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鵠沼高校 次なるステージへ 校舎も一新、完成は2年後

タウンニュース

新校舎イメージ(上)=鹿島建設(株)提供、(右下から)開校当時1925年2月の授業風景、大空襲の被害を受けた校舎、鵠沼女子高校に改称した61年の生徒=鵠沼高校提供

上原とめ氏により、平塚市内で家政女塾として1925年に開校した鵠沼高校。戦時下、軍に校舎を接収されるなど厳しい状況の中で、学徒動員されていない生徒が寺や保育所で子どもたちの面倒を見るなど奔走した。

しかし、終戦が間近に迫る45年7月の平塚空襲で、移転先の校舎を焼失。戦後、再建の資金のあてもなく途方に暮れていたところ、藤嶺学園に移管が決まり、48年から「藤嶺学園女子中高等学校」に改称。校舎を転々としながら、56年に現在の鵠沼に現校舎が完成し、61年に「鵠沼女子高等学校」として新たなスタートを切った。

「知識・情操の調和した豊かな人格を備えた人間の育成を理想とする人間教育」を教育理念に掲げ、文武両道に取り組んできた。

そして鵠沼の地に移転してから48年が経った2004年、次なる転換期を迎えることに。安定した生徒数を確保するために、共学化に踏み切った。「鵠沼高等学校」と改称。近年は男女比率が2対3となり、男子211人、女子360人の学生が在校している(25年4月時点)。

創立100周年を迎えた今年から校舎の建て替え工事をスタート。新校舎は延べ面積約6800平方メートル。生徒の自主性を育み、学びの交流が活性化する空間設計となっている。

完成は27年度を予定している。

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