玉置玲央「新しい価値観を知ったいまの僕がメイソンを演じたらどうなるか」~舞台『Take Me Out』2025インタビュー
メジャーリーグのスター選手・ダレン・レミングが、ある日突然「ゲイ」であることを告白したことによって世間に激震が走る。チーム「エンパイアーズ」の関係性にも揺らぎが起こり……。問題作『Take Me Out』は2003年、第57回トニー賞演劇作品賞を受賞、2022年、第75回トニー賞 演劇リバイバル作品賞も受賞。2016年に日本初演、第51回紀伊國屋演劇賞団体賞の対象作品となった。センセーショナルな題材ではあるが、様々な人たち、一人ひとりの心の問題を繊細に、丁寧に描いて、得も言われぬ観劇体験を与えてくれる。
2018年の再演から7年の時を経て、3度目の上演となる舞台『Take Me Out』2025では、オリジナルメンバーに新メンバーを加えた「レジェンドチーム」と、一般公募330人の中から完全オーディションで選び抜かれた「ルーキーチーム」の2チーム体制で上演。
レジェンドチームのひとりで、ダレンの理解者である会計士メイソン役を続投する玉置玲央は「個人的にはメイソンという役が自分の演劇人生に於いて重要な役になっているので、再び彼と歩むことが出来るのは非常に嬉しいです」と語る。どれほど重要な出会いとなったのか、過去公演の思い出と、今回の意気込みを聞くインタビューに、前回公演の台本を携えて臨んだ玉置。そこにはびっしりと書き込みがされていて、この作品とメイソンと共に歩んだ時間の密度の濃さが、言葉にせずともずしりと胸に響いてきた。
ーー撮影中でカメラマンとカメラ談義をされていました。カメラがお好きなのですか。
僕の持っているカメラと同じだったんです。僕はそのボディに祖父の使っていた60年前のレンズをつけて使っています。
ーー前回『Take Me Out』2018をやっていたとき、例えば、楽屋の風景などを撮りました?
当時は撮っていなかったです。僕は楽屋でみんなの写真を撮るような賑やかさはなくて、比較的静かにしていました。楽屋でハマっていたのはけん玉です。味方良介がけん玉がすごくうまくて、教えてもらっていました。
ーー『Take Me Out』のメイソンが玉置さんの演劇人生において重要な役になっているとコメントされていましたが、どんなふうに影響があったのでしょうか。
メイソンという役が愛しく思えたこともありますし、総合的に見て思い出深い作品でした。メイソンという役が自分にハマったし、相手役のダレンを演じた章平ともいいクリエーションができました。こういう手応えのある体験がどの現場でもできたらいいなと、このようなやり方で俳優業をやっていけたら、心身ともに健全に演劇に携わっていけると思った作品でした。
ーー例えばどんなクリエーションが行われましたか。
稽古場で自分はこういうふうにやりたいという、それぞれの意見を誰ひとり否定しないということです。研鑽することはあっても、否定することは絶対なかったんです。演出家の藤田俊太郎さんのみならず共演者同士がお互い尊重しあう風通しのいい稽古場で、とても居心地が良かったです。時には思いの強さゆえの方法論の違いで衝突はするものですが、僕らは大人だし、ひとつの作品の本番に向かっているという共通の目的があるから、意見をすり合わせながら目的地に向かっていくといういいクリエーションでした。
ーーメイソンのセリフに、「野球こそ、民主主義の希望を示す完璧なメタファーだ」というものがあります。舞台を作る現場にもそういうことがあったということでしょうか。
そこで言うと、この『Take Me Out』はメジャーリーグのロッカールームでの様相と、僕らが稽古場に集まって演劇を作る様相は、ほぼイコールになると思います。ダレンの所属するエンパイアーズでは人種や性的志向や考え方がバラバラの人たちが集まりながらも勝つことに邁進し、演劇も、出身や年齢がバラバラの人たちが集まって1本のお芝居を作ります。舞台における本番と野球における勝利は、本当にイコールだなと僕は思って。多分メイソンは、僕が演劇に対して思っていることを明言してくれたという気がします。それもあって、自分の中でとても大事な役になったのかな。……メイソンには、結構長いセリフがあるんです(台本をめくる)。それがとてもいいセリフなんですよ。
ーーすごい細かく書きこんでいますね。
真面目にやっているんですよ、僕も(笑)。
ーーいやいや、真面目だと思いますけど。何が書いてあるんですか。
こういう動きをするとか、そこに対する所感みたいなこととかを書いたり……。あまり決め打ちはしたくないので、こういう可能性があるよねと、その日思ったことをメモしていました。それはこの作品に限ったことではなく、たいていどの作品でも台本に書き込みをしています。
ーーマーカーが引いてあるのはどういう箇所ですか。
2つあって。ひとつは意味として大事にしなくてはいけない部分で、もうひとつは丁寧に語れという部分に色を付けています。「メタファーとして素晴らしい」とか「野球は成熟しているんです」とかに色を付けていますね。でも、今回はまた変わるかもしれません。
ーーこの作品をやる前に演劇と野球を比べたことはありましたか? 野球はお好きですか?
野球は特別好きでもなければ嫌いでもない。フラットな気持ちでしたから、比べたことはなかったと思います。演劇は演劇として捉えていたし、だから本当にメイソンにいっぱい教えてもらったような気がしますね。
ーー玉置さんの中の演劇観がメイソンのセリフや、この物語に影響されていると。
そう思います。ただ、これは戯曲なので、メイソンはこの戯曲に書かれている以上は年を取らないし、価値観が変わることもなければ成長もしないのですが、当然、僕はあれから7年分経過してしまったので、演劇に対する考え方に少しばかり変化があったような気がして。
ーーこの7年、どんなふうに変化しましたか。
この数年、いろいろありましたよね。最大はコロナ禍です。それまでの僕は、極めて盲信的に愛を持って演劇に携わっていました。いや、いまでもそうですけれど、少しだけ変わりました。これを僕はポジティブなことだと捉えていますが、演劇が絶対ではなく、それよりももっと尊いこともあるし、言い方を変えれば演劇より優先すべきことももちろんあるということを知ったんです。それまでの僕は、例えば30代半ばくらいまでは、演劇に妄心的に取り組んでいました。要は、演劇さえあれば生きていけるし、演劇の神様を愛していれば自分も愛されると信じていた。そのときの僕はメイソンのようだったと思います。ところがコロナ禍を経て、新しい価値観を知りました。そんないまの僕がメイソンを演じたらどうなるだろうなあ。
ーーどうなるか本番を楽しみにしたいです。この作品は、野球やLGBTQ、会見や世論等、7年前よりもタイムリーに感じる要素が盛り沢山です。ご覧になる方たちはどういうものが得られそうだと思いますか。
遠い国の全然知らない話題と感じるかもしれないし、現代的、あるいは普遍的なことが描かれていると思う人もいるかもしれない。なかには、自分の推しの俳優たちが仲良さそうに共演している姿を楽しむ人もいると思います。社会派の作品と捉えても、エンタメと捉えてもどちらでもいいかと。いまの日本の演劇は圧倒的にエンタメの要素が強くなっているからそれでもいいと思います。とくにこの7年間で、その傾向がコロナ禍を経てより強くなった気がします。やや語弊がありますが、より享楽的というか、より娯楽的なエンターテインメントを手軽に求める風潮に、お客様の志向が少しずつなっていると思うんです。この戯曲が持っている本質がお客様に伝わるかと言ったら、100%ではないでしょう。いや、伝わるようにできるだけ努力しますよ。相当戦うつもりですが、100%伝わるかと言ったら分からないと正直思っています。たとえそうでも絶望することなく、希望を持って取り組むべきで、この戯曲の本質が伝わることを願うしかない。この荒野のような状況で、どう戦うか、それがいまの僕の演劇の楽しみ方になっているような気がします。
ーーどんなことがあっても野球をやっている最中は、とにかく勝つためにみんなが一丸となるという話ですものね。
それがおもしろいところですよね。本当にいがみ合っていても、人種が違っても、年齢やキャリアが違っていても、ダレンたちは野球をやるし、僕らは同じく演劇をやる。目的——向かうべき場所は絶対ひとつ。だからこそ難しいんですよ。物語で描かれていることはとても複雑だし、演じている僕らにとって身近ではないところもあるけれど、目的は、面白いお芝居を作ることなんですよね。それをご覧になるお客様には、最後、自分はいま、どこにいて、どんな風景を見ているか。そういうことを感じていただければ万々歳かなと、いまの時点では思っています。
ーーそういう中で、メイソンは野球選手ではない、別の職業(ダレンの会計士)です。
手垢のついた言い方かもしれませんが、メイソンがお客様と作品を繋ぐ橋渡しの役になればいいなと思っています。前回は、藤田さんが意図的に、メイソンが外側からダレンたちを見ているという風景を随所に作ってくれたんですよ。今回は演出も変わるようなのでどうなるかわからないですけれど。
ーー大リーガーと会計士という関わりがいまひとつピンとこなかったのですが、大谷翔平選手をはじめ日本人のスター選手と密接な関わりを持つスタッフが存在していることが知られるようになりましたね。
おおお、そんなこと思いもよらなかった(笑)。7年前と明らかに圧倒的に違うのは大谷翔平選手のおかげでメジャーリーグが日本でもより身近になりましたよね。そこからたぐり寄せてお芝居を見てくださる方もいていいと思うんです。
ーートンチンカンな感想を否定しないのもこの作品を通った成果なのでは。
ははは(笑)。
ーーダレンとメイソンはとても素敵な関係です。先ほど、希望のお話もされましたが、希望だなと感じます。
前回、忘れられないことがありました。デイビーというライバルチームの選手の役を演じていたspiのお父さんがあるとき見に来ていて、ラストシーンのある瞬間、「ナイス!」と客席で大きな声をあげたんです。まるで歌舞伎の大向うのように。ふつうはそんなこと言わないですから、びっくりしましたよ(笑)。でも僕は、この物語の登場人物たちがどこに向かうのか、それがどうお客様に伝わるのか、自分なりには答えを持ちながら、でも、決め込み過ぎず、見る方に委ねる余地も残しつつと、無我夢中で走り抜けて。その結果、お父さんの反応によって、ひとつの答えが出た気がしたんです。藤田さんの演出も僕らの芝居も、うまくハマったんだって。
ーーとてもいいお話ですね。
いい話でしょう。
ーー玉置さんは、劇団・柿喰う客では膨大なセリフを語ってきて、今回もいいセリフもありますが、言葉に頼らないところも見逃せないということですね。余談ですが、昨年(24年)の柿喰う客の『殺文句』でセリフが封印されていました。あの意図はなんだったのでしょうか。
ずいぶん昔から中屋敷法仁に、劇団公演でセリフがない役をやりたいとリクエストをしていて、久々に出る本公演でいよいよやってみたんです。大河ドラマ『光る君へ』(NHK)を見て劇団公演を見に来てくださった人たちに、僕たちのやりたいことを見ていただきたいという意図もありました。そのあと出演した第三舞台の『朝日のような夕日をつれて2024』では反対にものすごくしゃべるので、バランス的にもいいのではないかとも思いました。もし万が一、劇団公演を見て面食らったかたがいたら、『Take Me Out』は見に来たほうがいいです、絶対。
取材・文=木俣 冬 撮影=中田智章