英語はどのようにして現在の姿になったのか──英語の歴史を遡る旅【英語史で解く英文法の謎】
印欧祖語から現代英語まで、6000年の歴史をたどります。
英語にまつわる24の疑問を、日本における英語史研究の第一人者・堀田隆一先生が、初学者にもわかりやすいようやさしく、かつ本質を外さぬよう深く解説する『英語史で解く英文法の謎 なぜ「3単現のs」をつけるのか』が2026年6月10日に発売となります。
今回は本書より、序章を特別公開します。
英語のルーツを求めて ─ 印欧祖語からゲルマン語へ
英語の歴史を遡(さかのぼ)る旅は、英語がまだ「英語」と呼ばれるずっと前の時代から始まります。英語は、言語学的には「インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)」という巨大な言語家族の一員です。この語族には、ヒンディー語、ペルシア語、ギリシア語、ラテン語をはじめ、ロシア語、ドイツ語、フランス語、アイルランド語など、ユーラシア大陸やその周辺地域に広く分布してきた多くの言語が含まれます。つまり、英語とこれらの言語は、今ではお互いに通じないくらいに離れているとしても、実は遠い親戚どうしなのです。
一説によると、紀元前4000年頃に、印欧語族に属する諸言語の共通の祖先となる1つの言語が、南ロシアのステップ地帯で話されていたと考えられています。「印欧祖語」として言及されるこのおおもとの言語は、その後数千年をかけて、話者とともに東西南北に拡散し、分岐していきました。そのなかでもとりわけ北欧地域へ移動した民族の言語群は、後に「ゲルマン語派」と名付けられるグループを形成することになりました。英語はこのゲルマン語派に属する言語です。
ゲルマン語派にはほかにドイツ語、オランダ語、デンマーク語などが含まれますが、これらの言語は英語とは姉妹関係にあることになります。英語の骨格は、あくまでゲルマン語です。
古英語の時代(西暦700年頃~ 1100年頃)─ 屈折語尾の豊かさとその衰退の兆し
英語が独自の歴史を歩み始めたのは、5世紀中頃、伝統的には449年に、現在のドイツ北部辺りに分布していたアングル人、サクソン人、ジュート人という西ゲルマン諸民族がブリテン島に渡来したときとされています。ただし、英語で書かれた文献が本格的に現れ、言語としての詳細が伝わるようになるのは、700年頃からです。この頃から1100年頃までを「古英語(Old English)」の時代と呼びます。
この時代の英語は、現代英語とはまるで異なる姿をしていました。名詞、代名詞、形容詞、動詞などが、文中の役割に応じて複雑に語尾を変化させるタイプの言語だったのです。このような語形変化のことを、言語学では「屈折」と呼んでいます。ドイツ語やラテン語やロシア語を学んだことのある方は、動詞の活用や名詞の格変化の複雑さを思い浮かべてもらえればと思います。例えば、現代の英語の動詞の語尾変化は、過去形の -ed や「3単現の s」としてわずかに残っているにすぎませんが、古英語では主語の人称や数によって異なる語尾をつける必要がありました。また、当時は「仮定法」などの文法も現代以上に幅広い用途で用いられており、そのために動詞には特有の語尾がつけられていました。
しかし、古英語時代の終わり頃から、この複雑な語尾は徐々に崩れ始めていきます。とりわけ強勢の置かれない語末の発音が弱まっていき、語尾が明確に区別できなくなっていったのです。その結果、英語は屈折語尾に頼って文法を司(つかさど)るタイプの言語から、語順におおいに依存するタイプの言語へ変貌していくことになりました。
中英語の時代(1100年頃~ 1500年頃)─ フランス語の洪水と多様性
1066年、英語史を揺るがす大事件が起きました。「ノルマン征服(Norman Conquest)」です。フランス北部から来たノルマン人がイングランドを征服し、以降数世紀にわたり、フランス語がイングランドの支配階級の言語となりました。
ここから1500年頃までを「中英語(Middle English)」の時代と呼びます。この時代の最大の特徴は、フランス語から膨大な語彙が流入したことです。政治、軍事、法律、芸術に関する文化的な単語がフランス語から大量に入ってきました。本来の英語の語彙の上に、フランス語から借用された語彙が覆い被さり、類義語が増えるとともに、語彙のなかに階層が生まれたのもこの時期です。また、フランス語の影響は多くの語法や発音にも及びました。more/most による比較級の発達や単語のアクセントの揺れなどの背景には、フランス語との言語接触が関与していました。
中英語期、フランス語が支配階級の言語となった一方で、英語は庶民のあいだの話し言葉として発展し、とりわけ地域ごとの方言として展開していきました。当時の英語には標準語といえるものが存在しなかったため、スペリングも発音も自由奔放でした。one や two のスペリングと発音のねじれや、I を大文字で書く習慣なども、この時代の英語の言語的な自由奔放さと、一方でそれを解消しようとする試行錯誤のなかから生まれてきたものです。
文法面では、古英語後期から始まっていた屈折語尾の弱化が進行し、いよいよ消失するに至り、名詞の複数形は -s、動詞の過去形は -ed というルールの一元化が進行しました。その一方で、その一元化になびかず、feet, children, went のような、後に「不規則」と呼ばれる事例も残ることになりました。
近代英語の時代(1500年頃~ 1900年頃)─ 大母音推移と規範の確立
1500年頃からの400年ほどを「近代英語(Modern English)」の時代と呼びます。この時代は、英語が現在の姿に近づいていくプロセスを示すと同時に、英語のなかに新たな「ねじれ」が生じた時代でもあります。
発音面での最大の事件は、近代英語期の前半にゆっくりと生じた「大母音推移(Great Vowel Shift)」です。この変化により、英語の長母音は劇的な変容を遂げ、例えばもともと「アー」と発音されていた A が「エー」と発音されるようになったのです。A を「ア」ではなく「エイ」と発音するようになったのも、name のスペリングの末尾に読まない e がある謎も、この発音の変化が直接・間接に関わっています。
ここで注目すべきは、大母音推移を含めたさまざまな発音の変化と、15世紀後半からの印刷術の普及に基づくスペリングの標準化が、ともに緩慢ながらも、およそ同時期に進行していたことです。発音は新しいものに変化していく一方で、スペリングは古い時代の発音に対応したままで固定されてしまった─これにより know の k や high のgh のような「黙字」が生まれてしまったのです。近代英語期は、現代の英語学習者を悩ませる「スペリングと発音の乖離」という問題が表面化し、深刻さを増した時代でした。
また、16世紀~ 17世紀半ばの英国ルネサンス期には、古典語であるラテン語への憧れから、難解な学術語が英語語彙に大量に導入されました。doubt の b のように、ラテン語の語源に忠実な語形を意識して、あえて読まない文字を挿入することも行われました。
18世紀以降になると、植民地・帝国主義の拡大や産業革命によりイギリスの国力が増し、国内では「正しい英語」を定めようとする規範主義の風潮が強まります。規範を目指して、多くの辞書が編纂(へんさん)され、多くの文法書が書かれました。現在話題となっている「単数の they」などの慣行が文法的に誤りであるとして非難されるようになったのも、この近代英語の後期のことでした。
現代英語とその先へ(1900年頃~)─ 世界語としての拡大と多様化
20世紀に入ると、アメリカの台頭やグローバル化により、英語は爆発的に世界へ拡散しました。「現代英語(Present-Day English)」の時代です。科学技術の発展や国際交流の増加とともに、大量の新語が必要とされるようになり、長い語句を切り詰めた省略語、とりわけ NASA や laser のような頭字語が次々と生み出されました。
そして21世紀の現在、英語は「世界諸英語(World Englishes)」の時代を迎えています。かつてロンドンの教養層の英語を標準として厳しく規範を求めた時代から、世界中の多様な背景をもつ人々による多様な英語が共存する時代へ─ ある意味では中英語期の多様性を彷彿とさせる方向へ─回帰しつつあります。
このように、英語はゲルマン語の土台の上に、フランス語やラテン語の要素を積み上げ、近代以降は世界の社会的・文化的な潮流を背景に、1500年かけて増改築をくり返してきた巨大な建築物です。一見すると不合理に見える英語の例外や謎も、この歴史の流れのなかに位置づけてみると、それぞれの時代を生きた人々の息遣いや、英語が言語としての機能を維持しようと奮闘してきた様子を間接的に映し出してくれる鏡であることに気づくのです。
本書の各章では、この英語史のタイムラインを行き来しながら、皆さんが普段抱いている素朴な疑問の謎に迫っていきます。
この続きは『英語史で解く英文法の謎 なぜ「3単現のs」をつけるのか』でお楽しみください。本書は以下の構成で、英語にまつわる24の疑問をわかりやすく解説していきます。「なぜ」を理解することで、単語・文法の解像度が上がり、納得しながら英語を学べるようになります。
序章 英語はどのようにして現在の姿になったのか
第1章 文の骨組みはその言語の個性
第2章 語形の変化は規則的に不規則
第3章 なぜ文字と発音が一致しないのか
第4章 社会とともに変わり続ける英語
著者紹介
堀田隆一(ほった・りゅういち)
慶應義塾大学文学部教授。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程満期修了、英国グラスゴー大学英語学研究科博士課程修了(Ph.D.取得)。神奈川大学経営学部助教、中央大学文学部助教、准教授、教授を経て、2015年より慶應義塾大学文学部教授。専門は英語史、歴史言語学。著書に『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社、2016年)、『英語語源ハンドブック』(共著、研究社、2025年)、『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』(共著、ナツメ社、2025年)など。「hellog~英語史ブログ」、Voicyチャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」、Youtubeチャンネル「いのほた言語学チャンネル」など運営中。
※刊行時の情報です
◆トップ写真:graphica/イメージマート