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AIには“体”がなきゃ始まらない? ソフト屋・MIXIがAIロボット開発を始めた意外な理由

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AIには“体”がなきゃ始まらない? ソフト屋・MIXIがAIロボット開発を始めた意外な理由

SNS黎明期を牽引し、その後はモンストなどのヒットゲームで知られるIT企業・MIXI。
そのMIXIが今、注力しているのが「AIロボット」の開発だ。

ロボットの名は『Romi』。2021年の発売以来、初期モデルは1万台を販売し完売。今年7月に新モデル(Lacatanモデル)を販売開始。クラウド連携で日々アップデートされ、ファンコミュニティーも拡大し続けている。

AI活用の仕方は数あれど、なぜあえて「AIロボット」だったのか?

「アプリじゃダメなのか?」という疑問にどう答え、いかにハードウエア開発の文化を育んだのか。

2025年、ロボット関連の書籍を2冊同時発売した気鋭のロボット開発者・安藤 健さんが聞き手となり、『Romi』開発の中核メンバーに話を聞いた。

目次

なぜMIXIがAIロボット?30個以上のプロトタイプを作り、紆余曲折ハードウエア文化のない会社でハードを作る難しさ書籍紹介

【Romi開発陣】MIXI VantageスタジオRomi事業部
開発グループマネ―ジャー 信田春満さん(@halhorn)

2013年にミクシィ(現MIXI)に新卒入社。SNS『mixi』でのサーバーサイド・アプリ開発エンジニアを経て、17年からRomi事業部の最初のエンジニアとして開発に従事。現在は開発グループのマネージャーを務めるとともに、スクラムマスターや手を動かし実装も担当。技術領域は主にサーバーサイド・インフラ、AI関連のディレクションなど

【Romi開発陣】MIXI VantageスタジオRomi事業部
ロボット開発グループマネージャー 髙田信一さん(@shinichinoid)

新卒でソニーに入社し、カメラの電気回路設計や画像処理の研究開発を経て、2018年1月にミクシィ(現MIXI)に入社。同社初のハードウエアを主担当とするエンジニアとして現行の『Romi』の開発に従事。新モデル(Lacatanモデル)の開発では、PMとして開発に携わるだけではなく、新たにハードウエア製品を自社開発するために組織の立ち上げから行う

【聞き手】
ロボット開発者
パナソニックR&Dセンターシンガポール社長
安藤 健さん(

@takecando

早稲田大学理工学部、大阪大学医学部での教員を経て、パナソニック(現・パナソニックホールディングス)入社。ロボットの要素技術開発から事業化までの責任者のほか、グループ全体のロボット戦略構築担当を経て、現在、パナソニックR&Dセンターシンガポール社長。大阪工業大学客員教授など複数の大学での教育活動、日本ロボット学会理事などの学会活動、経済産業省・業界団体の委員としての活動なども積極的に実施。文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、ロボット大賞(経済産業大臣賞)、Forbes JAPAN NEXT 100など国内外での受賞多数。2025年に『ロボットビジネス』(クロスメディアパブリッシング)と『融けるロボット』(ミラツク)を同時発売

なぜMIXIがAIロボット?

安藤「私にとってSNS『mixi』は青春時代をともにしたサービスでした。MIXIがロボットを作るなんて、少し意外です。なぜこの分野に挑戦したのですか?

信田「プロジェクトが始まったのは2017年の初めごろ。当時はまだChatGPTも、その元となるTransformer論文もありませんでしたが、ディープラーニングの波が来ていて、社内でも“AIで何かできるんじゃないか”という期待が高まっていました」

安藤「あの頃、急にAIという言葉を聞くようになりましたよね」

信田「ええ。MIXIはずっと人と人をつなぐ場やコミュニケーションの場を作ってきた会社です。その延長で、次は人と機械が自然につながる存在を作れないかと考えたんです」

安藤「アプリではなくロボット、という案が出たのはなぜですか?」

信田「“次のインターフェースは何か”という問いが大きかったからです。ユーザーとの接点は、パソコン、ガラケー、スマホときて、その次は何が来るのか。もし“話すAI”が次の潮流になるなら、アプリだけではダメかもしれないという直感がありました」

安藤「アプリだけではダメ……。なぜでしょう?」

信田「スマホは、私たちが能動的に開かないと動きません。通知が来ても、それを確認しに行くのは結局ユーザー側の行動です。一方で、物理的な存在が家にあって、帰宅した瞬間に『おかえり』と言ってくれる体験は、スマホでは絶対に実現できません。通知ではなく、“そこにいる”という事実こそが、ユーザーにとって大きな価値になると思いました」

高田「私は2018年にソニーから転職してきたんですが、まさに当時ディープラーニングの技術が隆盛を迎え、次世代のハードウェアとしてそういう体験を作れると確信し転職を決意しました」

30個以上のプロトタイプを作り、紆余曲折

安藤「そこから、どうやって今の『Romi』の形にしていったんでしょうか?」

信田「最初に行ったのは本当に言葉は必要なのか? という議論です。言葉を話さなくても、例えば頷くだけのロボットでも十分存在感を出せるのでは? という意見もありました」

安藤「確かに。言葉がなくても癒やされるロボットはありますね」

信田「ええ。でも議論を重ねるうちに、“体は必要だし、話す知能も必要だ”という結論に至りました。ちゃんと会話ができるからこそ、ユーザーが気持ちを預けられる存在になるはずだと」

安藤「なるほど、会話は欠かせないと考えたんですね」

信田「はい。それで、スクラム開発を取り入れて、毎週プロトタイプを作ってレビューしていきました」

高田「私はちょうどその頃、転職してきたばかりでした。ハード屋の感覚だと高速プロトタイプはあまり文化的に馴染まないのですが、それでも体験ベースでのものづくりをしたくて、『じゃあ作ってみましょうか』とどんどんプロトタイプを作りました。球体に近い抽象的なものから、動物っぽい形、目だけディスプレイにしたもの、鼻だけ物理にしたもの……とにかく片っ端から作っては議論していったんです」

安藤「そんなにいろいろ?」

高田「メンバーと共に最終的には30個近い試作品を作りました。毎週レビューで『これはかわいすぎる』『これは無機質すぎる』とチーム全員で頭を抱えて(笑)。その中から、話しかけやすく、生き物らしさもありつつ、インテリアの邪魔にならない今の形にたどり着いたんです」

高田「形が決まったことで、一気にチーム全体の方向性が揃いました。“便利な家電”ではなく、ペットや友達みたいな“生活の仲間”になるロボットを作るんだという共通認識です」

安藤「なるほど。プロトタイプを繰り返していく中で、“会話する存在”としてのRomiがだんだん固まっていったんですね」

ハードウエア文化のない会社でハードを作る難しさ

安藤「MIXIといえばソフトウエア企業というイメージですが、ハードのノウハウはあったんでしょうか?」

信田「過去にちょっとしたガジェットを作った経験はありましたが、ここまで本格的に、しかも内製でやるのは初めてでした」

高田「私が転職してきた時、まず驚いたのはハードウエアの開発作業環境がないことでした。普通、ハード屋の現場なら静電気対策のストラップや手袋はもちろん、専用の作業台、はんだごてもあります。でも当時のMIXIにはそれがなくて、『あ、確かにそうだよな』という状態からスタートしました(笑)」

通常、ハードウエア会社であれば、静電気による部品破損を防ぐために、専用のリストストラップや手袋を着用し、作業環境そのものに高い安全基準が求められるのが一般的だ。

カテゴリソフトウエア文化ハードウエア文化作業環境机+PC静電気対策、専用設備、作業台、空調管理試行錯誤のサイクルGitで即修正・テスト部品調達や実装に物理的時間がかかる開発スペース机を置くスペース工具、棚、計測機器など占有スペースが必要社内理解SlackやGitで即相談、レビューコストや安全基準の承認が必要で、調整・根回しに時間がかかる

安藤「ソフト文化の会社とハードを生業にする会社のギャップですね」

高田「ええ。まずはビルの一角に作業スペースを確保。机を並べて基板や部品を広げ、少しずつ作業環境を作っていきました」

安藤「ソフトが基準の文化だと開発スピードに対する考え方も違いませんか?」

高田「まさにそこは苦労したポイントです。会話システムは毎週スプリントレビューがあって、新機能がどんどん追加されていく。でも、ハードは一週間ではできませんからね」

安藤「ソフトとハードをどうやって統合していたんですか?」

信田「初期は、私がエンジニアチーム全体のマネージャーをしていました。ただ、トップダウンで細かく指示するというよりは、共通のルールだけ決めて『あとは自由にやろう』というスタイルでしたね」

高田「例えば、会話システムとハードウエアの間で『こういうインターフェースで通信しましょう』と最低限の合意をしておく。その上で、会話システム側はラズパイを使ったモックを作り、Slackにつないで会話体験を先に検証していました。一方でハード側は、会話システムが動くかどうかに関係なく、自分たちで価値検証をどんどん進める」

信田「各分野に『ここは自分が作る』という責任感を持ったエンジニアがいて、それぞれ自律的に動いていました。だからソフトとハード、どちらも同時並行で進んでいったんです」

安藤「なるほど、ソフトウエア的なスピード感をハードにも持ち込んだんですね」

高田「そうです。ソフト側のスピード感に引っ張られたおかげで、できる範囲で毎週形を見せようという文化が生まれました」

信田「結果的に、スクラム開発でハードを作るという、ちょっと珍しい文化が生まれました」

だが、本当の勝負はここからだった。「体」と「会話」が一体となるロボットを、どのようにして“プロダクト”として成立させるか――。後編記事ではその全貌を明らかにしていこう。

【後編記事】MIXIのロボット開発陣が実装した“人間らしい記憶”の作り方type.jp

取材/安藤 健 撮影/桑原美樹 文・編集/玉城智子(編集部)

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