【内藤剛志さんインタビュー】仕事をすることでプラスは必ずあって、マイナスはありません|映画『幕末ヒポクラテスたち』
長きにわたって多くの作品でつくり手に求められ、いつでも味わいある自身の演技を更新し続ける俳優の内藤剛志さん。盟友だった大森一樹監督の生前最後の映画企画『幕末ヒポクラテスたち』に出演しています。映画のこと、京都のこと、二拠点居住について、内藤さんに聞きました。
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掲載:2026年6月・7月号
ないとう・たかし●1955年生まれ、大阪府出身。1980年、映画『ヒポクラテスたち』でデビュー。主な出演作は『家なき子』『科捜研の女』『警視庁強行犯係・樋口顕』『警視庁・捜査一課長』『十津川警部シリーズ』『旅人検視官 道場修作』などのドラマ、『幻の光』『千と千尋の神隠し』などの映画。『劇場版 旅人検視官 道場修作』(6月12日公開)が待機中。
プロの入り口に立った作品。その続編のような映画
「自分にとって『ヒポクラテスたち』は、プロの入り口に立ったような映画でした。学生時代から自主映画に取り組み、当時から大森(一樹)さんは兄貴分のような存在で。アイドルだった(伊藤)蘭ちゃん、若手映画俳優から古尾谷(雅人)、自分には『自主映画を背負え』と引っ張ってくださった。それで今回、その続編のような気持ちで。時代劇だったので、そうきたか!と」
内藤剛志さんは、映画『幕末ヒポクラテスたち』への出演をそう振り返る。1980年公開の映画『ヒポクラテスたち』の大森監督との縁は深い。
「当時はフィルムで、その日に撮った5分、10分のラッシュを皆で観るんです。すると僕がセリフをしゃべる場面で、ほかの人にピントが合っていて。なんで!?と、荒れたことがありました(笑)。すると監督が『映画ちゅうもんは、編集してから評価しろ』と。それから45年を過ぎて僕もさすがに大人になりましたが、以来ラッシュは一切観ません。大森さんというと、真っ先にそれを思い出します。大森さん、今はどこにいるんだろう?」
『幕末ヒポクラテスたち』は、医師免許を持つ大森監督の生前最後の映画企画。それを、内藤さん同様に大森監督と縁の深い、緒方明監督が映画化した。舞台は幕末、西洋医療黎明期の京都。佐々木蔵之介さんが、蘭方医の大倉太吉を演じる。
「命とは何か? 医者はそれを救うために頑張るけど、救えない命もある。救えたとしても人間はいずれ死ぬわけで、医者とは何か? 前の『ヒポクラテスたち』もそうした問いに明確な答えを出したわけではなく、同じことを考え続けているなと」
内藤さんは、いつでも葛根湯頼みの漢方医、玄斎を演じた。
「太吉と玄斎は、この映画の根幹です。人は、ひとりではなくて。これは医者の話ですが、西洋医学と東洋医学と、さまざまな才能が集まることで先へと進みます。それで太吉というのは、自分の中では蔵之介そのもので。玄斎は、彼を際立たせるための存在です。映画は2人の対立構造を明らかにしながら新しい価値観をつくっていこうとする人間ドラマを描きます。コミカルな味わいを含めながらね」
漢方医が幅を利かせた時代に、蘭方医として道を切り開く太吉。しかし村に厄災が降りかかり、彼の手には負えない事態に。太吉は蘭方医のプライドをかけ、ある選択を迫られる――。
「映画は、時間の娯楽です。その醍醐味はどんなキャラクターでも変化すること。玄斎も新しい価値観、人としての優しさに気づいていきます。もちろん僕自身、人として常に変化しています。映画やドラマの仕事をさせていただくのは自分が変わるため。その仕事を引き受けなかったら変化はゼロです。0.1でいい、仕事をすることでプラスは必ずあってマイナスはありません。だからやらないという選択は、最も避けたいことで」
1995〜2001年にかけて、27クール続けて連続ドラマ出演という日本記録を樹立した裏にはそうした思いがあった。しかも今年71歳になる(!)内藤さんは、自身のアップデートにも意欲的。
「スマホは、わりとちゃんと使ってます(笑)。チャットGPTも。例えばコメントを考えるときはチャットにまず尋ね、そこで言わないことを考えます。そのまま言うことを聞くわけにはいかないので(笑)。進化するテクノロジーに対応して更新することは大事です。更新しない格好よさ、そんな価値観は自分にはありません。知らないのは格好悪いことではないし、知っていることが格好いいわけでもないですから」
この柔軟性が、年齢を感じさせない秘訣だろうか? 一方で内藤剛志という俳優は、一本のぶっとい芯を感じさせる。
「もともと、とても映画が好きな観客で。だからドラマも舞台も、テクニカルなことに焦点を当てたり、分析的に観たりはしません。映画館に入るとき、あるいはテレビで淀川長治さんの次週予告を聞いてどうしてもその映画が観たくなり、『来週まで生きていよう!』と誓うワクワク感。単純に観客として面白い!と思う、そんなことを大切にしています」
そうした姿勢は、撮影現場でも変わらない。
「監督に『はいカット、オッケー!』と言われたら、もうすべてを忘れます。自分の中の観客の部分がダメになったら、『もっと面白いものをつくりたい!』というモチベーションにつながらない。だからこそ、そこがいちばん大事だと思っているんです」
新しいものと古いもの、両者が混在する京都
太吉の自宅兼診療所で庭先に畑のある古民家、太吉と玄斎が語る土手の風景。今回の映画の主なロケ地は、「京都の北のほう」。内藤さんは大阪府出身だが、じつは京都と縁が深い。
「20年ほど前、時代劇の撮影のためにホテルに数カ月滞在するのがつらく、京都に家を持とうということになって。今は撮影がなくても〝いる場所〞、住む場所として使っています。月に一度は訪れてマンションの会合に出たり、近くのお店に行ったり。一度行くと、何日も滞在します」
住まいは、街中にあるマンション。京都が魅力的な街なのは確かだろうが、内藤さんはどこに心惹かれるのだろう?
「ものすごく新しいものと、そうでないものがあるというのがまずひとつ。例えば音楽でも、すごくとんがったものと昔からあるものとが混在しています。1200年前のお寺とテレビゲームの任天堂の本社と、矛盾するともいえるものがそのままあるというような。都というのは、どの時代でも最先端なわけですよね。今は東京がそうなっていますが、それ以前は京都がそうで。織物でも工芸であっても、世界中から集まってくるものに対して開いた心がある。そこが魅力です」
一カ所にただ暮らすより、好みは二拠点、三拠点居住
生まれは、「都会のど真ん中」。旧東区で大阪城の近く、今の中央区だった。
「小学校も、東京でいう日本橋みたいなところで。自分にとっての故郷はそういう場所です。だからこそ、大自然のなかに家を持ちたい!と思って」
伊豆高原に家を建て、まだ幼かった子どもと一緒に自然のなかで過ごした。「それはすごくよかったですよ」と振り返る。
「それからもともと、一カ所に暮らすだけでは嫌だ!と思ってしまうタイプでもあって。40〜60代は、横浜と京都と伊豆高原の三拠点でした。そう言うと誤解されるけども、それだけ余裕があるという話ではなくて。学生のころからそうでした。家賃に10万円使えるなら10万円のマンションではなく、5万円のアパート二カ所に住みたい。いや10万円も多いな。東京で家賃2万円の4畳半と横浜に2万円くらいの……」
いや内藤さん、家賃の金額はさほど問題ではないかも! とにかく、住まいを一カ所にしないという理由を知りたい。
「例えば東京に住んでいるけど横浜が好きなら、横浜を訪れるのではなくて住む。もともと家内が横浜出身なのもあって、30歳までは横浜郊外のマンションにいました。そのあとは45歳まで一軒家に。それから伊豆高原も別荘というのとはちょっと違う感覚で、周囲の人とのかかわりも含めてそこにいる。そんな感じで」
子どもが成長し、「三拠点居住は大変で」と伊豆高原の住まいは引き払った。そうした経験を踏まえて田舎暮らしへの思いがあるようで、「ぜひ、そうした実感のこもったお話を」と食いつく。
「これは個人的な思いですが、田舎に住んでみるのは、できるだけ体力があるときがいいかも。伊豆高原の住まいは、タバコを買いに行くのに車で40 〜50分かけてようやく自動販売機がある山の上でした。今はもう、タバコは吸いませんけど。60歳ならまだまだいいでしょうが、70歳を過ぎて体力がなくなったり病気がちになってからそれほど人里を離れると、コンビニへ行こうにも、まあ行かなくていっか、と思ってしまうもので」
そう語る内藤さん自身は、とても古希を迎えた人には見えない。年齢を重ねて枯れるどころか、俳優業にもますます意欲的。
「さんまさん、所さんも同じトシ。桑田(圭祐)さんはひとつ下ですけども、ミュージシャンだと世良公則さん、Charさん。俳優だと佐野史郎、中村梅雀、田中裕子も同じトシです、昭和30年生まれ。それで僕自身、枯れない風情を目指しているわけじゃないです。普通に生きているだけで。物事の考え方、前向きな姿勢、芝居に対する思いは変わりません」
年齢を重ねても努力し続けることの大切さ
映画に、「人生は短し、術の道は長し」というヒポクラテスの言葉が登場する。ある道を極めようとする人間には強く響く。
「俳優業にもつながると思うなあ。別に格好いいことを言うわけじゃないけど、70歳になっても全然できないことがたくさんある。この人生では終わらない!と思うくらいに大変なもので」
内藤さんほど長い年月、記録に残るペースで演じ続けても?軽く絶望的な気分になる。
「もっとこうしたい、あるいはほかの俳優さんを見て、『ああいうやり方もあるのか!』と思うのは、自分にはできていないということで。具体的にこれができない、という話でもありませんが、表現として、まだまだやれるんじゃないかっていつも思うんです」
ちょうど、『幕末ヒポクラテスたち』の太吉にもそんな格好よさがある。それは演じる蔵之介さんの見た目の問題だけではない(もちろんそれも!)。謙虚に学び続け、手を抜かずに実績を積んできたことを自信に変えてきた人間が、時代の変化を認め、これまでの自分を破壊して先に進もうとする。観る人間は、その姿に心を打たれる。その姿は内藤さんの俳優としての姿にもどこか重なるよう。
「ロバート・デ・ニーロもアル・パチーノも、演じる役を更新し続けていますよね。俳優を50年やったからいろいろな役ができるようになった、そういうものではないんでしょう。俳優には終わりがない、そんな気がします」
一方、社会における70代の自分を意識する瞬間もあるそう。
「経済やマーケティングの世界でも、いちばん力を持つ年齢層ではなくて。『お疲れでしょうから、お休みください』、そんな扱いをされる側になっています。トシを取るってそういうことだろうけど、自分では気づか なかったりする。僕の場合も刑事やアクティブな役と、頂く役が、年齢についてきていないなと。これからおじいさんになり、猫背でたたずむおじいさんの役を演じる。それが楽しみなんですよね」
役職を外れたり仕事をリタイアした日常で、若い世代とはもう同類ではないという感覚。同世代が、現実の世界で覚える疎外感を演技で表現する。俳優には、年齢を重ねたからこそ挑める未知の領域がある。老いさえ味方につけられる仕事。
「職人もそうじゃない? 先日、漆職人さんの仕事を見せていただいたのだけど、60歳、70歳になれば熟練の技があるはずで。それで俳優というのも、感性よりまずは技術。例えばモーツァルトが好きという感性があり、知識があっても、それを奏でる技術がなければ表現はできません。俳優もそうで、だから職人だなと。漆塗りでも皿の絵付けでもいい。生きている限り先を目指す職人さんのように、年齢を重ねてもっと上に行こうと努力し続ける人でありたい」
プロとは? 定義はいろいろだが、内藤さんはどう思うのだろう。
「圧倒的な技術、そう言った人がいました。野球ならすぐに、なるほど!と思うけど、俳優だと感性みたいなものが持ち出されるからわかりにくくなってしまう。文章もそうでしょう? 書く技術がなかったら、いくら感性が豊かでも書き手として意味がない。俳優も見た目や雰囲気と要素はいろいろあるけど、最終的に伝える力がなければプロとは言えない。だからこそ、自分はまだまだだって思うんですよね」
『幕末ヒポクラテスたち』
(配給:ギャガ)
●監督:緒方明 ●出演:佐々木蔵之介、藤原季節、藤野涼子、川島鈴遥、堀家一希、諏訪太朗、阿南健治、栗原英雄、吉岡睦雄、斉藤陽一郎、室井滋(ナレーション)、真木よう子、柄本明/内藤剛志 ほか ●全国公開中
幕末の京都。蘭方医の大倉太吉(佐々木蔵之介)は妻(真木よう子)や子どもと質素に暮らし、往診に走り回る日々。漢方医の玄斎(内藤剛志)とは、会えばディスり合う犬猿の仲だった。ある日、気性の荒い青年、新左(藤原季節)を手術で救ったことが、太吉と新左の運命を変えていく。しかも村に、ある厄災が降りかかる――。
Ⓒ「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会