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江戸時代に土佐藩にいた女医・野中婉~土佐の偉人コラム「歴史のなかの土佐人たち」~

ぐるぐるこうち


高知に縁のある武将や政治家、実業家、学者、作家などの偉人、有名人は、どんな人物だったのか?諸説ありますが、伝記や言い伝えを元に短くまとめたプロフィール、そして意外と知られていないエピソードなども交えて毎回一人ずつ紹介しています。


『4才からの幽閉生活 釈放後は医師として』


今回ご紹介するのは「野中婉(えん)」

日本で初めての「女医」とも言われている野中婉は、寛文元年・1661年に高知市の高知城下で生まれました。父は、土佐藩の産業の基盤を作った大家老・野中兼山。婉はその兼山の四女として誕生しました。

<高知市春野町にある野中兼山像>

「婉」という名前は<おしとやかで美しい姿>を意味する「婉容」(えんよう)から。江戸時代の女性の名前には干支の動物の漢字などを入れることが多かったため、当時ではなかなか洒落た名前だったようです。

しかし、婉が生まれて間もなく、父の兼山は弾劾され役職を辞職。その後まもなく急死してしまいます。
急進的で独裁的ともいえる政治手法、そして短気で激しい気性が、藩の重役たちや民衆の反感を買ったことが、失脚の背景にあったとされています。

兼山の死後、一家に下されたのは、領地没収に加え、現在の宿毛市への幽閉、さらに男女ともに生涯結婚を禁じるという厳しい命令でした。当時16歳だった長男を含む子ども8人とその母、譜代の家臣など20人以上が宿毛へ。婉、わずか4歳の時の出来事でした。

現在の宿毛小学校の場所にあったとされる幽閉先の屋敷は、四方を柵で囲まれ、厳重な見張りも置かれて、外出はもちろん、人と会うことさえ許されなかったと伝えられています。

自由のない生活の中で、婉の兄たちは次々と病に倒れ、元禄16年・1703年には末の弟の貞四郎(ていしろう)も41歳で他界。
兼山の男系が途絶えたことで、一家はようやく釈放されることになります。宿毛へ来てから40年目のことでした。生き残ったのは、兼山の娘3人を含むわずか5人の女性だけだったといいます。

その頃、婉は43歳。
姉や妹がそのまま宿毛に残る中、婉は実母と乳母を連れて高知市に戻ることを決意します。

父・兼山の旧臣を頼り、現在の高知市朝倉へ移りました。旧臣が構えてくれた小さな家は、朝倉神社の南の山麓にあり「安履亭(あんりてい)」と呼ばれていました。

―遠い宿毛からようやく帰り、ここで安心して履物を脱ぐ―

そんな思いを込めて、婉自らが名付けたと言われています。

幽閉中も学問だけは自由にできたようで、婉は和歌や漢詩をよく詠み、和文・漢文、さらに書にも優れていました。高知を代表する儒学者・谷秦山と盛んに手紙を交わしていた記録が残っています。
また家事や裁縫も上手く、学問だけでなく、日々の暮らしを支える知恵にも長けた女性だったと伝えられています。

『兼山の娘として気高く生き抜いた土佐の女性』


婉は「安履亭」で医業をしたり、薬を売りながら生計をたてていました。これも幽閉中に医術を習っており、調剤や診察の術を身につけていたからだとされています。

日本の女医の先駆けと言われる楠本イネ(シーボルトの娘で幕末から明治時代にかけて活躍)や萩野吟子(明治時代に生きた日本初の公認女医)よりも前の江戸時代の中期に、女性が医を生業としていたことから、野中婉を「日本初の女医」と評価する声もあります。

そして、婉にはこんな不思議な診察法があったと伝えられています。
患者の手首に糸を結び、その糸の先を自分の指にかけて脈を診た――いわゆる「お婉さんの糸脈」です。

諸説ありますが、直接顔を合わせずとも病の様子を見抜き、的確に薬を処方したことから、その評判は遠くまで広まったと言われています。中には、その腕前を試そうと猫の足に糸を結んで診せた者もいましたが、婉は見事に見抜き、薬の代わりにかつお節を包んで渡した…そんなユーモラスな逸話も残っています。

また、彼女の気高さを物語る、こんな言い伝えも。

婉がかごに乗って高知の町へ出かけていたある日のこと。道中、馬に乗った家老の息子に出会いました。身分の高い者に道を譲るのが当たり前の時代だったので、かごかきが道端によけようとすると…
「私は前家老・野中兼山の娘。その娘である私が、道を譲る必要はない」
そう言い放ち、そのままかごを進めた、と伝えられています。

釈放後、土佐藩から生活支援の申し出があった時も「藩に借りは作りたくない」と頑なに断りましたが、旧臣たちから「お母様と乳母さまのために…」としぶとく説得され、泣く泣く受け入れたそうです。

同じく藩の家臣との縁談話がきた時も「今は落ちぶれているが、かりにも前家老の娘である。今更、身分の下の役人の嫁になるつもりは無い」ときっぱりと断ったと語られています。

四十年もの幽閉生活を耐え抜いてもなお失わなかった、兼山の娘としての誇りと気概を感じさせるエピソードです。

ちなみに婉は普段は家を出ることはなく、必要に迫られて外出する時には覆面かつ刀をさして出かけていたそう。特に高知城下へは夜間でなければ行かなかったと言われています。

また、婉にとってゆるがない目標だったのが「祖先の墓を作ること」
弟・貞四郎は生前「自分が死ねば、野中家の祖先を祀る場所がなくなる」と語っており、野中家には、没落したあとも祖先を祀る場所を守り残したいという強い思いがありました。

その思いを受け継いだ婉は、野中家の祖先を祀るための廟を香美市土佐山田に自ら建立。「お婉堂」と呼ばれる祖廟は今も残っています。

波乱の人生を歩みながら、学問を修め、人々を救う医の道に生きた野中婉は65歳でこの世を去ります。

「日本初の女医」と呼ばれるその足跡は、時代に翻弄されながらも、自らの誇りを胸に生き抜いた、一人の強い土佐人の姿そのものだったのかもしれません。

今回は野中兼山の娘・野中婉をご紹介しました。

【原稿監修協力 高知県立高知城歴史博物館】

ー執筆担当のあとがきー

野中兼山と聞くと、高知県民ならほぼ知っている人物です。もしかすると高知県外の人には馴染みのない名前かもしれません。高知では小学生の時に「江戸時代に高知の産業の基盤を作った人」として習います。
今回紹介したのは、その娘・婉(えん)です。

1960年に第13回野間文芸賞を受賞した大原富枝(高知県出身の作家)の小説『婉という女』の主人公としても知られています。ちなみにこの作品は、後に岩下志麻主演で映画化もされています!

注目すべきは、江戸時代に「医師」として活躍していた女性だったという点です。
当時では非常に珍しい存在で、野中婉を「日本初の女性医師」とする評価もあります。

「野中婉」を書き終えて思うことは、私が思っている以上に『兼山の娘・野中家の一員として誇りをもって気高く生きた女性だった』ということです。
宿毛に流された時はわずか4歳。40年という長い幽閉生活の中でも、その誇りを失わずにいた彼女の芯の強さには驚かされます。
土佐藩に対しては、恨みに近い感情を抱いていたのではないかと思いますが、その強い思いが医師として女性一人で暮らしていく原動力になったのかもしれません。
ちなみに婉は生涯独身を通しています。

年を重ねても振袖をまとい、眉も剃り落とさず、お歯黒もしていませんでした。
晩年の婉を見た藩の役人が、「60歳でありながら、30歳ほどの婦人のようだった」と記したという話も残っていて(何ともうらやましい!!)、美しさと若々しさ、そして凛とした気品を感じる女性だったようです。

また、文通仲間だった谷秦山には恋心を抱いていたとする説もあります。宿毛からわざわざ高知に戻って来たのも、谷の近くにいたかったからだと唱えている研究者もいるようです。
真相は分かりませんが、婉が普通の女性として生きる時間を持てていたのだとしたら―そう想像するだけで、どこか救われる思いがします。

今回、監修に協力いただいたのが「高知県立高知城歴史博物館」です。
高知城のすぐ目の前にある資料館で、土佐藩の藩主だった山内家などを中心に、土佐の歴史を学ぶことができます。

歴史好きの方におすすめのスポットです!高知観光の際には、ぜひ立ち寄ってみてください。

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