Yahoo! JAPAN

百年後も生きる仕事をする。ロマンを奏でるヴァイオリン職人になってみた

Harumari

百年後も生きる仕事をする。ロマンを奏でるヴァイオリン職人になってみた

Harumari TOKYO編集部員が気になるお仕事を一日体験する「とりあえず、やってみた」企画、久々の更新です。今回は、この春ハルマリに入社した編集部の徳永が、「ヴァイオリン職人になる旅」を体験してきました。

中学・高校では吹奏楽部に所属、大学では軽音部の活動に夢中になり、「好きなものは?」と訊かれたら迷わず「音楽!」と答える私。加えて大学では「森林科学」というちょっとマニアックな学問を学んでおりまして、ただでさえ長生きの木が、楽器へと姿を変えても何百年も歌い続ける──というヴァイオリンに底知れないロマンを感じていました。とはいえ、“クラシックの花形”なイメージのヴァイオリンにはこれまであまり縁がなく、この機会にそのロマンの扉を開けてみようと思った次第です。

今回訪ねたのは、横浜市にあるヴァイオリン工房「Canto di legno( カントディレーニョ)」。イタリア・クレモナで13年間修行を積んだ職人の鈴木公志さんに弟子入りです。クレモナは楽器職人の街として有名で、ストラディバリウスのふるさとというとわかりやすいでしょうか。

「職人さん」ということで、さぞかし厳格なのでは……と内心どきどきしながら到着しましたが、迎えてくれた鈴木さんは、とても物腰柔らかで優しい方。あっという間に緊張が解けます。鈴木さんは小学生の頃コントラバスに出会い、大学時代はチェロを弾いていたそう。大学の専攻は音楽ではなく金融関係でしたが、卒業後は「好きなものにかかわりたい」と、楽器職人の道へ。とはいえ何から始めたらいいのかわからず、行きつけの楽器屋さんに相談したところ「とりあえずイタリア行ってみたら?」のアドバイスを受け、まずはクレモナの国立弦楽器製作学校へ進学したとのこと。「当時はあまり深く考えていなくて……(笑)」と話す鈴木さんですが、その迷いのなさからは、楽器への深い愛情が伝わってきました。

「演奏家ではなく楽器職人を選んだのは、“楽器”が好きだったから」とおっしゃる鈴木さん。おだやかな言葉の端々に、その想いがにじみ出ます

300年間現役で演奏できる数少ない楽器、ヴァイオリン

ヴァイオリン職人というお仕事は、イチから新作楽器を製作するだけでなく、お客様の楽器を修理したり、見込みのある古い楽器を仕入れてメンテナンスし、復活させたり、という内容が多いそうです。「やっていて飽きないですね。やることがたくさんありますし、楽器ひとつひとつの個性や状態によって、対応も変わってくるので」と鈴木さん。

さて、まずはヴァイオリンという楽器ができるまでをレクチャーいただきます。ほとんどすべてが木からできているヴァイオリン。何十年も寝かせた木材を切り出し、丹念に削って形作られます。もっとも加重がかかる裏板には重硬なカエデを、表板は音を響かせるために柔らかなスプルース、というように素材が使い分けられていることも初めて知りました。削りだす前段階の木材を持ってみるとずしりと重みを感じますが、対して完成したバイオリンは羽のような軽さ! 音の響きを計算し、ミリ単位まで削り上げられるという、その繊細さを思い知ります。

あまりに軽くて壊してしまいそうで手つきも恐る恐る……友人の赤ちゃんを抱かせてもらったときを思い出した

「きちんとメンテナンスすれば、作られてから300年後も現役で演奏できます。そんな楽器はほぼヴァイオリンだけなんです」(鈴木さん)

木材を切り出すための型。その輪郭は職人によってさまざまです

また、300年前からほとんどその形を変えていないこともヴァイオリンの特徴とのこと。つまり、当時からすでに完成された存在だったというわけです。確立されたデザインこそが永く生き続けるのだと感心。ヴァイオリンが花形たる所以がわかります。

少しずつ進化した部分もあるものの、基本的には300年間変わらないヴァイオリンのデザイン

黙々と削る作業はさながら楽器との対話

それでは、早速実践です。ヴァイオリンを作るということは、すなわちひたすら木を削ること。まずはその体験からはじめます。道具棚を見せていただくと、大小さまざまなカンナとノミがずらり!

ノミだけでもこんなにたくさん

木目をよく観察しながら、ノミとカンナで木を削ります。お手本を見せてくれた鈴木さんはすいすいと削っていきますが、これがかなり難しい。なかなか刃が入っていかず、力の加減も覚束ない……。

「流血に気をつけてくださいね!」という鈴木さんの言葉に緊張が走ります
軽やかな手つきですいすい削る鈴木さん。まさに職人技です

不安を残しつつひととおり体験が終了、ここからが本日のメインです。ヴァイオリンの弦を支える「駒」というパーツを削り、整えていく作業を行います。手のひらの3分の1ほどの小さなパーツですが、弦の振動をボディに伝える重要な存在。この形状ひとつで楽器の音を大きく左右するそうです。

削る前の無垢な駒。ゆるキャラみたいでかわいいな

まずは駒がきちんとボディの上に立つよう削っていきます。駒の下部、二本の足の部分がボディに密着していないと、音をうまく響かせることができません。ヴァイオリンの表面は厚さ数ミリの範囲でゆるい曲線を描いており、ぴったりと接地させるには非常に細かい調整が必要なのです。

うまくできるだろうか
削っては確認
削っては確認……

何度も駒をボディに乗せては観察、過剰な部分を少しずつ削っていきます。初心者にはまず「どこを削るべきか?」を見極めるのも一苦労、上手く立てることができません。いつしか無言になり、黙々と作業するさまはさながら楽器との対話の時間──とかっこいいことをいってみましたが、いつまでも次のステップに進めないので最終的に鈴木さんが仕上げをしてくれました。無念。

足を整えたあとは、頭の部分、中央のお顔っぽい部分……といくつもの箇所を調整していきます。
小さなパーツひとつとっても、想像していたよりずっと細やかに手が入っていることに驚きました。前述の通りヴァイオリンは数百年現役でいられる可能性を秘めている楽器ですが、それは繊細な調整があってこその結果。まさに、魂は細部に宿るのですね。

鈴木さんの美しい手つき

頭の部分を削るのに手こずっていると、鈴木さんから木目の向きとノミの方向を揃えるよう、指導が入ります。力をまっすぐに入れるためには、姿勢を正しく。間違った姿勢のままだと無駄な力が入り、うまく削れないだけでなく怪我の原因にもなるのです。ちょっとした身体の使い方が重要だと身が引き締まります。

こんな細かい部分まで!お顔(?)を整えていきます

削り続けること数時間、最後は紙やすりで表面をこれでもかというほど磨き、クルミの油で艶を出して完成!

5種類の紙やすりでひたすら磨くラストスパート。均一に力を入れないとうまくできず、意外と難しい

できあがった駒は、どこかガタガタしてお世辞にも上手にできたとはいえない仕上がりでしたが、時間を忘れて手を動かし、完成させたよろこびはひとしおです。

鈴木さんは「楽器作りに大切なのはイメージ。思い描いた“いい音”に近づけるよう、木材を選び、形作っていきます」といいます。地道な作業の積み重ねによって、音という目にはみえないイメージが、楽器として具現化されるのだと思い知りました。
編集者という私の仕事も、「情報」や「感動」を言葉やデザインに乗せて可視化するお仕事ですが、ヴァイオリンのすごいところは「数百年後の音までイメージする」ということ。100年経っても読んでもらえる記事が書けたら……。私もそんな心構えで仕事に向き合いたい、と背筋が伸びました。

最後に、なんと工房にある1700年代のチェロを鈴木さんが弾いてくださいました。「やっぱり、古い楽器が好きなんですよね。その楽器だけの歴史やロマンがある。こればっかりは作れないんです」と鈴木さん。お客様から譲り受け、傷みがひどく売り物にはできないそうですが、「余生」をともに過ごそうと鈴木さんの手によって修復されたもの。どこかノスタルジックでハスキーな“声”は、今なお歌うことができる喜びに溢れている、なんだかそんな気がしました。

伝えたいイメージを形にできるよう日々仕事に向き合い、数百年後も生きる仕事ができますように、私も精進していきます。
鈴木さん、ありがとうございました!

取材・文:徳永留依子(Harumari TOKYO 編集部)

【取材協力】
Canto di legno カントディレーニョ
http://ofuronokuni.co.jp/

【関連記事】

おすすめの記事