「大磯古道山道つなげ隊」とは? 道も人もつなげる、冒険のような試み
縄文時代から人が住んでいたと言われる大磯町。じつは町内のいたるところに、車社会になる前まで脈々と利用されてきた古い山道が眠っている。忘れ去られた道を人の手でよみがえらせようと試みているのが、「大磯古道山道つなげ隊」だ。
お話を聞いたのは……
オダギリミホさん(写真左)
大磯在住のイラストレーター。地元民に大磯の里山の魅力を伝えるべく2021年に「大磯丘陵里山歩きマップ」を制作。2022年2月に大磯古道山道つなげ隊を発足し、昔の山道の整備・復活に取り組む。本記事掲載の地図はオダギリさん作。
Instagram:@miho_odagiri_duco
杭を打ち込み、道を再生させる
5月某日。JR大磯駅から15分ほど歩くと、住宅地の裏手に山への入り口が現れる。さらに15分ほど山道を歩いた先の宝山地区が、本日の「大磯古道山道つなげ隊(以下、つなげ隊)」の活動の舞台だ。木槌(きづち)にノコギリ、炭の入った袋。さまざまな道具を持ったメンバーが方々から集まってくる。
斜面に「カーンカーンカーン」と木の杭を打ち込むメンバー。「しがら」を設置しているという。打ち込んだ杭(くい)に山で集めた枝や藁などを編み込んで柵を作り、土砂の流出を抑える伝統工法だ。掘った穴の中に炭や落ち葉を詰めることで、土中の微生物が活性化し、木の根っこがよく張る。雨水を土の中に浸透させ、土砂が周囲の住宅地に流れるのを防ぐ。
つなげ隊はこのように、自然素材を活用しながら水の流れを整え、古道の修復に取り組んでいる。この辺りも、かつては周囲に田んぼが広がっていたが、耕作放棄地となるに伴い人通りがなくなった。すぐそばの穴虫地区は、つなげ隊の手が入る前はあちこちにゴミが捨てられる無法地帯だったというから驚く。
「昔の風景が戻ってきた。本当にありがとう」
つなげ隊の発起人は、大磯に住むイラストレーター・オダギリミホさん。
「コロナ禍で近所の山を歩くようになって、山と人が近い大磯の魅力に気づきました。ところが、藪(やぶ)に埋もれて行き止まりになっている山道がたくさんあったんです。調べたところ『赤道(あかみち)』と呼ばれる公道で、60年ほど前までは日常的に使われていたことが分かりました。赤道を行き来できたら楽しそうだなと思ったのが、つなげ隊の発端です」
とはいえ1人で道の整備なんてできるはずがない。町に整備をお願いしても自分1人の要望だけでは動いてもらえない。そんな矢先、伝統的土木の視点で環境再生を行うNPO法人「地球守(ちきゅうもり)」との出会いが大きな転機となった。人の手で道を整備できる可能性を感じ、2022年2月につなげ隊を発足。今ではメンバーが30名ほどにまで増えた。
「近所に住むおばあさんから『昔の風景が戻ってきた。本当にありがとう』と感謝されたのはうれしかったです。ただ楽しくやってきただけなんですけどね」
道がつながれば、淀(よど)んだ空気が流れていく
山の地形や水の流れを読み解きながら、自らの手で道を整備する。プリミティブな作業で五感が研ぎ澄まされていく。
「藪をかき分けながら山の中を進んでいくのは、まるで冒険。この年になって、こんなことに付き合ってくれる大人たちと出会えたのがうれしいですね。山の中には古墳時代の横穴墓(よこあなぼ)も残っています。古墳時代にここを人が通っていたんだと思うと、当時の人と足の裏でつながっている感じがするんです」
途切れている山道を縦横無尽につなげ、かつてのように日常的に人が歩けるようになれば、町中を生き生きした空気が通り抜けていく。思わぬところがご近所さんになるかもしれない。
「大磯は、駅と山が近い町。駅から出発して大磯丘陵をぐるりと歩けるようになったらすてきですよね。昔の道を知っている長老がいらっしゃるうちに、なんとか復活させたいと思っています」
大磯古道山道つなげ隊が復活させた道が……
大磯古道山道つなげ隊が復活させたのが、上の地図内赤丸の「宝山〜穴虫ルート」。土中環境の改善を意識した方法で斜面に階段を作り、町民たちの協力のもと投棄されたゴミを撤去。町の協力を仰ぎ、NPO法人「地球守」による改善工事も実施した。整備前と比較して、明るく開けた雰囲気に変貌した。現在も毎週定期的に活動し、山道の整備・復活に取り組んでいる。
取材・文=村田あやこ 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2025年7月号より