「こころが男性どうし」のふうふと、3人の子ども 悩みながらも進んできた、家族の日々
「こころが男性どうし」のふうふ、ちかさんときみちゃん。
2人の間に宿った新しい命について、そして家族になっていく姿を、WEBマガジン「Sitakke」では、連載「忘れないよ、ありがとう」でお伝えしてきました。
こころが男性、からだは女性であるきみちゃんが、初めての妊娠に戸惑いながらも、ちかさんと一緒に向き合ってきた日々。
4年が経ち、5人家族になりました。
連載「忘れないよ、ありがとう」続編
こころが男性どうしのふうふが、子どもを授かって
「はーい!こっち見てねー!!」
千歳市内にあるフォトスタジオに、スタッフの明るい声が響きます。
ちかさんとパートナーのきみちゃん。
そして2歳になったみぃくんと、2月に生まれたばかりのじゅったんです。
きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。
ちかさんは、からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性よりの日もあって、好きになるのは男性だけ。きみちゃんのことは、「ひとりの人間として優しいし、頼りになる」と話します。
2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。
この日は、じゅったんが生まれて100日を記念する写真を撮りに来ました。
色とりどりの着物にドレス、そして、もこもこの着ぐるみ。
「緑とか…黄色とか…赤でもいいな」
きみちゃんは、衣装を手にとっては、じゅったんの顔と見比べ選んでいきます。
わたしはちかさんときみちゃんを、2人の結婚前から、4年にわたって取材してきました。
これまでの放送では、みぃくんの顔は隠すことを2人と約束していました。家族の生き方に対し、心の無い批判がみぃくんに集まることを心配していたからです。
私は今回改めて、「みぃくんとじゅったんの顔は隠しますか?」と聞きました。すると2人は少し顔を見合わせ一拍開けたあと、「隠さなくて大丈夫です」と答えてくれました。
放送を重ねるごとに、視聴者から2人を応援する声が増えてきたことも理由の1つです。
撮影ブースに移動しても、じゅったんはぐっすり夢の中。抱っこの体勢を変えても、フラッシュが光っても、全然目を覚ましません。きみちゃんが、「このまま撮影して大丈夫です、起きませんので」と冗談めかして言うと、スタジオ全体が笑いに包まれました。
「はい、どーぞ!」
カメラスタッフが手のひらサイズのボールを手に、みぃくんの目線がカメラに向くように誘導します。おすまししていたみぃくんからも、笑顔がこぼれました。
わたしがみぃくんに最後に会ったのは、去年の9月。よちよち歩きだったみぃくんも、今は元気にスタジオをかけまわります。脇に置かれていた椅子にも、元気に飛び乗ります。
「ちょっと大変です、イヤイヤ期もあるので…」とちかさんは、苦笑いしながら優しい目でみぃくんを見守っていました。
着物、ドレス、うさぎの着ぐるみと、何枚ものお色直しを泣かずに乗り越えたじゅったん。その姿をきみちゃんは、「かわいい」とつぶやきながら、何枚もスマホで写真を撮っていました。
「月命日だったので、何かの縁かなと」
きみちゃんは、ことしの2月28日に、予定よりも1か月ほど早く、帝王切開でじゅったんを出産しました。
「28日は羅希(らき)の月命日だったので、何かの縁かなと思った」と、きみちゃんはかみしめるように話しました。
忘れない、第1子のこと
きみちゃんは、性同一性障害との診断を受け、一度は性別適合手術を受けようと決めていました。
戸籍の性別を変えるため、子宮と卵巣もとる予定でしたが、ちかさんと出会い、考えが変わりました。
「(子宮と卵巣を)とってしまったら、(子どもをもつ)可能性はゼロになる」
戸籍は女性のまま、ちかさんと法律婚をして、自分たちの子どもを産む道を選びました。
4年前、きみちゃんのおなかには、ちかさんとの間に新しい命が宿っていました。
「希望にあふれた子に育ち、人を希望に導けるようになってほしい」という想いをこめ、子どもの名前は「羅希(らき)」と決めていました。
しかし、2021年12月28日。きみちゃんはちかさんが立ち会う中で、羅希ちゃんを死産しました。その前の日の検診で、羅希ちゃんの心臓が止まっていることがわかったのです。担当の医師によると、死産は1%ほどの確率で起こる決して珍しくないことで、原因がわからないことが多いといいます。
きみちゃんは、羅希ちゃんとのお別れの前に、手紙を書いていました。
「羅希へ
ぼくたちの間にきてくれてありがとう。うまれてくるのをたくさんの人たちとともにまっていたんだよ。また天国で会おうね。大切で大好きな羅希ちゃん!忘れないよ!!ありがとう!!」
2人はインターネット上で、「ただの変態カップル」「申し訳ないけど気持ち悪い」などの心無い言葉も浴びました。それでもきみちゃんは、こう話していました。
「世間から、父親と母親っていう概念がどうとか、子どもがいじめられるとか、かわいそうって言われてた。そんなことない、そんなことさせない、そうじゃないっていうところを、ちかさんと見せていきたいと思っていた」
その後の、2023年1月3日にはみぃくんが誕生。そのとき2人は、みぃくんを「ぼくたちの2人目の子ども」と紹介していました。羅希ちゃんは2人にとって、大切な1人目の子どもであり、今後もずっとみぃくんとじゅったんのお姉ちゃんなのです。
第3子の誕生、マイホームも
出産予定日より、早く誕生したというじゅったん。しばらくはNICUに入っていたため、きみちゃんは先に退院することになったそうです。
2人の自宅は千歳市で、出産をした札幌の病院までは距離がありました。毎日面会に行くことが難しい2人のために、助産師がじゅったんの様子を記録してくれたノートを、きみちゃんは宝物にしています。
半年ほど前には、マイホームを購入しました。きみちゃんの夢だった、家庭菜園ができる庭付きです。
「ここにトマトがなってるよって、カメラマンに教えてあげて」
身長より高く伸びた苗の間をかけまわるみぃくんに、ちかさんが声をかけました。
キッチンも広くなりました。きみちゃんが料理をしていると、甘えん坊のみぃくんがかけよってくるといいます。撮影しているこの日も、カメラマンの足元をすり抜けていきます。きみちゃんが、わたしに抱っこされているみぃくんの顔をのぞきこみます。
「いつもご飯おいしい?」ときみちゃんがきくと、みぃくんは小さな手をあげました。
食卓に座り、1人でごはんも食べられるようになったみぃくん。「(じゅったんが)泣いてるよと教えてくれたり、自分で泣き止ませようと抱っこしてくれる」と、きみちゃんは見守るような目で、みぃくんのお兄ちゃんぶりを教えてくれました。
「お姉ちゃんがいたんだよ」
羅希ちゃんの仏壇はリビングの方を向いていて、家族の暮らしを見守るようです。
「お姉ちゃんがいたんだよということを、伝えていきたいと思っている」と話すちかさんは、羅希ちゃんがきみちゃんのお腹にいたときに撮影したマタニティフォトを見返しながら、答えました。
そのとき、みぃくんがかわいらしい人形をつかみ、羅希ちゃんの仏壇の方に向かいました。仏壇前の机に、そっと置きました。
「羅希ちゃんにあげるの?」とちかさんが聞くと、みぃくんは小さく「うん」とうなづきました。目には見えないけれど、大切な家族がもう1人いることを、みぃくんはわかっているのだと感じました。
妊娠・出産を経て、きみちゃんは今、自分のこころとからだにどう向き合っているのか。
心無い声を浴びせられることもありながらも、なぜ取材を受けてくれたのか。
続きは後編の記事でお伝えします。
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連載「忘れないよ、ありがとう」
文:HBC報道部・泉優紀子
札幌生まれの札幌育ち。記者歴7年。道政・市政を担当しながら、教育・福祉・医療に関心を持ち、取材。大学院時代の研究テーマは「長期入院児に付き添う家族の生活」。自分の足で出向き、出会った人たちの声を聞き、考えたことをまとめる仕事に魅力を感じ、記者を志す。居合道5段。
編集:Sitakke編集部IKU
※掲載の内容は取材時(2025年6月)の情報に基づきます