチャリティーコミュニケーションも彼がいなければ開催するのは困難を極めただろう。博識で、なんと日本語の「カロウシ(過労死)」なんて言葉も知っていた。彼の人柄や聡明さは、ウクライナで撮影したこちらの動画からもわかってもらえるはずだ。驚くほどしゃべるのも上手で、カメラの前でも緊張する様子もなくコミュニケーション能力も高い。ぜひ観てほしい。
寿司やしゃぶしゃぶなどの日本食や、和牛のステーキを現地の人に振る舞う
リヴィウでは2日間にわたってチャリティーコミュニケーションを開催した。具体的には「MIΦ」にゲストを招き、彼らに日本料理や日本の食材を味わってもらい、そこで得られた収益を全額ウクライナの戦災孤児の支援活動や生活の保護のために寄付するというものだ。今回は、両日ともに50名以上のゲストに寿司、すき焼き、しゃぶしゃぶ、和牛のステーキなどを振る舞うことができ、1万ドル相当の額を寄付することができた。
開催前は、果たして日本の食材や料理は受け入れられるのか、僕の技術は喜んでもらえるのかと気をもんでいて、リヴィウに到着してアルタムに「満員だよ! みんなハヤトが来るのを楽しみにしてる!」と言ってもらえたときにはホッとしたのを覚えている。なかには移動が大変ななか、日本人の料理人が来ると聞いてやってきたという人もいた。戦時下という閉鎖的な状況のなかで、少しでも心を惹かれるような催しになっていればと思う。
来てくれたゲストに今回の料理について感想を聞いたところ寿司が一番人気で、また和牛のステーキにも驚き、喜んでもらえたようだった。「本物のワサビを初めて食べて、おいしかった!」という通な感想や、「今は国から出ることはできないが、いつか必ず日本に行って日本食を食べてみたい」といった言葉をもらうこともできた。そして、料理と合う日本酒にも興味を持ってもらえたようだ。日本から60キロを超える食材を持って行った甲斐があったと感じる。
また、ゲストだけでなく、今回のチャリティーコミュニケーションでは15名もの現地のスタッフにも協力してもらった。ウクライナの人は(全員がそうなのかはわからないが)真面目で勤勉だ。学ぼうという意識が高く、言葉があまり通じなくても、動作や目線で意思疎通ができたと思う。入国審査や国内の移動に思った以上に時間がかかり、日程の関係でリヴィウに着いてすぐにチャリティーコミュニケーションを始めなくてはならなかったが、それでもしっかりと料理を提供できたのは間違いなく彼らのおかげだ。
聞いたところによると、リヴィウはレストランが多く、その種類も豊富で「食の街」として国内でも有名なのだそうだ。若い料理人たちの意識の高さにも納得がいく。僕のやったチャリティーコミュニケーションが、ゲストに来てくれた方だけでなく、彼らにも何らかの刺激や経験になっていてくれればと願っている。
チャリティーコミュニケーションを通じて感じた、食の持つ力
今回、初めて日本人の料理人としてウクライナでチャリティーコミュニケーションを行って感じられたことがある。
それは、食の持つ力は確実に国境を越えて届くということだ。
チャリティーコミュニケーションの後、ゲストの1人である女性に話を聞くと、こう語ってくれた。
「この催しで、戦争で受けた心の傷が癒えたかどうかはわからない。でも、間違いないのは活力をくれたということ。他の国の人からの助けがあれば、この戦いに勝つことができる、そう信じられるようになった」
僕は、彼女に対して戦争に勝つ力を与えたわけではない。武器を渡したわけではないし、多額の資金を援助したわけでもない。それでも彼女は、同じような助けが集まれば戦争に勝てると信じられるようになったと言ったのだ。日本の食材でつくった僕の料理から、生きるために必要な根源的な要素である活力を得られた、と。
困窮していて動けないときに何とか立ち上がるための活力、それを満たすためには、やはり食は大切な要素だ。たとえ武器があっても、活力がなければ人はそれを振るって戦えないだろう。食は困難な状況を打破するための活力を与えられる。そのことにあらためて気づけたのは、今回のチャリティーコミュニケーションを通じて得られた大きな手ごたえだ。
人は、他者を幸せにできたとき、自分も幸せを感じられる生き物だ。活力も同様なのだと思う。今回のウクライナ滞在とチャリティーコミュニケーションでは、僕自身にとっても数多くの発見があり、そして次の活動につながる活力をもらえた。世界には、まだ食に困っている人たちが数億人という単位でいる。ウクライナのように戦争が無くても飢餓に苦しんでいる人がいる。食の力でもって、その人たちを支援していこうとあらためて強く決意することができた。
この手記や動画を見ての感想や、感じたことなどがあれば、僕のSNSに送ってもらえるとうれしい。
森田隼人Xアカウント(@crome99)