高齢者が街を舞台に人間回復する「攻め」のリハビリとは
インタビュー、テキスト:東谷彰子
※本記事は、「UNLOCK THE REAL JAPAN」に2024年3月29日付けで掲載された「Roads to recovery」を翻訳、加筆・修正を行い転載。
脳卒中患者の退院後の生活をより長く、より充実したものにしている 「攻めのリハビリ」とは、どんなものなのか。脳卒中リハビリの第一人者である医師の酒向正春(さこうまさはる)に話を聞いた。
脳損傷から人間力を回復させる
脳卒中やそのほかの脳障害を患うことは、その人のキャリアを絶たせたり、特に高齢の場合、残りの日々を寝たきりで過ごすことを意味したりする、人生を変える出来事になることが多い。急速に高齢化が進む日本では、脳の疾患によって体が動かなくなり、介護に頼るようになる人の数は、ほかの先進国と比べてもすでに際立って高いが、さらに増加している。
しかし、適切な治療とリハビリテーションプログラムによって、脳損傷から人間力を回復することは、人生の後半であっても可能である。日本では、この刺激的なメッセージの最も影響力のある提唱者の一人が、東京のねりま健育会病院の院長であり、脳リハビリの第一人者である酒向正春である。
酒向の「攻めのリハビリ」とは、できるだけ早い時期にリハビリ訓練を開始し、日中は臥床(がしょう)させずに心肺機能を向上させ、心肺機能に最大限の負荷をかけて運動機能とともに精神・認知機能を高めるリハビリ治療である。まず活動的な生活の鍵となる座位・立位と歩行能力を回復、次に活動能力・筋力・体力・コミュニケーション能力を向上させ、病院外での社会生活に復帰させることを目指すものである。
リハビリ専門医に転向した酒向が取り組む街づくり
20年近く脳神経外科医として働いてきた酒向は、デンマークの国立オーフス大学で3年間、臨床指導と研究をした後、リハビリテーションを専門とすることを決意。そこで彼は、脳が持つ自然回復力と、より効果的なリハビリをデザインするための脳科学の活用法を考案した。
「脳卒中などで障がいを負った人が退院していった後、不遇になるのを見て、なんとか回復できないかと思った」と話す。「手術や治療でよくなればいいのだが、それが効果なく動けなくなった方々を動けるようにすることが大事なんじゃないか、これから必要となる医療と治療ではないかと思いました」
脳神経外科医が後進にメスを譲り、キャリアの後半でリハビリテーションに軸足を移すことは一般的だが、酒向は「全盛期前」での転向を決意する。
脳卒中の患者が活動的で自立した生活に戻るのを助けるだけでなく、超高齢者や後遺症を持つ人々が楽しく暮らせる道路や地域を設計する街づくりにも携わっている。東京都南部の二子玉川や、明るく利用しやすい歩道に医療・福祉施設などが立ち並ぶ東京都心にある初台の「ヘルシーロード」のように、酒向の提案が反映されている地域が増えている。
「その場所へ行けば、身体や認知機能が弱った方にも楽しんでもらえると思い、街づくりを進めてきました」。そして、「病院リハビリだと、社会貢献活動の支援に距離が遠くなるから、今は街でリハビリして、街がリハビリ環境となる『まちのリハ』支援に力を入れています」とも話す。
しかし、この分野にはまだ社会構造的な課題が残っている。
日本の介護保険制度では高齢者や障害を負った人のためのデイケアやデイサービスの提供があり、全国に約6万店舗の施設がそのようなサービスを行っている。
「ただ、私たちの『攻めリハ』を周到してくれるところはまだありません」と酒向。退院後も患者が必要なリハビリケアを全国で受けられるように、「連絡をいただければ、我々のノウハウを提供できます」と言う。
超高齢化社会を迎えつつある日本国内だけでなく、海外でも彼の考えは注目されている。本年は6月に全国市長フォーラムの基調講演に招かれ、海外は5月にはシンガポールで開催される国際的な「エイジングアジアイノベーションフォーラム(Ageing Asia Innovation Forum)」でも講演する予定であり、Ageing Asia Global Ageing Influencer 2024 TOP10に選出されている。
「私たちがやっている高齢者に対する人間回復のリハビリテーション医療と街づくりに、日本だけでなく、全アジアが興味を持ってくださっています」
「回復した後は、楽しく街で交流して暮らせるようにする――日本は豊かだから、本来はその環境づくりが簡単にできると思うんです。もちろん、高齢者の方自身に回復できる力もあります」と語る。
そして、酒向自身は年齢を重ねてもペースを落とすつもりはない。「103歳まで仕事をしたい」と彼は笑う。