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ゴルトベルク変奏曲《北口大輔編曲による無伴奏チェロ版》の世界初演に挑む、北口大輔に聞く!

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日本センチュリー交響楽団首席チェロ奏者 北口大輔

グレン・グールドの演奏で知られるバッハの「ゴルトベルク変奏曲」をチェロ1本で演奏するコンサートが、関係者の間で話題となっている。

演奏するのは日本センチュリー交響楽団の首席奏者 北口大輔と聞くと、まったく面識も無かったが、なるほどと妙に納得してしまった。

首席奏者としてのオーケストラでの活動以外にも、センチュリージャズナイトでの弦楽四重奏によるジャズやロックへのアプローチや(これで2018年の大阪文化祭賞奨励賞を受賞!)、野村誠、近藤浩平といった現代作曲家との実験的な試みを楽しそうにやっているイメージなどもあり、一体彼は何者だろうと思っていたところに、ゴルトベルク変奏曲の無伴奏演奏という事ならば、いよいよこれは話を伺わない訳にはいかない。

CENTURY JAZZ NIGHT VOL.3(2018.7) 

取材の場に現れた “謎めいたチェリスト” 北口大輔は、ジャズと格闘技をこよなく愛するナイスガイだと判明。

マイルス・デイビスやハービー・ハンコックのハナシで盛り上がった取材は大変有意義なものだったが、記者がもっとも驚いたのは、校了直前に飛び込んで来た「北口大輔、兵庫県芸術奨励賞受賞!」の知らせだ。

そんな事なら、その件も話しておいてよ!とも思ったが、情報公開までは口外禁止だったのだろう、そんな所も北口大輔らしく思えた。

ミステリアスなチェリスト、北口大輔にあんなコトやこんなコトを聞いてみた。

「兵庫県芸術奨励賞」を受賞した北口大輔     (C)H.isojima



―― コロナの自粛期間はどうされていましたか?

毎日チェロを弾いていました。コロナ明けを見据えて、この期間が勝負。ここで差がつくなと、緊張感を持って日々過ごしていました。

―― 決まっていたコンサートが次々キャンセルになり、モチベーションが上がらないという音楽家の方が多いのですが、すごいですね。

その気持ちもわかります。ただ、コロナは流行病。いつかは収束する事を考えると、それまでの期間をどう過ごすかが大切だと思い、基礎練習とこれまでやって来た教則本の復習や、一般の曲をチェロ用にアレンジしたり、そう、YouTubeも始めましたよ。あと、毎日バッハの無伴奏組曲の中から一つの組曲を弾くようにしていました。普段はバタバタしていて集中して時間が取れないので、コロナの期間が良かったと言えるように生活しようと心掛けていましたね。

―― コロナで音楽が無くなってしまう、演奏する機会が奪われてしまうといったような思いは無かったのでしょうか。

はい、その危機感は確かにありました。ですが私は音楽というのはやはり人生で必要なものだと思っています。味や匂いと同じく、音もやはり身体に必要なものなのです。そして人と比較してナンバーワンを競うものではなく、自分の音楽、オンリーワンを目指してやっていくものと思っています。それがむしろ、この時代を生き抜くのに必要な要素の一つだと思っています。

―― 色々な事をやられていますが、やはり活動の中心は日本センチュリー交響楽団、オケマンという事になりますか。

はい、もちろん私の中での基本はクラシック音楽です。ただ意識は、総合格闘家のような感じですね(笑)。立ち技も出来、投げ、寝技も出来る。路上で何か起こった時、相手が何を仕掛けて来るか分からないですよね。いやいや、本当に喧嘩をするわけではありませんよ(笑)。でもやはり実戦(コンサート)になると何が起こるか分からない。そんな時、あらゆる技術と心構えが必要なので、それに備えておきたい。そんな感じでしょうか。

総合音楽家を目指しています!

―― 格闘技、お好きですね(笑)。なるほど、オケマンとソリストでは、求められるスキルに違いはありますか。

そうですね、ソリストは良い意味で周りを聴かないで弾く能力が必要だと思います。その点、どちらかと言うと私はアンサンブル人間ですね。しかし、時には自分がソロを弾かなければならない時もある。総合音楽家を目指すためには、そういう色々なスキルや経験も必要だと思います。そして、オンリーワンの音楽家としては、まだ誰もやっていない事をやりたいと常に思っています。

―― YouTubeに色々と動画を挙げておられますね。「キラキラ星変奏曲」の動画を見ましたが、とても自然にジャズを感じました。曲作りをする上で、ジャズの勉強はされたのでしょうか。

学生時代からジャズは好きでした。ピアノも弾きましたし、独学ですがジャズの音階やリズムを勉強しました。エレキベースも練習しましたよ! 勉強していくと、感覚的な事を理論で説明する事が出来て、とても役に立ちましたね。例えば、ジャズを聴いて、格好いいと思った響きの正体が、オルタード・テンションだと分かったり、チャーチモード(教会旋法)を知る事で逆にクラシックの作品の理解が深まったところもあります。ただ、クラシックの業界は少し保守的な所もあるので、ある程度クラシックの演奏家として認識されるまでは、そのような事は陰でこっそりやっていました(笑)。 

勉強すると、感覚的な事を理論で説明できる     (C)H.isojima

―― 「キラキラ星変奏曲」の楽譜をネットで見かけたのですが、出版されているのですね。どんな人に弾いてほしいですか。

YouTubeで見て、自分も弾いてみたい!と思ってもらえる曲を意識して作曲しています。格好よく聴こえて、これなら自分でも弾けると思い、やってみたらそう簡単ではない(笑)。そんなのが理想ですね。

―― 先ほど、コロナ自粛期間中、毎日バッハの無伴奏を弾いていたと仰っていましたが、今度ゴルトベルク変奏曲をコンサートで弾かれるそうですね。ゴルトベルク変奏曲ってチェロ用の楽譜は出ているんですか。

出ていません。なので自分で編曲しました。結構苦労しました…。

―― えー、自分で編曲されたのですか。どの部分を抜粋して、何分くらいの曲になったのですか。

いやいや、32曲全部そのままです。繰り返しも含めて弾くと、ピアニストが演奏しているのと同じ時間がかかります。

―― それは大変な大作じゃないですか。どうしてゴルトベルク変奏曲を編曲しようと思われたのでしょうか。

ゴルトベルク変奏曲を聴いていて、最初と最後のアリアはサラバンドのスタイルだな。ああ、これならアンコールでも弾けるのではないかなと思ったのですが、聴いていくうちに、第1バリエーションはポロネーズだし、第16バリエーションはフランス風序曲で、チェロ組曲第5番のプレリュードと全く同じスタイル。こういう風に見ていくと、全てのバリエーションが何とかチェロ1本でやれるのではと思ったのがきっかけです。元々バッハの6曲の無伴奏組曲って、二声が会話をしつつ、その下にバスのラインが流れる3段譜なんですね。それをバッハは上手く繋ぎ合わせて、1本のラインにメロディ、リズム、ハーモニーを全部入れているところが凄いと思うのです。ゴルドベルクは元々3段譜。それを自分がバッハに成りきって作業をすれば、無伴奏の曲に出来るのではないかと思ったのです。

バッハになったつもりで編曲しました    (C)s.yamamoto

―― この曲を北口さんのように編曲しようとした人はいなかったのでしょうか。

いないと思います。おそらく世界初の試みのはずです。でも誰もやっていないから逆にやりたくなるんですよね(笑)。アレンジは足掛け3年くらいかかりました。譜面を読み込んで行くと色々と見えて来る。カノンの事一つとっても、とても勉強になりました。第30バリエーションではquodlibetから二つの歌が重なっているのですが、これをどっちも聴こえるようにするのは至難の技でした。演奏するのも少し大変かもしれません。ただ、このゴルトベルクに関しては、これまでの音楽活動の一つの集大成だと思っているので、是非皆さまにも聴いていただきたいです。ただ、自分では上手くいったと思っていても、人が聴いてどう思われるかはわからないので少し怖いところではありますが…(笑)。

無伴奏チェロ版ゴルトベルク変奏曲、ぜひ聞いてください!   (C)H.isojima

―― 日本センチュリー交響楽団でゴルドベルクと言えば、過去に定期演奏会でドミトリー・シトコヴェツキー自身が編曲した弦楽合奏版をやられていますよね。

はい、シトコヴェツキーは元々、弦楽三重奏版でゴルドベルクを編曲しているのですが、定期演奏会では弦楽合奏版をシトコヴェツキー自身と演奏しました。あれは大変素晴らしい経験でしたね。それで彼にどうして弦楽三重奏版を作ったのか聞いたのですが、鍵盤だと2声が分かりづらいが、ヴァイオリンとヴィオラだと、声部の動きがビジュアルとして見えると言ってました。それを聞いて、なるほどと思いましたね。シトコヴェツキーの演奏自体もとても素晴らしく、いつかこれをチェロで弾きたい!と心に決めたのも編曲のモチベーションの一つでした。そんなことも有ったので、本当は彼に楽譜を見て貰いたかったのですが、コロナで来日が出来ず。残念です。

コリリアーノ「レッド・ヴァイオリン」組曲を弾き振りするシトコヴェツキー(2017.6) (C)s.yamamoto

―― 本当なら今月の定期の指揮がシトコヴェツキーだったんですね。それは残念でした。それにしてもゴルトベルク変奏曲の無伴奏チェロ版の世界初演!これは聴き逃せないコンサートになりそうですね。北口さんは他にも面白そうなコンサートに出演されますね。

もうすぐなんですが、今月25日には「チェンバロとピアノの再会=チェロの親和力」というコンサートをやります。

―― チェンバロとピアノを相手にチェロを弾き分けるイメージのコンサートですか。

そうですね、実はチェンバロと一緒にやるのは今回が初めてなんです。バッハのヴィオラ・ダ・ガンバソナタ第2番をやるんですが、楽しみです。先日、初めて合わせてみたのですが、チェンバロの音って意外と大きくて驚きました。ビブラートやピリオド奏法的な所に注目が集まるのかもしれませんが、自分としては変に構え過ぎずに、その場のサウンドに素直に入り込むようにすると、自然とその音楽に適したアプローチが出来ると思っています。なので、どうなるのかは自分でも楽しみです。あと、聴きどころとしては作曲家 近藤浩平さんの作品をやります。「いつか夢になるまで~家の中にとどまる音楽家たちのために」は、まさにコロナの時代の作品。チェロ版としては日本初演になります。この前、本人にも聴いていただいたのですが、演劇の一人芝居のように、独自の世界観を出して欲しいと言われました。見得を切ったり、間の取り方や日本の侘び寂びのような事を意識してやってみようと思います。

色々な活動を楽しんでやっています!    (C)s.yamamoto

―― コチラも、なかなか実験的な事をやられます。アッセンブリッジ・ナゴヤ2020という、これは音楽祭ですか? 野村誠、鈴木潤という、現代作曲家の方たちと一緒に面白そうなことをやられますね。

どんなコトになるか、私もわかりません(笑)。ただ、一曲目のバッハの無伴奏組曲第1番は大真面目に弾きます。あとは、プログラムにはポール・デスモンドの「テイク・ファイブ」と野村誠「迷惑な反復コーキョー曲Beethoven250」となっていますが、きっと面白い事になると思います。楽譜はまだ頂いておりません。リハーサルで音で遊びながら、やる事が固まっていくと思います。今からとても楽しみです。

―― ポール・デスモンドではありませんが、取り組み自体がインプロヴィゼーション、極めてジャズ的ですね(笑)。そもそも北口さんがチェロを始められたきっかけは何ですか?

父親がオーケストラでチェロを弾いていて、「どうだ、いっぺん弾いてみるか!」という感じですね。不思議と初めから違和感なく、しっくり来ました。中学は部活で柔道をやりながらでしたが、チェロは続けていました。高校に入ってようやくしっかりレッスンに通うようになり、音大に行きたいと親に相談したところ、「行くのなら東京芸大しかだめ!」と言われ、一生懸命勉強、練習して東京芸大に入りました。

―― 同じ学年で、現在も活躍されている方はいらっしゃいますか。

私の学年はオーケストラが盛んで、1年から芸祭で同級生の山田和樹の指揮で、スペイン奇想曲をやってとても楽しかったのをよく覚えています。他には指揮者の園田隆一郎、垣内悠希、読売日響の特別客演コンマス日下紗矢子、大響のヴァイオリン岡本伸一郎、広響のヴィオラ安保恵麻、N響のチェロ西山健一・真二兄弟、N響クラリネットの伊藤圭、神奈川フィルのクラリネット齋藤雄介、東京佼成ウインドのオーボエ宮村和宏など、今でもみんな活躍しています。

―― 凄いですね、皆さんご活躍じゃないですか。お互いの頑張りが、刺激になりますね。

では、北口さんが所属されている日本センチュリー交響楽団の今後のコンサートをご紹介ください。

11月の第250回定期演奏会で、今年250回目の誕生日を迎えるベートーヴェン唯一の歌劇「フィデリオ」を演奏会形式で行います。首席指揮者の飯森範親さんと、豪華歌手の皆さんとご一緒します。あ、ヤキーノ役の松原友も同級生です。12月定期は秋山和慶さんで、これこそオーケストラに入っていないと演奏する機会のないスケールの大きなブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」とモーツァルトの交響曲第39番をお届けします。

直近の定期演奏会の様子。指揮は川瀬賢太郎。(2020.10 ザ・シンフォニーホール) (C)s.yamamoto

それと、ザ・シンフォニーホールで行う第九「歓喜の歌」ですね。今年、第九はこれ1回だけです。三ツ橋敬子さん指揮、関西を代表するソリストに、少人数の合唱。オーケストラも小編成になると思います。コロナの時代の、静寂と至福の第九にご期待ください。

日本センチュリー交響楽団の演奏会にぜひお越しください!   ©Masaharu Eguchi

―― ありがとうございます。最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。

自分の音楽を信じて、今後もブレずに邁進して参りたいと思っております。チェロにはまだまだ新しい可能性があると信じています。応援いただければとても嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

これからもよろしくお願いします!     (C)H.isojima

―― 北口さん、長時間お付き合い頂きまして、ありがとうございました。今後のご活躍を祈っております。

取材・文=磯島浩彰

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