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「赤ちゃんの心臓が止まってました」こころが男性どうしのふうふが抱えてきた思い【忘れないよ、ありがとう④】

Sitakke

Sitakke

「こころが男性どうし」のふうふ、ちかさんときみちゃん。
2人が歩んできた、家族の道のりです。

連載「忘れないよ、ありがとう」
(最新話公開を前に、家族のこれまでを改めてお伝えします)

希望にあふれた子に

2021年12月24日、クリスマスイブ。札幌の夜景を一望できる展望台に、1組のふうふが訪れました。

クリスマスツリーの横でほほえむのは、きみちゃん・29歳。からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。きみちゃんの写真を撮っているのは、3歳年上のちかさん。からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけ。

2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。

きみちゃんのおなかには、新しい命が。出産予定日はちょうど1か月後。羅希(らき)と名付けることに決めています。「希望にあふれた子に育ち、人を希望に導けるようになってほしい」という想いを込めて、羅針盤の「羅」と希望の「希」を組み合わせました。

連載「忘れないよ、ありがとう」ではこれまで、結婚や妊娠に葛藤しながらも、明るい未来を思い描いていく課程をお伝えしてきました。でも…待ちに待った羅希ちゃんとの対面の日は、思いがけない形でやってきました。

2人だけの、最後のクリスマス

きみちゃんとちかさんが一緒に過ごすクリスマスは、3回目。きみちゃんは「外出してのクリスマスデートは初めて」と、照れくさそうに笑います。

そんな大切なデートに、デジタルカメラを持ってついてくるわたしを、2人は快く受け入れてくれました。

「僕たちの生き方を伝えることで、ひとりでも多くの人が生きやすい環境をつくることにつながっていけばいい」取材を始めてから、何度か伝えてくれたその言葉に、わたしは「2人が社会の中で感じる壁だけではなく、幸せな瞬間も伝えていきたい」と、決意を固め直します。

「2人で過ごすクリスマスは最後ですね」と声をかけると、ちかさんは「そうだ!でも、にぎやかになるからいいね」と、きみちゃんに明るく笑いかけました。

きみちゃんは、「自分は人と付き合うのが初めてだから、その前は、自分は好きな人と付き合えないと思っていた」といいます。ちかさんと過ごす今は「まあ…幸せですね」と、はにかむ姿を見ていると、わたしまで幸せな気持ちになりました。

イルミネーションを楽しんだ後は、ちかさんが予約した狸小路の近くにあるダイニングバーへ。3~4人のグループが盛り上がっているテーブル席を通り過ぎ、2人で静かな時間を過ごせる、半個室のソファ席に入りました。

「じゃあ、メリークリスマス」

乾杯の後は、プレゼント交換です。きみちゃんは、ちかさんにキーケースを贈りました。

「家の鍵を裸のまま持っているから…」きみちゃんの指摘に、ちかさんは苦笑い。きみちゃんは普段から、ちかさんをよく見ているのだなと、愛情を感じました。

ちかさんがきみちゃんに手渡したのは、絵本でした。きみちゃんが羅希ちゃんのために、絵本をたくさん買い集めているのを見ていたからです。

きみちゃんは、「これ、買おうか迷ってた!」と声を弾ませます。

©2022 オークラ出版

タイトルは、「王子と騎士」(作:ダニエル・ハーク、絵:スティーヴィー・ルイス、訳:河村めぐみ、出版社:株式会社オークラ出版)。

ある国に、もうすぐ王位を継がなくてはいけない王子がいます。花嫁探しの旅に出た王子は多くの娘たちと出会いますが、自分が思い描く相手とは少し違う気がしています。しかしやがて王子は、ある騎士に出会うのです。

きみちゃんは、「男同士の恋愛の絵本。今もう何冊か同性愛を描いた絵本を買ってあって。海外だと自然に書かれているけど、日本ではなかなかない」と教えてくれました。

2人は、羅希ちゃんが成長する中で抱える悩みや葛藤を減らしたい、解決の手助けができるような準備をしたいと考え、この絵本が欲しかったといいます。

2人だけの時間も過ごせるように、わたしは食事の途中で退席しました。店の外は雪景色でしたが、わたしの心はあたたかく、少し沸き立っていて、「羅希ちゃんがこの絵本を読む瞬間にも立ち会えたらいいな」と考えていました。

年を越すことなく…

2021年12月27日。次の取材はいよいよ年明けの出産だなと思いながら、わたしは年末の休暇を友人とカフェで過ごしていました。

「年が明けたら、安産祈願の初詣に行くのはどうかな?」
「生まれた瞬間の撮影も病院に頼まなくちゃ……!」
幸せな取材計画に、心が躍るような思いでした。

そのとき携帯電話が光りました。ちかさんからのメッセージでした。

「こんにちは。今日の健診で赤ちゃんの心臓が止まってました。急遽ですが、今日から入院します」

心臓が止まっていても、まだ動く可能性はあるのか、詳しく検査をしたら、動いていたという可能性もあるのか…突然の知らせに、息が詰まり、店の中のコーヒーとタバコの匂いで急にむせ返るように感じました。

すぐに店を出て電話をかけると、ちかさんは落ち着いた様子で、「これからきみちゃんに付き添って病院に泊まる」「きみちゃんは大丈夫です」などと伝えてくれました。

赤ちゃんは、亡くなったということ…?

はっきり聞けないまま、わたしは電話を切りました。妊娠・出産は、命を宿した本人も、赤ちゃんも命懸けだということを忘れてしまっていた自分に、気が付きました。

翌日、きみちゃんはちかさんが立ち会う中で、羅希ちゃんを死産しました。羅希ちゃんの産声は、誰も聞くことができませんでした。

きみちゃんが送ってくれた、ちかさんと羅希ちゃんの写真

出産してすぐ、きみちゃんは、ちかさんとわたしとのグループメッセージで、羅希ちゃんを抱っこする2人の写真を8枚共有してくれました。白い産着を身につけ、ピンクの毛布に包まれた羅希ちゃんは、どの写真でも同じ顔をしていたけれど、すやすやと寝息が聞こえてきそうな安らかな表情でした。

担当の医師によると、「原因は不明」だといいます。「死産は1パーセントほどの確率で起こり、決して珍しいことではない」「原因がわからないことも多い」と話していました。

羅希ちゃんと過ごす、親子3人の6日間

2人の心情を察して、わたしは連絡を控えていました。しかし2日後、ちかさんが連絡をくれました。「こんにちは。もし嫌ではなかったら羅希の顔を見に家に来ますか」

思いがけないメッセージに、胸が詰まりました。悲しみの中でわたしに連絡をくれたこと、大切な2人の赤ちゃんに会わせてくれること。本当に頭が下がる思いでした。

12月31日、大みそか。JRに乗って2人の家に行きました。玄関のベルを鳴らすと、2人は思いのほか優しい笑顔で迎え入れてくれました。

リビングの隣の部屋に、みどりのパーカーを着た羅希ちゃんがいました。

羅希ちゃんのためにと2人が少しずつ買いそろえてきた、たくさんの絵本やぬいぐるみに囲まれていました。

小さい、小さい手。ちかさんが指を入れても、その指をつかむ力は、羅希ちゃんにはありません。

「抱っこしませんか?」

きみちゃんは、ゆっくり羅希ちゃんを抱きかかえ、首が落ちないようにそうっとわたしの腕に預けてくれました。2500グラムを超えていて、ずっしりとした重さを感じました。ただとても、冷たかった。

「抱っこしてもらえて、よかったね」

きみちゃんは私に抱っこされている羅希ちゃんの顔を、優しく覗き込みました。

口数も笑顔も少なくなったちかさんと対照的に、きみちゃんは、いつもより笑顔でした。何度も羅希ちゃんに優しく話しかけ、顔を拭きます。こみ上げてくる感情を、隠そうとしているように見えました。

きみちゃんは、羅希ちゃんに宛てて書いた、手紙を見せてくれました。

「羅希へ
ぼくたちの間にきてくれてありがとう。うまれてくるのをたくさんの人たちとともにまってたんだよ。また天国で会おうね。
大切で大好きな羅希ちゃん!!
忘れないよ!!ありがとう!!」

病院から帰ってきて、真っ先に書いたといいます。

「泣かないっていうのは無理だと思うけど、なるべく…心配かけないでっていうか、『むこうで会おうね』って約束しながら送りだせたらなと思う」

2人は、それから2日間、羅希ちゃんと一緒に過ごしました。買っていた服を着せたり、近所に散歩に行ったり、羅希ちゃんの誕生を待っていてくれた周囲の人たちに会わせたりと、家族の思い出をたくさん作っていました。

羅希ちゃんが着ていたのは、2人と色違いのパーカー

1月2日。花やぬいぐるみと一緒に、小さな棺に入った羅希ちゃん。空へと、旅立っていきました。

羅希ちゃんは、心の中で…

その後も、わたしは何度か2人の家を訪れています。

羅希ちゃんがいた部屋には、骨壺が置かれていました。わたしが抱っこしたときに着ていたパーカーが、脱ぎっぱなしのように、置かれたままになっていました。絵本やお菓子は、増えています。

「おもちゃを見たら買ってしまったり、まだ実感がない」
「パーカーは洗うことができてなくて、もう少し時間がかかると思う」

きみちゃんは、仏壇の方を見つめながら答えました。

大晦日に会ったときも、不自然に笑顔が多かったきみちゃん。「我慢したりしていた?」と尋ねました。

きみちゃんは小さくうなずきました。

「何回も泣いたのが事実。診察・診断されて、ちかさんに連絡したときも、入院してすぐの夜にも泣いた。出産後にも泣いた。あとは出棺のときも、まわりの人が声をかけられないくらい、めちゃめちゃ泣いてしまった。今でもやっぱり、夜になると寂しくなってしまう」

そして懐かしむような表情で、こう続けました。

「愛おしかったです。自分のからだにいた、一緒に生を感じていた。やっと会えたなって言う気持ちでした」

ちかさんは、言葉を選びながら、ゆっくりと話しました。
「やっぱり出産ってなったときに、自分は何もほとんどできなかった。きみちゃんは涙もろかったりするから、支えてあげなきゃと思う」
「まずはおつかれさまっていう言葉と、これからもよろしくお願いしますっていう思いでいます」

きみちゃんは、ちかさんと付き合う前は、男性ホルモンを注射してからだを男性に近づけていて、性別適合手術も受けるつもりでした。しかしちかさんと話し合い、2人の子どもを産みたいと考えて、中断していました。

しかし、妊娠・出産は、からだが女性であることを強く意識させます。そこに葛藤はなかったのか…。

ずっと聞けずにいた疑問を投げかけると、きみちゃんは今まででいちばん、真っすぐにわたしの目を見つめて、抱えてきた想いをひとつひとつ明かしてくれました。

子どもが大好きで自分の子どもがほしいと思ったけれど、女性のからだを使って妊娠することに葛藤があったこと。妊娠して産むと決めたけれど、変わっていくからだに自分が耐えられるか、不安で押しつぶされそうになったこと。メディアに出た後、SNSで「中途半端」だと言われたこと。

「世間から、父親と母親っていう概念がどうとか、子どもがいじめられるとか、子どもがかわいそうって言われていた。そんなことない、そんなことさせない、そうじゃないっていうところを、ちかさんと見せていきたいと思っていた」

きみちゃんは、初めてわたしの前で涙を見せました。

羅希ちゃんがおなかの中にいた時間には、決してつらいことばかりではなく、うれしい発見もあったと、きみちゃんは何度も話していました。

「病院は特別っていう雰囲気を出さずに接してくれたのがありがたかった」
「自分のからだの変化は葛藤すると思っていたけど、子どもに会えることを考えるとネガティブにならなかった」

羅希ちゃんの棺に添えた、家族写真

きみちゃんは、当面、からだを男性に近づける治療は再開しないと決めました。子どもを産み、ちかさんと育てていく将来を、具体的にイメージできるようになったからだといいます。

「もし次の子どもが産まれても、羅希がいたんだってことを伝えて、自分たちの中で存在を絶やさないようにしたい」

ちかさんも「長女っていう存在で心の中で生き続ける。次の子が産まれても、羅希との経験は伝えていこうと思う」と、噛みしめるように話していました。

羅希ちゃんが、気づかせてくれたこと

この連載を読んでくださった方に、わたしから質問があります。

毎回、冒頭で「きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダー」「ちかさんは、からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけ」と、説明をしてきました。

でも、読んでいるうちに、2人の性別や、2人がどんな性別の人が好きかということを、気にしていない瞬間はありませんでしたか?

マタニティフォトの撮影

性別に限らず、年齢、国籍など、自分と“違うカテゴリーにいる”と思う人たちについて考えるとき、つい「わたしたち」と「あのひとたち」と分け、ことさら違いを強調してしまうことがないでしょうか。でも、わたしはきみちゃんとちかさんを見ていて、何度も「違わない」と思いました。

新しい命が宿ったことを喜び、慈しむ。おなかの中の赤ちゃんの成長を、喜ぶ。無事に生まれるか、その将来は明るいか、つい不安にもなる。そして命が失われたことを、悲しむ。

一緒に同じ気持ちになったとき、そこに「違い」は、なくなっているのではないでしょうか。わたしが羅希ちゃんに、気づかされたことです。

羅希ちゃんに絵本の読み聞かせをする2人

きみちゃんとちかさん、そして2人を支える多くの人たちが、時に悩み、葛藤しながら取材に答えてくれました。今の社会では、人生をかけた、とても勇気のいることだと感じています。

インターネットでは、「気持ちが悪い」などという書き込みがあったこともあります。2人が周囲から取材を受けるのを辞めるよう示唆されたこともありました。それでも2人は、「自分たちの姿を見せることで同じような悩みを抱えた人のためになれば」と、とことん取材に向き合ってくれました。

誰かを好きになる、誰かと生きていく、誰かと家族を作る。それは誰もが思っていいことで、まわりからも大切にされるべき願いです。それなのに、性別という枠で、一方的に踏みにじられている想いがあるのが、現実です。

誰にでも、あなたと同じように、喜び、悲しみがあるということを、ちかさんときみちゃん、そして羅希ちゃんを通し、思い出してもらえると幸いです。

***

そんな2人から、うれしい幸せが届いたのは、ことしの初め。
みぃくんが産まれました。

2人とみぃくんの今は、次回の記事でお伝えします。(次回は8日ごご9時ごろ公開予定です)

連載「忘れないよ、ありがとう」

文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。

編集:Sitakke編集部IKU

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