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「つくばスタートアップパーク」で“研究の街”から“挑戦の街”へ。つくば市が描く起業都市の未来像

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なぜ、つくばで起業支援なのか?研究者の多い地域だからこその挑戦

Tsukuba Startup Parkの外観。近くに駅や公園もあり利便性が高い場所にある(画像提供:つくば市)

つくば市の中心市街地にある「Tsukuba Startup Park(スタートアップパーク)」は、研究者や起業志望者が集い、交流し、実践へと踏み出す拠点として2019年に誕生した。大きなガラス窓から差し込む明るいラウンジにはカラフルなソファが並び、カフェも入っている。市の担当者である屋代知行(やしろ ともゆき)スタートアップ推進室室長に「つくばスタートアップパーク」について、話を伺った。

つくば市の担当である屋代知行スタートアップ推進室室長。背景にはかつてのイベントのポスターが並ぶ

筑波大学をはじめとする学術研究機関が集積し、研究者数は全国トップレベルを誇るこの街において、なぜ今、起業支援に本腰が入れられているのか。その背景には、単なる経済活性化以上に「都市としての危機感」と「未来への布石」があるという。

2016年に就任した五十嵐立青(いがらし たつお)市長が掲げた政策のひとつが、スタートアップ支援だった。つくば市は近年、人口増加が続き、小学校や保育所の整備も進む一方で、財政支出も膨らんでいた。これまでの市税収入の柱である市民税に加え、法人市民税の底上げが求められ、サービス業に偏重した産業構造の見直しが必要とされていたのである。

注目されたのが、つくばが持つ圧倒的な研究リソースだった。筑波大学、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構(NIMS)など、世界水準の研究機関が集積するこの街では、すでに大学発ベンチャーが全国3~5位を安定して維持している。研究成果を起点とする起業の「種」はすでに存在しており、それを社会実装へと導くには、スタートアップのための「拠点」が不可欠だった。

「世界中どこでも、スタートアップ都市には必ず“交わる場所”がある」と屋代室長は語る。シリコンバレー然り、ボストン・ケンブリッジ然り。つくばに足りなかったのは、研究成果と人、そして支援のネットワークを接続する「交流の場」だった。スタートアップパークの構想は、そうした都市構造の空白を埋めるために動き出したのである。

研究者・学生・市民が集う、挑戦の場

ワーキングスペースは、剝き出しの天井がクールな屋内デザインをつくっている(画像提供:つくば市)

つくば市が起業家支援の拠点として整備した「Tsukuba Startup Park(スタートアップパーク)」は、単なるコワーキング施設ではない。ここは、多様な人々が集い、学び、つながるための“場”として設計された、まちの未来を拓くエンジンでもあると屋代室長は胸を張る。

この施設の誕生には、絶妙なタイミングでの物件取得という背景があった。つくばスタートアップパークが入居する建物は、かつて総務省の研究機関・情報通信研究機構(NICT)のオフィスだったもの。NICTが施設を手放すことになった時期と、つくば市が起業支援拠点を構想していたタイミングがちょうど重なった。

駅徒歩3分という好立地、研究機関が集積するエリアの中心部という環境、そして十分な広さと設備。これらが“払い下げ”というかたちで市の手に渡ったことで、起業支援と市街地活性化の拠点としての両方の整備が一気に加速した。

建物の正面を入るとカラフルなソファやカフェがあり、一般の人も気軽に立ち寄れる。ガラス越しの向こう側に会員のみのワーキングスペースがある
カフェは、専門のお店が入居していて、本格的なコーヒーを楽しめる

つくばスタートアップパークは、単なるインキュベーション施設にとどまらず、都市再生のハブとしての役割も担っている。つくば駅前の再開発が進む中、つくばスタートアップパークの設置により、これまでにない人の流れと活動の熱量が駅前に出てきた。大学・行政・民間が共に集う場所として、起業支援だけでなく、まち全体の再構築に寄与している。

施設は、周囲の筑波大学や交通の拠点であるつくばセンターとも地理的に近く、知的交流が生まれやすい。研究者や学生が“ふらり”と立ち寄って会話や相談を始める場面も珍しくない。

つくばスタートアップパークのもう一つの特徴は、市民にとっても開かれた場である点だ。施設内には、スタートアップ関係者向けのコワーキングスペースや会議室に加え、誰でも利用可能なカフェやフリースペースが整備されており、来訪者が自由に出入りできる雰囲気がある。

日常の風景として、PC作業をする学生、イベントの相談をする起業家、読書や休憩を楽しむ地域住民の姿が混在している。「起業家だけの場」ではなく、「まちの誰もが集える場」という設計が、起業への心理的ハードルを下げ、まちの文化の一部として定着しつつある。

普段はフリースペースになっているが、イベント時にはセミナー会場になる

起業家の“今”に伴走する、支援体制とメンタリングの仕組み

リモートでの打合せに適したボックスが2台設置されている

つくばスタートアップパークの真価は、その物理的な空間以上に、充実した伴走型支援にある。現在、施設運営を担うのは、株式会社つくば研究支援センターだ。市から委託を受けたこの団体は、起業を志す人々に対し、情報提供、専門家相談、メンタリング、イベント開催など多面的な支援を行っている。

施設内には、常駐のコミュニティマネージャーが配置されており、相談やマッチングの“最初の窓口”として機能している。起業アイデアの段階から、事業化・法人設立後の課題まで、相談内容は多岐にわたる。必要に応じて専門家(中小企業診断士、弁護士、会計士など)との個別相談につなげる体制も整っており、段階ごとの課題に寄り添う充実した支援が実現している。

これらの支援活動の特徴は、「市民」や「学生」との垣根を設けず、誰でもフラットに関われる仕掛けになっていることだ。たとえば高校生のビジネスプラン相談や、リタイア後の挑戦としての創業など、年齢や属性を問わず多様な挑戦が育まれている。
行政と民間の柔軟な連携により、つくばスタートアップパークは“助ける”場所ではなく、“共に挑む”場所へと進化している。まさに、「起業支援のためのハコ」ではなく、「人の可能性を引き出す装置」としての役割を果たしているといえる。

相談会の様子。個室で専門家によるアドバイスを受けられる(画像提供:つくば市)

コミュニティ形成が起業を加速。イベントを通じた人と機会のつながり

フリースペースが、イベントになるとセミナー会場に変わる(画像提供:つくば市)

また、つくばスタートアップパークでは、起業家や支援者、地域の企業人、行政担当者など、多様な立場の人々が交流できるイベントの開催が、コミュニティ形成の中核を担っている。

施設内では、毎週水曜日の夜にトークイベントやピッチ大会、勉強会、資金調達に関するセミナーなどが実施されており、起業に必要な知識やノウハウの共有とともに、参加者同士の出会いと刺激の場となっている。特に、メンタリングや個別相談では得られない“横のつながり”がここで生まれており、参加者同士でコラボレーションや共同開発につながる可能性も高い。

こうしたイベントは、市内や市外近隣に住む企業人にとっても、新たな人脈を築く貴重な機会となっている。たとえば、東京に通勤しているつくば在住のビジネスパーソンが、つくばスタートアップパークのイベントを通じて地域プレイヤーと接点を持ち、将来的な起業の可能性を視野に入れるようになった例もある。つくばスタートアップパークが地域に開かれた場所として、人と人をつなぎ、次のアクションを生む触媒として機能していると言える。

さらに、年に一度、東京都内で開催する大規模イベントも、つくばと東京を橋渡しする重要な機会となっている。都市部のスタートアップや投資家、大手企業とつくばの起業家が一堂に会し、プレゼンテーションやネットワーキングを通じて、地域の魅力や起業支援環境を広く発信。これにより、都市部との継続的な関係構築や資金・人材の呼び込みへとつながっている。

このように、施設内外で展開されるイベントは、起業家支援にとどまらず、「地域と都市、起業家と企業人、将来と今をつなぐ“交流の場”」となっていると屋代室長。出会いが次の挑戦を生み、つくばスタートアップパークはつくばの未来を形づくる装置となっているのである。

セミナーの後、懇親会が設けられ、人脈づくりの場になる(画像提供:つくば市)

“起業のその先”を見据えたスタートアップ支援が、つくばの成長へ

施設内にコンビニが欲しいという入居者の要望で、無人の売店ができた。小腹が空いた際に、電子決済で購入できて好評だ

「挑戦したい」という想いに火をつけるだけでは、まちは変わらない。つくばスタートアップパークが目指すのは、起業の“その先”までを見据えた持続的な支援の構築だ。

施設の2階には、スタートアップ企業向けの専用オフィススペースが整備されており、原則最大5年間の入居が可能だ。ここでは、技術をベースとしたスタートアップが入居し、メンバーを増やしながら事業基盤を固めていく。卒業後には、市内に独自のオフィスを構え、地域に定着していく流れができつつある。

一方、1階にはコワーキングスペースやドロップイン利用が可能なフリー席もあり、年度ごとに募集・選考が行われている。主に個人事業主や創業準備中のプレイヤーが利用し、ここから次のステージに進むケースも多い。いわば「入口」から「自立」までを施設内で連続的に支援する構造が整っている。

市の担当者である屋代室長は「企業規模が大きくなれば、いずれ東京にも拠点を持ちたいとなるでしょうが、創業の地であるつくばとの関係は維持されていくと期待しています」と語る。

創業地との“関係性の継続”を重視する姿勢は、まちとしての存在感と育成機能の成果と言えるだろう。

もちろん、すべてのスタートアップが順風満帆に軌道に乗るわけではない。だからこそ、公的支援機関が伴走し、必要なときに手を差し伸べる体制が不可欠だ。創業初期の不安定なフェーズを支えることで、起業の成功確率を高める支援がなされている。

そしていま、この仕組みを視察に訪れる自治体が全国的になり、その数も増加している。担当者によれば、起業支援を軸にしたまちづくりの先進事例として、運営体制や支援ノウハウを学ぼうとする動きが相次いでいるという。起業家を支えるだけでなく、地域を活性化させる“場”としてのモデルが、他地域の関心を集めているのだ。

入居しているスタートアップのロゴマーク等を入り口付近の壁に掲示。この中から大きく成長していくスタートアップが出るのが楽しみだ

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