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ANA客室乗務員だった私が、27歳で日本最高峰バレエ団のプロダンサーになれた理由

スタジオパーソル

「私にとってバレエとは、自分を前に進めてくれるもの」

そう語るのは、日本三大バレエ団の一つである『新国立劇場バレエ団』のプロダンサーとして活躍する根岸祐衣さん。

20歳前後でプロデビューすることが多いバレエの世界で、根岸さんは全日本空輸(ANA)の客室乗務員を経て、27歳でプロ入りを果たします。これは新国立劇場バレエ団の中でも異例のキャリアです。

20歳で一度はあきらめた、プロダンサーとして踊る夢。彼女はどのようにして「二度目の挑戦」に踏み出したのでしょうか。根岸さんのこれまでと、プロデビューから3年半が経ったバレエダンサーのリアルを伺いました。

ハンガリー留学を経て痛感した「私には覚悟がない」

──バレエとの出会いは4歳の時とか。幼少期から10代にかけて、どのような気持ちでバレエに取り組んでいましたか?

もともと身体を動かすのが好きだったこともあり、幼少期は「楽しい」の一心でバレエに取り組んでいました。スタジオで音楽が鳴り、バレエのステップを踏むと、誰にも邪魔されない「私だけの世界」に入り込める。この没入感が心地良くて、どんどんバレエの“とりこ”になっていきました。

10代になると体型の変化や進路など、純粋な楽しさだけでは乗り越えられない悩みも出てきます。バレエに打ち込んできた子どもなら、誰もがぶつかる壁です。ただ、私は「やめることはいつでもできる」と考えて、バレエに惹かれる気持ちが少しでもある限りがんばろうと続けてきました。

──18歳の時には、スイスで開催された若手ダンサーの登竜門『ローザンヌ国際バレエコンクール』に出場したことをきっかけに、本格的にプロを目指すため、ハンガリーのバレエ学校への留学を2年間経験されています。ハンガリーで暮らした当時を振り返ってみていかがですか?

初めて訪れたハンガリー・ブダペストの街には、バレエの舞台装置でしか見たことがないような伝統的なヨーロッパの建物が並んでいて、感動したことを覚えています。

バレエ学校では、日本とは違う先生と生徒の関係性にも驚きました。先生が生徒に教えるのではなく、対等な関係で「一緒に考えていく」スタイルで。「こうしなさい」「それはダメ」と、指導されながら育ってきた私にとっては新鮮な体験でしたね。

これまで経験してきた枠組みの外に出て、新しい価値観に触れることで、自分がこれまでいかに狭い世界にいたのかを痛感しました。それなのに……。

バレエに集中できる恵まれた環境にいるはずなのに、プロとして生きていく覚悟を持てない自分に失望してしまって。留学自体は素晴らしいものでしたが、目の前の小さな失敗や成功にばかり目を向けるうちに、踊ることの純粋な楽しさを忘れて、自分が疲弊しはじめていることに気付いたんです。

そんな中途半端な気持ちは踊りにも表れてしまうもの。留学中に海外のバレエ団の入団テストをいくつも受けていたのですが、結果はすべて不合格。バレエ学校を卒業したら、きっぱりとプロのバレエダンサーの道をあきらめようと決めました。

──16年間追い続けた夢から離れることにためらいはありませんでしたか?

もちろん葛藤はありました。一方で、「もうこれ以上苦しい思いをしなくて済む」とホッとしたのも事実です。

実は帰国時にはすでに、航空会社の客室乗務員という新たな夢を見つけていたので、気持ちの切り替えは早かったと思います。留学中に目の当たりにした文化や価値観の違いに面白さを感じて、「もっとほかの国も見てみたい」「現地を存分に味わいたい」と客室乗務員を目指す決断をしました。

趣味として向き合って実感した「踊ることの楽しさ」

──帰国後に入学した短期大学を経て、全日本空輸(ANA)であこがれの客室乗務員になってみて、いかがでしたか?

まず、マニュアルの多さに驚きましたね。保安や航空の知識、サービスの手順……あらゆることを覚えて、実践できなければ、飛行機には乗れません。とはいえ、マニュアルを完璧にこなせるようになれば、あとは個人の裁量にゆだねられます。姿勢や仕草などの「美の基準」さえ完璧にクリアできれば自由に踊れるバレエと、どこか通ずるものを感じました。

実際に国際線のフライトに搭乗して、さまざまな国で異国の文化や価値観に触れ、客室乗務員を目指した当初からの希望がかなえられたのはうれしかったです。

ロンドンを訪れた際には必ずと言っていいほど、世界三大バレエ団の一つ、イギリス王立のロイヤル・バレエ団の公演を鑑賞していました。

──世界トップクラスの公演を何度も観る中で、プロのバレエダンサーへの気持ちが再燃することはなかったのでしょうか?

まったくありませんでした。客室乗務員としてはたらきながらもバレエのレッスンを続けていたのですが、あくまで「趣味」や「楽しみ」として割り切っていました。

人に見せる踊りではないので、できないことよりも、良かったことに目を向けて、好きなように踊っていましたね。これはプロを目指していたころにはまったくなかった視点で、当時海外のバレエ団の公演を観ていた時も、プロを目指すバレエダンサーではなく、ただの観客として楽しめていました。

『白鳥の湖』ポーランド王女役 撮影:長谷川清徳

──プロを目指す気持ちがなかったところから一転、客室乗務員になって4年目の2021年に、新国立劇場バレエ団の入団オーディションを受けるに至った背景を教えてください。

2020年の4月以降、コロナの影響でフライトスケジュールが真っ白になり、私たち客室乗務員も一時的な休業の対象になりました。まとまった時間ができたので、これまで週2回のペースで取り組んできたバレエのレッスンを増やしてみたことで、図らずもバレエの基礎や基本的な身体の使い方や見え方を見つめ直すきっかけができたんです。

「趣味」としてプロの美の基準から外れたところでバレエと向き合う期間を経て、幼少期に感じていた「バレエの純粋な楽しさ」を思い出しました。音楽に合わせて身体を動かすことが、こんなにもうれしいのか、と。あらためてバレエの練習に励むうちに、「もう一度プロを目指したい」という気持ちが芽生え、新国立劇場バレエ団の入団オーディションを受けました。

「お客さまが観たい表現」を追求するのがプロの仕事

──20歳前後でプロデビューを果たすバレエダンサーが多い中、見事合格を掴み取られました。社会人経験を経て27歳で入団されたのは、新国立劇場バレエ団の歴史の中でも異例の出来事です。前例がない中での挑戦に怖さはありませんでしたか?

もちろん不安はありましたが、オーディションではそれよりも、とにかく踊ることを全力で楽しんだことを覚えています。オーディションとはいえ、イギリスのロイヤル・バレエ団で20年以上もプリンシパル(トップダンサー)として活躍されてきた吉田都舞踊芸術監督の前で、あこがれのバレエ団のスタジオで踊れるわけですから。ここまで来られたのがラッキーで、最後は「当たって砕けろ」の精神で臨んでいたので、自分らしい踊りができていたと思います。

『眠れる森の美女』カラボス役 撮影:瀬戸秀美

──入団から3年半が経った今、10代のころと比較して心境の変化などはありましたか?

自己管理の重要性はバレエ団に入ってから特に痛感しています。もちろん、練習すればするほど上達はするものの、同時に身体にとても大きな負荷がかかるんです。実際に私も、入団後に大きな怪我をした経験があります。バレエ団が求めるだけの踊りを踊るために、技術を磨き、強いエネルギーを出せる能力を身につける必要がありますが、そのためにどこまで追い込んで練習するのかのバランスの見極めは難しいですね。これはアマチュア時代にはなかった視点かもしれません。

その上で、お客さまが作品の中で、どのような表現を観たくて劇場まで足を運んでくださるのかを考えるのがプロの仕事だと考えるようになりました。踊る技術や踊りに耐えうるフィジカルといった「基礎」と「自分らしい表現」の両輪を回すことを常に意識しています。

特に「基礎」の部分は、日々の基礎練習が最も大切だと痛感しています。少しでも怠ると正しく身体が動かず、理想から離れていってしまうため、基礎に立ち返って毎日バーレッスンから行います。

──プロのバレエダンサーになる夢をかなえてからも困難な場面はあったかと思います。それでも、さらなる高みを目指して自己研鑽できるのはなぜですか?

他の道も経験して、向き合い方を変えてみて、バレエが好きな気持ちを確信したので、より素敵なバレエダンサーになるために努力できるようになったんだと思います。何より、お金をいただいて踊っているので、「プロである以上は逃げてはいけない」という気持ちが、より自分を奮い立たせてもいますね。

一つの目標を達成しても、困難は次々にやってきます。例えば『ジゼル(2022年10月上演)』で、死後の世界の精霊の女王・ミルタを演じた際は非常に苦労しました。表情を消して、冷たい空気をまとわなければならないことに難しさを感じて。そんな時は、一人で抱え込むのではなく、専門家や信頼できる方に客観的なアドバイスをいただきながら適切な準備をすることを意識していました。

『ジゼル』ミルタ役 撮影:鹿摩隆司

「私たちはまだ道の途中にいる」。目の前の結果に一喜一憂してしまうあなたへ

──「自分はもう夢を追う年齢ではない」と、年齢を理由にやりたいことをあきらめてしまう人も多くいると思います。根岸さんのように世間一般の価値観にとらわれず、自分のやりたいことを基準に人生を選択していくためには何が必要だと思いますか?

小さな積み重ねで自分に自信をつけることです。「今日はこのステップをうまく踏めた」「身体つきがバレエダンサーらしく戻ってきた」と、どんなに小さなことでもいいので、できたことを一つひとつ認めていけると自然と夢が身近なものに感じられるようにはるはず。挑戦のハードルを自分自身で上げすぎずに、スモールステップで進むことが大切だと思います。

──かつての根岸さんのように、夢を追っていても思うように結果が振るわないときは、どうすれば良いのでしょうか。

目の前の結果に振り回されてしまう気持ちはよく分かります。だからこそ、自分が本当に望む状態を明確にして、長期的な目標を見失わないようにしてほしいです。目の前の課題を乗り越えることは重要ですが、その先にある“ビジョン”を常に心に留めるのはもっと大切です。今立っている場所は、そのビジョンをかなえる道の途中であることを忘れないようにしています。

そして、目標や夢に向かって歩む過程で行き詰まった時に支えになるのは、やはり周りの人の存在です。私もコロナ禍をきっかけにもう一度バレエに本格的に向き合い始めた際に、バレエ教室の先生の客観的でポジティブなフィードバックに何度も救われてきました。一人で背負い込むのではなく、ぜひ周りの人の力も借りながら前進してください。皆さんの新たな一歩を応援しています。

新国立劇場バレエ団『ジゼル』(2025年4月10日~20日)にミルタ役で出演予定(出演日未定)

(文・写真:水元琴美 編集:いしかわゆき、おのまり 写真提供:新国立劇場バレエ団)

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