栃尾地区の伝統工芸・竹細工を後世に伝える「竹道場 松兵衛」。
かつての農家では、農閑期の手仕事としていろいろな内職をおこなっていました。長岡市の栃尾地区でも、冬の間は竹細工作りに精を出していて、ほとんどの人が作れたそうです。しかし時代とともに竹細工製品の需要は失われ、今では作れる人も集落にひとりしか残っていません。そのひとりが今回紹介する「竹道場 松兵衛(たけどうじょう まつべえ)」の葛綿さんです。竹林を背に佇む古民家にお邪魔して、葛綿さんから竹細工の魅力を聞いてきました。
竹道場 松兵衛
葛綿 慎 Makoto Kuzuwata
1945年長岡市(旧栃尾市)生まれ。旧栃尾市役所で定年間近まで勤務した後、野菜を栽培・販売するかたわら趣味で竹細工を楽しむ。2024年に「竹道場 松兵衛」を立ち上げ竹細工教室をはじめる。健康のため、週に1回は仲間たちとボーリングを楽しんでいる。
家族の真似をしながら、自然とおぼえた竹細工。
——とても趣のある古民家ですね。こちらは葛綿さんのお住まいですか?
葛綿さん:親戚のおばあさんが住んでいたんですけど、亡くなってからは誰も住んでいなかったので、竹細工教室をはじめるために借りることにしたんです。それまではビニールハウスのなかで薪ストーブを焚いて竹細工を作っていました(笑)
——厳しい環境で製作していたんですね(笑)。ちなみに、葛綿さんは今までどんな仕事をされてきたんですか?
葛綿さん:ずっと栃尾市役所で働いてきました。定年の少し前に「もうそろそろいいかな」と思って早期退職したんですけどね(笑)
——市の職員ということは、いろいろなお仕事をされたんでしょうね。なかでも印象に残っているお仕事はありますか?
葛綿さん:栃尾市の歴史をまとめた「栃尾市史」には15年間携わってきました。
——市役所内で同じ業務を15年も続けるっていうのは珍しくないですか?
葛綿さん:私も4〜5年のつもりでいたんだけど、いろいろな事情があって15年間関わることになったんです。そのおかげで、この仕事にはとても愛着が持てましたね。
——市役所を退職されてからは、どんな生活を送っていたんでしょう?
葛綿さん:時間ができたので、野菜を作ったり竹細工を作ったりしていました。完成した竹細工を知り合いにあげると喜んでくれたので、それが嬉しくて製作の励みになりましたね。
——なるほど。それにしても、竹細工はどこで覚えたんですか?
葛綿さん:家族が作るのを真似ながら自然と覚えましたね。昔はこの集落のほとんどの家で竹細工を作っていたんですよ。農閑期の冬の間は囲炉裏端で籠や箕(み)といった竹細工を作って、見附にある問屋まで売りに行っていたもんです。
——昔は特別に教わらなくても、自然と身についたんですね。
葛綿さん:そうなんですよ。でも今では竹細工を作る風習がなくなって、作れる人も減ってしまいました。この集落ではもう、私しか作れる者が残っていないんです。自分で竹細工を楽しむだけではなく、なんとか竹細工の伝統を残せないかなと思っていたんですよ。
へちま農家の女性と一緒にはじめた「竹道場 松兵衛」。
——「竹道場 松兵衛」をはじめたいきさつを教えてください。
葛綿さん:東京から栃尾地区に移住して、へちま農家をはじめた奈良場さんという女性と出会ったことがきっかけですね。へちまの蔓を這わせるために使う支柱を探していたので、使っていなかったビニールハウスのパイプを分けてあげたんです。それからしばらくして奈良場さんから「竹細工を教えてほしい」と連絡をもらったんですよ。
——奈良場さんはどうして竹細工に興味を持ったんでしょうね。
葛綿さん:天然素材に囲まれた暮らしがしたかったそうです。その考え方に共感できましたし、話し相手ができるのはありがたかったので、奈良場さんに竹細工を教えることになりました。竹細工の伝統を受け継いでくれる相手ができたのも嬉しかったですね。
——心強い弟子ができたわけですね。
葛綿さん:本当にそう思います。でも、しばらくしたら「竹細工の道場を作りませんか」って提案されました(笑)。教えるのはいいけど運営は苦手なので奈良場さんにお任せして、今年の5月から「竹道場 松兵衛」をはじめたんです。
——奈良場さんって、とてもアグレッシブな方ですね。「竹道場 松兵衛」はどんなふうに利用できるんですか?
葛綿さん:毎週火曜と土曜の9時半から17時まで開校していますので、会員になっている方ならいつでもご利用いただけます。自分の都合に合わせたタイミングで立ち寄って、竹細工を楽しみながら腕を磨いていただきたいです。その他に月2回の体験日も設けていますので、興味がある方はぜひ体験してみてください。
難しさの先にある、竹細工の魅力。
——こちらの道場では、どんなことを教えていただけるんでしょうか?
葛綿さん:まずは竹を割って竹ひごを作るところからはじめます。よく真っ直ぐな性格のことを「竹を割ったような性格」というんだけれど、竹を真っ直ぐに割ることって難しいんですよ(笑)。均等な幅や厚さで割れるようになるには、経験を積んで手が感覚を覚えないと難しいんです。竹ひごの幅や厚さを揃えることで、後の作業が楽になるし仕上がりもきれいになります。
——基本がいちばん大事なんですね。
葛綿さん:そうなんです。それができるようになったら、次は作品を完成させることを目標にします。作品をちゃんと作り上げることができるようになったら、見た目の美しさや使いやすさを意識して作るようにしていくんです。
——ひとつずつステップアップしていくわけですね。
葛綿さん:そういうことです。会員さんの作品がよくできたときは、私も安心するんです(笑)。よくできた作品は工房内で販売させてもらいます。自分の作品が売れることで、会員さんのモチベーションも上がると思うんですよ。
——確かに自分の作品が売れたら嬉しいでしょうね。ちなみに、竹細工の魅力ってどんなところだと思いますか?
葛綿さん:手作りだからひとつとして同じ形のものはないし、どんなふうに完成するのかわからないところも面白いですね。作っている間は、何もかも忘れて無心になれるんです。夢中で打ち込んでいると食事をとることも忘れて、あっという間に時間が過ぎているんですよ(笑)
——そうして完成した製品には、どんな良さがあるんでしょうか。
葛綿さん:プラスチック製品と比べて環境に優しいのはもちろんのこと、とにかく丈夫で長く使えるので、使えば使うほど味わいが増して愛着が湧いてきます。
——天然素材を使っている上に長持ちするから、環境に優しいわけですね。
葛綿さん:こんなに素晴らしい伝統工芸がなくなるのはもったいないことだと思うので、多くの人に受け継いでいただいて、後世まで末長く残していってほしいですね。
竹道場 松兵衛
長岡市上塩501
9:30-17:00
火土曜のみオープン