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グラスファイバー製ボディのスポーツカー「デヴィンD」を手にいれると決意!

ClassicPORSCHE.jp

オーストラリアのポルシェ・エンスージアスト、デイヴィッド・トゥイスはインターネット広告で見かけた希少な「デヴィンD 」に惚れ込み、何が何でもこの細身なグラスファイバー製ボディのスポーツカーを手にいれると決意した。問題は「いつ?」だった。

どこにでも走っているフォルクスワーゲン・ビートルだが、何十年にもわたって数多くの少量生産コーチビルダー、さまざまなキットカー、DIYのスペシャルカーなどの”ベース車両”として用いられてきた。ごくまれにポルシェが許可せずとも、少量生産メーカーや自作のレースマシンなどにポルシェ純正パーツや車両がベースとして使われることもあった。

プーパー、グレックラー、エルヴァ、ボイトラーなどの名を耳にしたことがある人がいるかもしれない。ボイトラーはすべてのモデルにポルシェ356のランニングパーツを流用している。ドルフィンやボブジー、プラティプスといったレースカーは、ポルシェのパーツを効率的に活用し、本家をも脅かすほどの存在だった。

「デヴィン・エンタープライゼズ」は、1954年、カリフォルニア州エルモンテにてビル・デヴィンが創業したスポーツカー・スペシャリストだ。オクラホマ州出身デヴィンは、『Car and Driver』誌上で、”オクラホマのエンツォ・フェラーリ”という特集が組まれたほどの名声の持ち主であった。デヴィンはチャレンジ精神の塊で、戦後のアメリカを生き抜いた人物だった。そんなデヴィンが生み出したのが、デヴィン‐ パンハード・エンジンに採用したコックドベルト(歯付きカムベルト)だった。

今日の内燃機関では、コックドベルトによってカムシャフトを駆動することが一般的になっているが、残念なことに、その発明者であるビル・デヴィンは、この特許申請を行ってはいなかった。
 
1950年代後半から1960年代前半にかけて、デヴィン・エンタープライゼズはFRP製ボディの分野で世界最大のメーカーとなった。スカリエッティがデザインしたエルミーニ375スポーツ1100から"インスピレーションを受けた"モールドを使い、デヴィンは当時最も人気のあったロードカーやレースカーに合わせて、27種にもおよぶ寸法のボディを製作していた。デヴィン製のボディはリーズナブルな価格設定、豊富なアクセサリー、FRP 成形の品質などにおいて、競合他社に勝っていた。
 
そのほか、完成車として販売されたデヴィンSS(スーパー・スポーツ)は、シェルビー・コブラより先んじて、燃料噴射付きコルベットV8エンジンやド・ディオン式リアサスペンション、インボード・ディスクブレーキを備えていた。キャロル・シェルビー自身、デヴィンSSがコブラに勝っていたことを認めたほどだったが、採算が合わなかったことから、製造されたのは僅か15台に過ぎない。この性能と希少性を求めるコレクターやヴィンテージカー・ドライバーが多い今日では、デヴィンSSはかなりの金額で取引されている。

ドイツにも飛び火したデヴィン・・・次回へ続く

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