ル・コルドン・ブルーが今、イギリス初の高級レストラン「CORD」を仕掛ける理由
パリを拠点に世界20ヵ国で展開する料理学校、ル・コルドン・ブルーが、イギリス初となる高級レストランをロンドンにオープンした。創業125年の節目を祝う一大事業に込められた思いとは?
それは栄誉あるパリの料理学校「ル・コルドン・ブルー」創立125周年を記念した2020年の事業だった。そしてパンデミック期間を経て、2年後の2022年6月に満を持してオープン。英国経済を牽引するロンドンの金融街で開業したそのレストランの名は、「CORD by Le Cordon Bleu」、通称「CORD」。古き良きイギリスを象徴するかのような重厚な建物が、その華やかな歴史にふさわしい。
ル・コルドン・ブルー・グループの最高責任者であるアンドレ・J・コアントローさんは、オープンにあたってその重要性について次のように述べている。「優れた調理技術を世界に伝導する私たちにとっても、ロンドンのCORDは節目となる大きな事業です。私たちがこれまでに培ってきた食の匠、そのクオリティを実際に目の当たりにしていただけるのですから」。
確かにアンドレさんが言うように、ロンドンにはル・コルドン・ブルー系列のカフェが中心部にあるものの、本格的なレストランはこれまでなかった。今回コルドン・ブルーの本質を伝える高級レストランを開業するにあたり、食に関する知識が豊富なイギリス中産階級の人々であふれる金融街は、ロケーションとしてはかなり的を得ていると言わざるを得ない。
壮麗なグレードII保護指定の建造物内にあり、カフェを併設。右がエグゼクティブ・シェフのカール・オデルさん。
ソファ席のブルーを基調に、美しくモダンなインテリアでまとめられている。
金融街シティのど真ん中とは思えない緑豊かなロケーション。右はアミューズの一つ、マイクロトマトとモッツァレラ・エマルジョン。
オープン・キッチンで忙しく立ち働くシェフたちを眺めながら、最高の食事ができる。
CORDはまさにフレンチ/ヨーロピアンの粋を結集した<知と技>の殿堂だ。ステージに見立てたオープン・キッチンでは、ル・コルドン・ブルーで技を磨いた精鋭部隊が最新鋭の調理機器を駆使し、日々観客を楽しませている。
もちろんル・コルドン・ブルー卒業生以外のシェフもいる。
例えば2023年になってエグゼクティブ・シェフに就任したカール・オデル/Karl O’Dellさん(写真上©︎CORD)も、外部から迎えた精鋭の一人。英国全土からトップ・シェフをノミネートし、腕を競わせるナショナル・アワードで勝ち抜き、最終選考に残った実力を持つ。彼は実は、私も大ファンだったTextureという北欧料理レストランでヘッド・シェフを務めていた経歴がある。Textureはアイスランド出身のシェフが統括していた北欧モダンで、その洗練されたクリーンな料理でミシュラン一つ星を獲得した。
あのTexture の味を知る者として、カールさんがデザインする料理への期待は大きかった。そしてその期待は裏切られなかった。CORDにおけるカールさんの料理はしかし、北欧というよりも実にル・コルドン・ブルー的だったのだが。
まず伝統への徹底的なリスペクト。そして進化をいとわない姿勢。新しい食材を取り入れ、フランス料理の枠を超えた国際色豊かなエッセンスも、そこかしこに見える。例えば今回いただいたアミューズの一つに紫蘇の天ぷら(冒頭写真)があった。英国には自生していない紫蘇を取り入れ、なおかつ葉っぱのシェイプをそのまま残し姿揚げにする技術は非常に優れている。添えられたミント・クリームが紫蘇の香りに折り重なり、サクサクと好もしい歯触りは見た目通りだ。
ベジ派に大好評のビーツの一品。バルサミコ酢でマリネしたビーツ、土壌に見立てた炭入りアーモンドの粉は味も良い。エノキとアスパラがニョキニョキ伸びるクリエイティブな一品。
ロブスターとウニのラヴィオロ。魚介出汁にマルメロの酸味が合う。上にのっているのはイカ。コクを楽しみつつ爽やかさを感じる逸品。
メイン・コースの一つは有機農場で育ったラム肉のグリル。ヘーゼルナッツのコーティング。甘みが強い肉質で、非常に柔らかく完璧な火入れ。
そのほか日本的な要素でいうと出汁を取り入れているのはもちろん、土佐酢で食材をマリネするなど、これまで一般的ではなかった日本食材への理解も進んでいる。前菜でいただいたホタテのセビーチェには四川のピリ辛調味料をドレッシングに使い、千切りにした付け合わせのグリーンマンゴーとの相性もよくアジア的なエッセンスとのマリアージュは実に巧みだ。
主菜でいただいたラム肉のグリルは出色。国内オーガニック農場で育った子羊の肉はなんともいえぬ甘みがあり、職人による火入れのおかげで非常に柔らかく旨味も強い。確かな技術を至るところで感じられる素晴らしい一皿だった。
デザートへの飽くなき探求も、ル・コルドン・ブルーならでは。実力ある著名なパティシエをゲストに迎えることもあり、製菓へのパッションがみなぎっている。
こちらはストロベリーのメドレー!シャーベット、クランブル、いちごキューブ入りのシャンパン、一口メレンゲ。キュートで美味しい。
ブラック・フォレスト・ケーキ。中はキルシュのムース、ホワイト・チョコレート。上品極まりなく、凛とした姿のブラック・フォレストだ。
サービスが終わった後、白い帽子をとって後片付けをするシェフたち。つい最近、CORDではアラカルトに加えて当世風に9コースのテイスティング・メニューを発表し、早くも人気に。
唯一、若干の引っかかりは古典的とも言える盛り付けの作法だ。昨今、モダン流儀のプレゼンテーションが主流となっている中で、ともすれば古い印象を持つ人もいるかもしれない。そこにはおそらく、北欧モダンを経験済みのエグゼクティブ・シェフが神妙にならざるを得ない古典フレンチへのリスペクトが反映されている。21世紀のル・コルドン・ブルーにおいて、自己鍛錬の末にたどり着いた正統派のプレゼンテーション、なのだろう。
この記事を書きながら、ロンドンの京懐石「Roketsu」への思いと同じ何かが去来した。古典とモダンは融合するが、変わらないものはある。人はそれを「本筋としての矜持」と言う。
近隣で働く人々がパワーランチをとり、優雅なディナーを楽しむのにCORDほどふさわしい場所はない。イギリス人は筋の通った古典を好み、変わらぬものを愛でるのだ。
ル・コルドン・ブルーが今、イギリス初の高級レストラン「CORD」を仕掛ける理由?変わるものばかりの世の中で、変える必要がないものがあると示すこと。そして変わることで、進化の本筋を照らす本流としての役割があること。その2つを証明するために。
CORD by Le Cordon Bleu
https://www.cordrestaurant.co.uk
text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni
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