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白井晃、小川絵梨子、近藤良平、長塚圭史、成河が語り合った「公共劇場における芸術監督の役割を考える」レポート~世田谷パブリックシアター新芸術監督・白井晃就任イベント

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(左から)成河、白井晃、小川絵梨子、近藤良平、長塚圭史

1990年代に入り、国や地方自治体によって本格的に設立されるようになった公共劇場。1997年にともに開場した世田谷パブリックシアターと新国立劇場が2022年、25周年の節目を迎えた。今年4月に白井晃が新芸術監督に就任した世田谷パブリックシアターでこの新たなスタートを記念したトークイベントが開催された。首都圏の4つの公共劇場、世田谷パブリックシアター・白井晃、新国立劇場(演劇部門)・小川絵梨子、彩の国さいたま芸術劇場・近藤良平、KAAT神奈川芸術劇場・長塚圭史の芸術監督4人が一堂に会し、「公共劇場における芸術監督の役割を考える」をテーマに語り合った。進行役は、4人の芸術監督の演出作品に参加している俳優の成河が務めた。劇場の芸術監督は、何をするべきなのか。5人が、白熱した議論を展開した。普段、足を運んでいる劇場の舞台裏の奮闘エピソードは聞き応えがあった。2022年4月19日に開かれたトークイベントのもようを、たっぷりとお届けする。

世田谷パブリックシアター 主劇場:1997年開場。主劇場(約600席)とシアタートラム(約200席)がある。 歴代の芸術監督は、佐藤信(劇場監督1997~2002年)、野村萬斎(02~22年)、22年から白井晃。=世田谷パブリックシアター提供


■公共劇場の芸術監督とは何か

「芸術監督は何をしたらいいのか、よく分からなかった」。就任を打診された際、4人の芸術監督がいずれも同じ反応を示した。その戸惑いぶりが、日本の公共劇場における芸術監督の現状を物語っているように感じた。

日本の公共劇場に芸術監督制度が定着しはじめたのが1990年代。 それから30年近くが経過したが、「残念ながら、(大半の)日本の芸術監督は明確な規定がない。各館で考えてやっている」(白井)のが現状で、手探りのまま進んできた。

登壇した芸術監督4人が務める公共劇場4館のうち、新国立劇場の任期は1期4年で、再任されることもある。次期芸術監督予定者は、現監督の任期が終わる2年前に選考され、就任までの2年間は芸術参与として、公演の準備に当たる。小川は次期芸術監督に内定した際、歴代の演劇芸術監督、栗山民也、鵜山仁、宮田慶子の3人と1対1で話す機会を設け、歴史や権限・在り方の移り変わり、今、必要とされていることなどについてヒアリングしたという。「公共とはいっても、それぞれの個が責任を持って、方向づけや色づけをしていくのが大事だと思った」

新国立劇場外観:1997年4月開場。オペラ、バレエ、現代舞踊、演劇を上演するためのオペラ劇場、中劇場、小劇場の三つの劇場がある。 歴代の演劇芸術監督は、藤田洋(1993~96年)、渡辺浩子(96~98年)、栗山民也(2000~07年)、鵜山仁(07~10年)、宮田慶子(10~18年)。18年から小川絵梨子。=新国立劇場提供

KAATにおいても、「準備期間を持つことは重要だ」と考えた当時芸術監督だった白井は2019年、次期芸術監督予定者を見据えて芸術参与を置くことを劇場に進言し、長塚がその任に就いた。長塚は、2年間の「助走期間」を経て芸術監督に選任され、2021年にバトンタッチした。KAATの芸術監督の任期は1期5年だ。長塚は、「任期に対する議論は必要。任期があるからこそ、プランを立てられる。何を失敗したら、どう修正できるのか。5年や10年の期間の中で決めることができる」と話した。

KAAT神奈川芸術劇場:2011年開場。最大1200席で自在に可変する客席を備えるホールと、上演会場にも稽古場にもなるスタジオ群を備えている。 歴代の芸術監督は、宮本亜門(2010~13年)、白井晃(16~20年/14〜15は、アーティスティック・スーパーバイザー)、21年から長塚圭史。=KAAT神奈川芸術劇場提供

彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に22年4月、就任したばかりの近藤は、その1年前に次期芸術監督になった。「みんなが何を期待するのか、興味があります。この1年間にたくさん取材を受けてきましたが、記者の人たちが『こうなったら面白いですよね』と様々な提案をしてくれるので、期待を感じながらメモしています」と語った。

彩の国さいたま芸術劇場 外観:1994年開館。演劇、舞踊、音楽それぞれにふさわしい4つのホールがある。 歴代の芸術監督は諸井誠(芸術総監督1997~2005年)、蜷川幸雄(2006~16年)、22年から近藤良平。=彩の国さいたま芸術劇場提供


■予算執行権と人事権

「日本の公共劇場の芸術監督は西欧とは違い、予算(執行)権と人事権がない。実際、どこまでの権限があるのか」と成河が切り込んだ。これに対し白井は慎重に言葉を選びながら、次のように語った。「我々(4館の芸術監督)には人事権も予算権もないのは事実。日本の公共劇場でそれを唯一持っているのは、静岡県舞台芸術センター(SPAC)の宮城聰・芸術総監督だけ。これは、初代の鈴木忠志さんの時代からの継承と聞いています。でも、芸術監督が(その権限を)持っていた方がいいのか、僕にはまだわかりません。予算や人事を抱えるとはどういうことか、少しずつ積み上げていく場が必要になると思う」

欧米や韓国などでは、小規模な劇場にも芸術監督がいることが多く、そこで若いころから経験と実績を積みながら、大きな劇場へと活躍の場を広げていく。また、小川によると、プロデュース公演が主流のアメリカでは、芸術監督の担い手が日本のように演出家中心ではなく、台本の解釈を担当するドラマツルグやプロデューサー、俳優など多彩だ。また、芸術監督が全部一人で抱え込むのではなく、チーフプロデューサーとの二人三脚で、予算や芸術的な方向性を決定している。

KAATの芸術監督を経て今年4月から世田谷パブリックシアターの芸術監督となった白井は、次のような認識を示した。「佐藤(信)さんや、蜷川(幸雄)さん、(まつもと市民芸術館総監督の)串田(和美)さん、公共劇場が生まれたころに芸術監督を務めた先達たちは、劇場文化の旗頭として旗を振りリードして頂いてきた。そこから20年、30年経った今、芸術監督の役割や劇場の運営をしっかり決めていくことが必要な時期に来ている。いくつもの代をつないでいくことで、なし得ることも出てくる。次の世代に何を残せるかが、自分の中で大きなテーマになっている」。日本の実情に合った芸術監督制度を模索する議論が、これから本格的に始まろうとしている。

白井晃 (撮影:田中亜紀)



■次世代のためのプロジェクト

「お客さんとのコミュニケーションをきちんと作っていくために、お互いに感じるものがある作品、『これはいける』と思った作品を劇場にかけるシステム、考え方ができないか」。そう考えた小川が、就任時から柱に据えた二つの企画が、3〜4か月ごとに試演を重ね1年間をかけて演出家が作品をつくる「こつこつプロジェクト ―ディベロップメント―」と、出演者全員を一般公募のオーディションで選ぶ「フルオーディション」だ。

「こつこつプロジェクト」を始めた理由について、「通常の1ヵ月間の稽古では足りない、もっと時間がほしいと思った」と小川。2019年3月からスタートした第1期が20年3月に終了。この中から誕生した西沢栄治・演出の『あーぶくたった、にいたった』(別役実・作)が、本公演として21年12月に上演された。21年4月からは第2期が始動した。

小川絵梨子 (撮影:田中亜紀)

「フルオーディション」は、芸能事務所や劇団に所属していない俳優たちにも、平等に機会を提供する企画。「いろいろなことに縛られないで、作品だけに向き合うキャスティングが普通でありたい」という狙いがある。これまでに4本が既に上演された。第5弾は、上演が8時間近い大作『エンジェルス・イン・アメリカ』2部作(上村聡史・演出)で、2023年4~5月の上演が予定されている。小川は、「変革というとすぐ成果が出ないといけないプレッシャーがある」と吐露しつつも、「劇場が一過性のものではなく、歴史を積み重ねていくことがとても大事」と、後に続く世代のために取り組む。

「こつこつプロジェクト」に反応した近藤は、「ダンス公演だとたくさん稽古をしても、本番は2日か3日ととても短い。でも、作品をつくっている過程の部分にものすごい面白みがある。つくるとはこういうことかというのもお客さんに見せてみたい。お互いにレスポンス(応答)を持てる関係ができないかと思っている」と語った。

近藤良平 (撮影:田中亜紀)



■公演の集客とキャスティングの関係

税金が投入されている公共劇場でも、採算と無関係ではいられない現実も、成河の直球質問で浮き彫りになった。

「本当に難しい問題です」。一息ついた後、白井は公共劇場の収支の仕組みについて説明した。例えば世田谷パブリックシアターの場合、世田谷区から指定管理を受けた公益財団法人せたがや文化財団が、運営を担っている。区からの補助金・委託金、国からの補助金、他のプロダクションに劇場を貸し出して得られる貸館料などが主な収入源となっている。ただし、それだけでは年間を通じて劇場を運営するのは難しいので、主催公演のチケット販売で自主財源を得る「自家発電」の必要もあるという。「人気のある俳優さんが出ている公演に、『あの俳優を観たい』とたくさんのお客様が劇場に足を運んでくださることも、とても大切なことです。それと同時に、今の時期に必要な、エッジの効いたアーティスティックな作品も出していって、うまくバランスを取りながらやっていこうと思っている」。

白井の意見に賛同した長塚は、「劇場には芸術性の高いものや、大衆的なものなど、多様な作品があるべきだと思っている。聖と俗を混ぜ合わせて、見せていかなければいけない」。公共劇場制作の作品の一つの理想として長塚が挙げたのが、英国留学時代に観た国立劇場「ロイヤル・ナショナル・シアター」が制作した『戦火の馬』だ。「長期間リハーサルを行い、何年もかけて創られた劇場の財産となる演目。クオリティーが高く、俳優は有名無名、関係ない。公共劇場が5年かけて一つの大作をつくる。そういうものがつくれる劇場になったら…。そういう夢を抱いています」

長塚圭史 (撮影:田中亜紀)



■知る人ぞ知る劇場問題

冗談交じりに披露された、タクシーと劇場にまつわる話で、気になったのが「知る人ぞ知る劇場問題」である。「世田谷で乗車歴20年のタクシー運転手から、キャロットタワーの中に世田谷パブリックシアターがあることを知らなかったと言われた」(白井)、「新国立劇場に行くとき、行き先を東京オペラシティと言わないと通じない」(小川)、「新国立劇場へと言ったら、(半蔵門の)国立劇場で降ろされたことがある」(成河)。会場はドッと沸いたが、笑い話では済まされない部分も含んでいる。劇場の認知度の低さを示しているからだ。どの芸術監督も強い危機意識を抱き、どうしたら多くの人々を呼び込めるのか、知恵を絞っていた。

成河 (撮影:田中亜紀)

新国立劇場は、小川がスタッフらと話し合いを重ねながら、小劇場近くの喫茶コーナーの内装やグラスのデザインなどを変えた。「冷たい感じの建物だと思ったので、(最寄りの)初台駅を通る方たちがふらっとビールを飲みに来るような、ワクワクする場所にしたかった。劇場は意識しないと閉じてしまうので、開けられるところは開けていかなくては」と小川。後日、喫茶コーナーに行ってみると、黒っぽい壁に白い文字で大胆に大きく「カフェ」と書かれていた。以前に比べると、スタイリッシュでデザインが攻めているイメージを受けた。残念ながらコロナ禍のため、リニューアルした喫茶コーナーは一度もオープンしていない。感染が収束して営業を再開したら、ぜひここで観劇後の一杯を楽しんでみたい。

新国立劇場の喫茶コーナー

KAATは、NHK横浜放送局と同じ建物にあり、その入り口には高さ30メートルの吹き抜けのアトリウムが広がっている。「このアトリウムという広場を突破口として、劇場を開く仕掛けができないか」。そう考えた長塚は、芸術監督就任第一弾として2021年5月に、『王将』ー三部作ーを、アトリウムに設けた特設劇場で上演した。「仮設劇場で楽屋がないので、俳優が舞台袖に入るとアトリウムに飛び出してしまい、出番を待つ姿が丸見えになる。エスカレーターを上ると、上からも覗き込める。『お芝居をやっているけれど、ここは何だろう?』と思ってもらえたら、通りすがりの人たちとの接点ができる。この広場に劇場が現れ、お芝居が上演されたという体験や残像が残り、それが財産になる。そういうことを積み重ねていくことができたらと考えています」

新ロイヤル大衆舎×KAAT「王将」-三部作- <KAAT神奈川芸術劇場 アトリウム特設劇場>2021年5月15日(土)~6月6日(日) 作:北條秀司 構成台本+演出:長塚圭史 /(撮影:細野晋司)

世田谷パブリックシアターは、三軒茶屋駅直結の高層複合ビル「キャロットタワー」の中にあるが、「人の流れが多いのに、劇場があることが知られていない」という悩みを抱えていると、白井は指摘する。開館25周年記念のアニバーサリーフラッグをキャロットタワーのエントランスに掲げたほか、地下通路「三茶パティオ」にも記念ポスターや主催公演ポスターなどを、1年を通じて掲示する予定。

世田谷パブリックシアター 開館25周年記念のアニバーサリーフラッグ

「世田谷パブリックシアターやKAATはビルの中にある。彩の国さいたま芸術劇場は、僕の印象だと『平屋』。劇場の周囲には畑がまだいっぱいあって。元々、人が行き交っていないので、いろいろ仕掛けをしていかないと」と近藤はユーモアを交えて語った。劇場は、最寄りのJR埼京線与野本町駅から徒歩7分かかる。そのルートには、シェイクスピアの戯曲全37作品を上演する「彩の国シェイクスピア・シリーズ」に携わった演出家や出演者の手形レリーフが設置されている。歩道にも「恋に明日があるものか」「人生はたかが歩く影、哀れな役者だ」など、シェイクスピア戯曲の名台詞があちこちに埋め込まれている。そこにどんな趣向が加わるのだろうか。

「彩の国シェイクスピア・シリーズ」出演者らの手形レリーフ


■コロナ禍の舞台芸術界

舞台芸術界は、コロナ禍という未曾有の危機に直面し、公演中止・延期をせざるを得ない状況が続いてきた。苦境に立たされる中で、公共劇場に期待される役割は大きくなっている。イベントの最後に、白井の投げ掛けた次の言葉が心に響いた。「今回のコロナで劇場は公共財だと改めて感じました。病院があるように劇場があるべき。心のケアをする病院が劇場だと思います。この2年、僕らの心は萎縮してしまった。だから劇場でお客さんが笑ったり、泣いたりしてくれるととてもうれしい。やはり劇場は心を動かしてくれる場所なのです」。劇場文化の灯を守るため、公共劇場がタッグを組むことは、舞台ファンにとってもうれしいニュースだ。今回のイベントを手始めに、4人の芸術監督がざっくばらんに本音を語り合い、舞台芸術の面白さや劇場の魅力を伝える合同トーク企画も、2022年7月31日まで各劇場の公式HPおよび公式You Tubeチャンネルで配信中だ。これからの動きに注目していきたい。

取材・文=鳩羽風子

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