【不登校】「フリースクールは“親”まで自由にする!」不安でつらい親に訪れる変化とは[教育ジャーナリストが解説]
子どもが不登校や登校しぶりになったとき、親は大きな不安やあせりからつい子どもを急かしてしまいがちです。「フリースクール」という居場所を見つけられた後も、親としてどう付き合えばいいか悩んでしまうことも。中学受験や不登校など子どもの学びを追い続け、著書を90冊以上持つ教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏は、新刊『フリースクールという選択』(講談社+α新書)を通し、変わらなければいけないのは親の側かもしれないと言います。
インタビュー後編では、親としてのフリースクールとの付き合い方や、尽きない不安との向き合い方についてくわしく聞きました。
親は根気よくクールに見守る
──前編では「フリースクールがどういうところか、どう選べばいいか」について教えていただきました。後編では、親として「フリースクールとどう付き合えばいいか」をお伺いできたらと思います。
そこ、大事ですね。親御さんがフリースクールとの付き合い方を間違えていると、子どもがせっかく“相性”のいいフリースクールに出合えても、有効に活用するどころか、自分を取り戻そうとしている子どもの足を引っ張ることになりかねません。
まず大切なのは、フリースクールに過大な期待を寄せないということです。通い始めた途端に、子どもが劇的に変わるなんてことはまずありません。
学校に行きたくても行けなくて傷ついている子どもは、いわば足を骨折して歩けないみたいな状態ですから、時間をかけて待つしかない。あせって早く歩かせようとしたら、ますます深刻な状態になってしまいます。
でも、親はあせっちゃうんですよね。次から次へと「今度はこっちのフリースクールに見学に行ってみよう」と子どもを引っ張り出して、ちょっと見ただけで「どう? ここなら通えそう?」と答えを求めたり、通ったら通ったで「今日はどうだった? どんなことしたの?」と質問攻めにしたり。
元気に通ってるからって親が喜びすぎると、それはそれで子どもはますますプレッシャーを感じてしまいます。
最初のうちは、行ったり行かなかったりかもしれない。だからといって「ここは合わないのかな。次を探したほうがいいかな」と先回りする必要はありません。
とりあえずは根気よく待ちましょう。「行きたかったら行っていいよ」「ああ、今日は行ったんだ。ふーん」ぐらいのクールな雰囲気でいることが大事で、親が一喜一憂していると、子どものエネルギーを削いでしまいます。
──子どもが不登校や登校しぶりになると、親は大きな不安を抱いてしまいます。勉強が遅れて将来困るんじゃないかとか、人間関係が苦手になるんじゃないかとか。
親の不安って、たとえば子どもがみんなと同じように学校に通えばなくなるかといえば、けっしてそんなことはないんです。
以前、子どもがトップ進学校に通っている高校生の親御さんが、「ウチの子は東大に入れるでしょうか」とポロポロ涙を流す場面に出くわしたことがあります。子どもがどういう状況であろうと、親の不安は尽きないんですよね。
よく言われることですが、勉強の遅れは本人がその気になればすぐに取り戻せます。受験競争を勝ち抜いたところで、幸せになれる保証はどこにもありません。勝ったにせよ負けたにせよ、それぞれに傷を抱えて大人になってからも苦しむことはよくあります。
人間関係にしたって、イジメがあったり序列があったりといった苦しい環境の中で無理を続けていたら、どんどん苦手になっていくでしょう。社会に出たら合わない人とは距離を置くことができますが、クラスの人間関係って「みんなと仲良くしなきゃいけない」が前提なので逃げ場がない。やさしい子ほど苦しい思いをするんですよね。
学校に通ったとしても、いろんな問題に直面します。学校にさえ行けば大丈夫なんてことはぜんぜんない。学校に通うこと自体がその子を苦しめているのに、親が自分の不安を減らしたくて「とにかく学校に行ってほしい」と言い続けるのは、かなり残酷なことではないでしょうか。
──フリースクールという「普通の学校ではない学校」は、親の意識にも変化を与えてくれるのでしょうか。
子どもが不登校だとかそうじゃないとかに関わらず、多くの親は無意識のうちに「常識」という分厚い鎧(よろい)を身にまとっています。見えないオリに閉じこめられていると言ってもいい。
フリースクールのスタッフが、子どもをあるがままに受け止めようという姿勢に触れることで、親が鎧を脱ぎ捨てることができるケースは多いですね。
親は「子どもを変えること」ばかり考えがちです。むしろ、より変わらなきゃいけないのは親の側かもしれない。
フリースクールでたくさんの親子を見ていると、子どもの変化を追うようにして親が変化していく姿をよく目にします。先輩の親と接することも、縛っていた価値観を手放せるきっかけになったりするようですね。
親が「この子はどうなっちゃうんだろう」と及び腰で見ているうちは、子どもも自分を認められません。「この子は大丈夫だ」と思えたときに、子どもは安心して自分の足で歩み始めることができます。
「この子が生きていてくれるだけでいい」と思えたときに、親も自分を閉じこめていたオリから出ることができるんじゃないでしょうか。
「フリースクール」は、親の意識を「フリー(自由)」にしてくれるところでもあると私は思っています。
我が子に今すぐフリースクールが必要じゃなかったとしても、どんなフリースクールがあるかを知ったり見たりしておくことは、学校以外にもいろんな居場所があるという安心感につながるでしょう。親にとっては心強い「お守り」を手に入れることにもなります。
──『フリースクールという選択』があると知ることは、子どもの不登校で悩んでいる親御さんにとって、大きな希望になるのではないかと感じました。
ありがとうございます。子育てに悩みや苦労は尽きないし、親である以上、不安も常にあるでしょう。でも、不安を無理に解消する必要はありません。
不安をなくすことが目的になってしまうと、声の大きいカリスマにすべてをゆだねたり、子どものためと言いながら教育虐待をする親になってしまったりします。
不安は不安のままでいいんです。その不安がどこから来ているか、自分は何にこだわって、何を恐れているのかを考えてみましょう。それは親としての貴重な経験です。
子どもが不登校だからこそ気づけることもたくさんある。今はしんどいでしょうけど、我が子が与えてくれた不安は、親の心のなかに大切な真珠を埋め込んでくれます。
いつか必ず自分だけの真珠が光を浴びて輝いて、「この子の親で本当によかった」と誇らしく思える日が来ることでしょう。今はその真珠を握りしめて、親としてがんばっているからこそ感じる痛みに耐えるときかもしれません。
フリースクールは、子どもと親それぞれの痛みを分かち合える場所でもあります。そして、喜びを分かち合える場所でもあります。
傷ついているお子さんと悩める親御さんが、心安らぐ居場所となるフリースクールに出合い、次の一歩を踏み出すことができることを、そしてこれからの長い人生が幸多からんことを心から願っています。
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親が鎧を脱ぎ捨てて自由になることで、子どもも自由になれる。フリースクールとは何かを考えることは、学校とは何かを考えることにつながります。
この本に知恵と勇気を授かることで見えないオリから脱出して、親子ともども大空に羽ばたく翼を手に入れましょう。
取材・文/石原壮一郎
“フリースクール探し”で最初に読む本、登場! 『フリースクールという選択』(著:おおたとしまさ/講談社+α新書)