「仕事をすれば幸せになれる」そう信じていた私が見つけた、働くこと「以外」の幸せ
「仕事で認められれば幸せになれる」――。幼い頃からそう信じて邁進してきたものの、どれほど頑張っても心が満たされなかったというかまたゆうさん。
転機は、自分のために料理を作る「プライベートの時間」が転職を機に持てるようになったことでした。紆余曲折を経て「仕事とのちょうどいい距離感」を見つけるまでの歩みを振り返っていただきました。
•「仕事」=「私を幸せにしてくれる」と信じていた
•仕事で認められても、すり減るばかりで幸せになれなかった
•転職したことで見つけた「仕事以外」の幸せ
•誠実に働きつつも、幸せの軸足は私生活におく
「仕事」=「私を幸せにしてくれる」と信じていた
💡POINT
•仕事で多忙な両親を誇らしく思い、働くことに憧れた幼少期
•「経済的にゆとりがあるのは両親が働いているおかげ」と幼いながらに思っていた
•大人になるにつれ「仕事は社会に認めてもらう手段」と捉えるように
私を幸せにしてくれるのは「仕事」だと思い込んでいた。
まだ「働く」ということがどういうことか分かっていない頃から、私は働きたくてたまらない希有な子どもだった。
当時、共働き家庭は今ほど多くなかったが、私の両親はフルタイムで働き残業も当たり前だった。朝早くに家を出て帰宅するのは早くても21時ごろ、遅ければ日付が変わることもめずらしくない。
そんな状況を同居していた祖母はよく思っていないようだったが、私はむしろ誇らしく思っていた。
仕事とはそれほど人を熱中させたり夢中にさせたりするもので、そのおかげで私たち家族はゆとりのある生活ができているのだと、子どもながらに信じていた。
私は決して目立つタイプではないし、かわいくもおもしろくもない。大人になるにつれ、そんな私が誰かの役に立ち、社会に認めてもらえるのが「仕事」なのだと考えるようになった。
仕事で認められても、すり減るばかりで幸せになれなかった
💡POINT
•1社目ではMVPを受賞し「頼られる存在」に
•認められるほど充実感を得るどころか「退屈」を感じ始めた
•「環境を変えれば充実するはず」と考え転職を決意
「『かまたさんに頼みたい』と指名されるような人になりたい」。そう自己アピールした就職活動を経て、私はネット広告の企画営業職についた。
特定の商材を持たずクライアントのニーズに合わせて提案をするこの仕事は、まさに「私」という人間そのものが試される絶好の機会に思えた。
《画像:就職後、初任給で恩師にふるまったケーキ》
入社1年目は思うようにいかない日々が続いたが、3年目に上司の提案で担当するようになった「分析」の業務が適性に合っていたようで、だんだんと成果を出せるようになった。
その年に活躍した社員に贈られるMVPを受賞し、3年目の後半には社内で一番発注額が大きいクライアントを育て上げるまでに至った。
同期の中では一番の出世頭になり、新卒採用のための社内インタビューを受けたり、“消防士”のごとく炎上案件に駆り出されたりと忙しい日々。
口では「大変」と言いながらも、「かまたさんにお願いしたいんです」と周囲から頼りにされることに高揚感を感じていたのは確かだった。
《画像:当時は休日対応も当たり前で、スマホのロック画面にタスクをメモしていた》
それなのに、なぜか私は「退屈」を感じ始めていた。望んでいた「仕事で活躍する自分」になれたはずなのに、なぜか心が満たされなかったのだ。
私の仕事はクライアントの事業を支援することであり、立場上どうしても関与できない意思決定があった。どれだけベストな提案をしても採用されないことはザラで「御用聞き」に留まってしまう。
それにだいたいの仕事ができるようになったことで、自己成長感のようなものがなくなっているのかもしれない。
「環境を変えれば、もっと充実感を得られるはず」――そんな希望を胸に、私は事業会社に転職を決めた。
転職したことで見つけた「仕事以外」の幸せ
💡POINT
•転職しても充実感は得られなかった
•残業や休日対応がほぼなくなり「自分の時間」のよさを知った
•私の幸せは「仕事」ではなく「日常」にあると気づいた
しかし、思ったように心境は好転しなかった。望んでいた環境にいるはずなのに、なぜかここでも「幸せ」が見つからない。やりどころのない宙ぶらりんな気持ちに、私は答えを見つけられずにいた。
一方、思いもよらぬ発見もあった。この転職で私は「自分の時間」を手に入れたのである。
まず、ちゃんとお昼休憩が取れる。前職では仕事の片手間でおにぎりを食べることが多かったが、時間をかけてランチに出かけられるようになった。
また、22時過ぎまで残業が当たり前だった生活から、繁忙期を除けば19時ごろには退勤できる生活に変わった。
平日の帰り道の空が、明るい。太陽がまだ出ている。
そんな些細な風景が何より新鮮で、私は確かに「新しい世界」にやって来たのだと思った。
《画像:お昼に有名洋食屋で食べたエビフライ》
休日の対応もほぼゼロになり、仕事の連絡を気にせず映画を見たり、業務端末を家に置いて旅行に出かけたりできるようになった。
ただ自分のためだけにお菓子を焼き、あたりを散歩して、その日食べたいものを作って食べる。それだけの時間が静かな安らぎと幸福をもたらしてくれることに、私は初めて気がついたのだ。
《画像:休日に作ったシフォンケーキ》
「自分を幸せにしてくれるものは、もしかしたら仕事ではないのかもしれない」――薄々そう気づき始めてもなお、幼い頃から抱いていた「仕事=幸せ」の定義が崩れてしまうのが怖くて、なかなか仕事への向き合い方を変えられずにいた。
そんな気持ちにケリがついたのは、上司との面談中に「何かやってみたいことはないの?」と問いかけられたときだった。
真っ先に思い浮かんだのは「今日の晩ご飯はカレーにしたい」だった。
なんだ。そうなんだ。私は仕事で何かを成し遂げたいわけではなくて、自分が食べたいものを作って食べる、そんな日常の幸せを大事にしたいんだ。
そう気づいたとき、「仕事」に固執してきた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。私の幸せの中心は、そこにはなかったのだ。
誠実に働きつつも、幸せの軸足は私生活におく
💡POINT
•両親は「仕事で幸せになれる才能」があっただけで、自分はそうじゃなかった
•一方で「周囲の期待に応えたい自分」も認めてあげる
•仕事と幸せを切り離したことで、以前よりも「仕事と仲良く」なれた
両親は、もしかすると「仕事で幸せになれる一種の才能があった」ということなのかもしれない。それとも私たちの前では気丈に振る舞っていただけで、本当は別の幸せを選びたかった可能性だってある。
どちらにしても、私には私の幸せがあり、彼らのそれとは同じとは限らない。
ただ、仕事が私の幸せに直結しないと分かった今も、「ちゃんとやりたい」という気持ちは変わらない。居心地良く働ける環境を与えてくれている上司や同僚には、できるだけ誠実でいたいからだ。
それは時として、残業することや休日に業務端末を持って外出することであって、穏やかさを願う私生活と相容れないところもあるかもしれない。それでも「私を信頼してくれる人の期待に応えたい」という気持ちもまた、自分の性分なのだと思う。
《画像:業務端末を家に置いて遊びに行った長瀞》
30歳の今、仕事は「人生の幸せ」ではなく、「人生の一側面」になった。これからも私にとっての「仕事」の定義は形を変えていくことだろう。
時に近づき、時に離れながらいつだって心地よい距離感を探していきたい。仕事を自分の幸せと切り離してはじめて、私は仕事と仲良くなれた気がする。
編集:はてな編集部
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著者:かまたゆう
1995年東京生まれ、東京在住。会社員の傍ら、noteでエッセイを書く。内気さゆえに自分の中に渦巻く言葉を掘り下げたエッセイを執筆。話すより書くのが得意で、小学生時代は喧嘩したときに謝ろうとFAXを送りつけていた。あるとき、先方の家にFAXがついていなかったため、いたずら電話のようになりもっと喧嘩になった経験がある。