50年前の名曲を再定義!太田裕美「木綿のハンカチーフ」若者たちには憧れの世界なのか?
50年前に大ヒットした「木綿のハンカチーフ」
1975年にアルバム『心が風邪をひいた日』に収録され、一部の歌詞とアレンジを変えてシングルとしてリリースされた太田裕美の「木綿のハンカチーフ」。発売当時86.7万枚を売り上げる大ヒットとなり、その後も多くの人から愛されている昭和を代表する名曲だ。2025年でリリースからなんと50年が経過するが、まずは彼(男性)の目線で素直に歌詞を読んでみよう。
恋人よ ぼくは旅立つ
東へと向う列車で
はなやいだ街で 君への贈りもの
探す 探すつもりだ
恋人よ 半年が過ぎ
逢えないが泣かないでくれ
都会で流行りの 指輪を送るよ
君に君に似合うはずだ
恋人よ いまも素顔で
くち紅もつけないままか
見間違うような スーツ着たぼくの
写真 写真を見てくれ
恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して
毎日愉快に 過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
松本隆は、インタビュー書籍である 『松本隆のことばの力』(集英社インターナショナル)でこう語っている。
「心情を説明するのではなく、ディティールを積み上げることで心象風景を描く」
この「木綿のハンカチーフ」においても、彼女に対する愛情表現は “ぼくから物質的なものを贈る” ことで示されている。そこに、彼女からの手紙に記されている、彼女が求めているもの、すなわち、“彼が無事戻ってくること” は含まれていない。
さて、彼女(女性)目線ではーー
いいえ あなた 私は
欲しいものはないのよ
ただ都会の絵の具に
染まらないで帰って
いいえ 星のダイヤも
海に眠る真珠も
きっと あなたのキスほど
きらめくはずないもの
そして、彼が彼女の望みには応えられないことを伝えた後、つまり最後の最後に彼女は、はじめて物質的な贈りものである “木綿のハンカチーフ” を彼にねだる。おしゃれな絹ではなくて木綿、実用のためのハンカチーフであり、別れのしるしでもある。このような、気持ちの行き違いというのは時代を問わず男女間で発生するものだ。
あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く 木綿の
ハンカチーフ下さい
彼女は、彼が卒業して地元に戻り、それまでのように愛を育み、いずれは結婚するという幸せなストーリーを夢見て待っていた。
大きく変わった女性のライフスタイル
さて、「木綿のハンカチーフ」が世に出た1975年と現在の2025年を比較すると、女性のライフスタイルは随分と変わっている。当時はまだ女性の結婚がクリスマスケーキにたとえられていた。25歳(25日)を過ぎるとお嫁の貰い手がなくなるということで、高校・短大卒で就職し、結婚し、出産するという流れだ。1975年においては、女性の平均初婚年齢は24.7歳だった。
また、兵庫県にある『武庫川女子大学』教育総合研究所の資料によると、18歳人口を母数とした4年制大学への進学率は、1970年代において全国平均で男子が4割、女子が1割と大きな差があった。大学や短大を卒業した後も、女子の仕事は結婚までの腰掛けという流れが主流。社会をそれほど知らずに男性に嫁ぎ、その後は良妻賢母になることが美徳とされていた。
そんな時代に、大学進学で都会に向かった男性と、地元に残る女性。そう、その頃の若者たちの遠距離恋愛のストーリーを、松本隆が万葉集の返歌にヒントを得て描いた曲がこの「木綿のハンカチーフ」なのである。
若い世代に「木綿のハンカチーフ」は憧れ?
そこから50年かけて、女子の進学率も就職率も上がり、自力で稼げるようになった。働く選択肢も増えて、遊んで、恋愛もする。男性を頼る必要がどこにあるのか? という考え方も多くなっている。恋愛をして、好きな男性とキスをして、結婚して、自分の人生を生きることができるのかと考えたとき、立ち止まってしまう女性は50年前よりもずっと増えているのではないだろうか。
生まれた時から携帯電話があって、コミュニケーション手段を多く持つことが当たり前の令和の若者にとっては、50年前の若者の遠距離恋愛や、じっと待っているという情景は、もはや時代劇に近い。もちろん、この歌詞にあるような遠距離恋愛をしているカップルは今もいるだろうが、ずっと会えない状態をひたすら待ち続けるなんてことは確実に減っている。
男性が女性に対して高価なジュエリーをプレゼントをすることで愛情を表現するというのも、若年男女の経済力が拮抗している現代においてはあまり日常的ではない。現代の女性は、欲しいものは自分で手に入れるのだ。ただ、どんなに強気な女性であっても、根底に流れる、“好きな人と一緒にいたい” という気持ちは昔も今も変わらない。
将来の幸せが見えにくい現代の若者たちにとって、「木綿のハンカチーフ」の世界は、ある種の憧れなのではないだろうか。自立できるようにはなったけれど、幸せになるための永遠に努力を求められている令和の女性にとって、“好きな人を待っているだけで幸せになれると思っていたお姫さまの話” は、小さなころに読み聞かせてもらった、甘くてほんの少し悲しい童話の世界のひとつなのかもしれない。