いきなり”支配人”!経験ゼロからすすきのの大規模ホテルを稼働率9割以上にまで導いた女性が、大切にしてきたこと【東横INN】
日本と海外に354店舗を展開するホテルチェーン、東横INN。
支配人の9割以上が女性という「日本一女性が働きがいのある職場」を目指す企業です。
その一人に、業界未経験で入社し、現在、ホテル経営にまい進する吉田さんがいます。
(冒頭画像は2019年に撮影された支配人時代の吉田さん)
仕事との出会いや働く上で大切にしてきたこと、困難の乗り越え方など、多忙な日々を自分らしく生きるヒントを伺いました。
【連載】こう生きたっていい
いろいろな生き方・働き方をしている北海道の女性へのインタビューを通して、自分らしく生きるヒントを見つけるための連載です。
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自然と商売の楽しさ・難しさにふれてきた半生
北海道・深川市出身の吉田ゆかりさん。東横INNに「支配人」として入社し、今年で12年目。今は東北地方の店舗の支配人を束ねる執行役員を務めていますが、この仕事と出会うまで紆余曲折があったといいます。
高校卒業後、アパレル企業に就職した吉田さん。原宿の店舗で店長を務めるまでになりますが、21歳の頃、病気で倒れた母の飲食店を継ぐために北海道へUターンします。
数年後、結婚相手の実家が広島県で飲食店を営んでいたことから、今度はそちらの経営を継ぐため広島に移住。3店舗を経営しながら、夫が経営する建設会社の経理も担当する多忙な日々を過ごしました。
13年ほど広島で暮らしますが子どもは授からず、仕事の忙しさもあいまって離婚することに。
37歳で実家のある札幌へ戻ってからが「第二の人生」のスタートでした。
業界経験ゼロから「ホテルの支配人」に!
「ホテルを経営してみませんか? 」東横INNとの出会い
経験が生かせるだろうと札幌の建設会社に就職しますが、今度は数年後に会社が倒産してしまいます。
これを機に頭に浮かんだのが「また自分で商売ができないかな」という思い。
そして目に止まったのが、東横INNの支配人募集でした。
ー『ホテルを経営してみませんか? 』『女将募集! 』ー
「自己資金なしでホテルを経営できる!? とすごく気になって」
異なる分野ではありますが経営の経験があった吉田さんは「だめでもともと、挑戦してみよう! 」と決意します。
すると見事採用が決まり、数ある東横INNの中でも約400の客室を有する超大型店「東横INN 札幌すすきの交差点」の支配人になりました。
信じて飛び込んだものの…当初は苦労も
「私ならできる! 」と自分を信じて飛び込んだものの、ホテル業界は初めて。
それも、「いきなり支配人」です。
東横INNの各店舗の支配人には独立したホテルを経営するような権限が与えられています。
支配人はまさに「一国一城の主」です。
だからこそ、そのホテルを経営するスキルのすべてが必要。
そこで苦労したのがさまざまな資格の取得です。
経営管理に必要な商業簿記。設備の管理に必要な危険物取り扱いや消防に関する防火管理者の資格。朝食の提供もあるため、食品衛生管理者資格も。
半年ほどかけて8つの資格をとりましたが、日々の仕事と並行しての勉強…時間のやりくりには、最初かなり苦労しました。
でも、そんな中でも絶対に時間を割くと決めていたことがあります。
逃げずに人と向き合った支配人時代
仕事が楽しいと思ってもらえるように
支配人になった以上は、もちろん業績を上げなければなりません。
当時の「すすきの交差点」は稼働率が75%未満…。
吉田さんがまず力を入れたのは「人員の安定」でした。
人の入れ替わりが続く中でスタッフが疲弊し、笑顔でお客さまをもてなすのは難しくなっていました。
100人弱いるスタッフにとにかく声をかけ話を聞く。
どんなに自分の仕事が立て込んでいても、「人」に関することは必ずその場・そのときに対応すると決めていました。
「人は待ってくれないので。1時間とか1日とかずらすだけで、問題点が変わっちゃうんですよね。だから即座に対応して、『人』のことには時間を割きました」
仕事が楽しいと思ってもらえることにつながるよう、いつも笑顔で対応し、人と向き合い続けました。
向き合い続けて得た「信頼」と「成果」
ホテルは年中無休、24時間365日いろいろなことが起こります。
しかも、ここは北の歓楽街、すすきののど真ん中。
それはもう、さまざまなお客様からさまざまなクレームが日々発生していました。
スタッフから連絡があれば朝も夜もなく駆けつけ、クレーム対応で何時間も頭を下げ続けたことも。
『何もわからない人が来た』『いつまで続くかな?』
最初のうちは、スタッフから試されるような雰囲気も感じたそう。
「立場は上でも、社歴は後輩の新人。そう思われるのも無理はありません」
それでも吉田さんが精一杯仕事に向き合う姿を、周囲はしっかり見てくれていました。
入社数ヶ月で体を壊してしまったときは、復帰後、皆がすごく気遣ってくれて「今まで大変な思いをさせてごめんなさい」と率先して動いてくれるようになりました。
「私のことを大変なことから逃げない人だと信頼してくれたのかなって。嬉しかったです」
それからもスタッフたちと正面から向き合い続けていくと、経営の面でもうれしい変化が。
客室の稼働率が向上し、就任時の75%未満から、コロナ禍前には90%台にまでなったのです。
「稼働率や売り上げの目標は、一人で頑張っても絶対に達成できなくて。自分と同じ方向を皆が見てくれるようになったとき、結果が出て数字にも現れるのだと実感しました」
そして、2019年には、全店舗の中から最も優れた支配人として表彰をうけるまでになったのです。
約10年間の支配人時代を振り返り、仕事の魅力はやっぱり人だと吉田さんは楽しそうに話します。
「ホテル経営」から「会社経営」を考える立場に
人を育て会社を経営する面白さ
吉田さんは現場の支配人職を離れ、2021年よりエリア担当の執行役員に就任。現在は東北エリアの執行役員として支配人の育成とサポートを担っています。
支配人たちに楽しく働いてもらえるよう、細やかなコミュニケーションを欠かしません。
小さなことでも褒め、アドバイスをした時はそれを活かそうと励む支配人の行動の過程もみて声をかけます。
「頑張りを見てくれている人がいることが、やりがいや面白さにつながる」との考えからです。
会社全体を考えた行動や発言には、支配人時代とはまた違った手応えを感じているようで、「人を育てるのが今の私の使命」と言葉に力を込めます。
きつい言葉すらプラスに変えて
東横INNの管理職は女性がほとんどですが、世間ではまだ男性が多いポジション。
壁にぶつかったことはないのか聞いてみると…「女のくせに」というふうな目を向けられたり、酷い言葉を投げかけられることもあったのだそう。
「きつかったのは『子どもを育てていない人が、人を育てられるのか? 』と。逆に『育児経験者なら誰でも完璧に人を育てられるの? 』って聞きたくなりました」
とはいえ否定だけでは何も生まれない、いったん人の言葉を受け止めようと考えるようになって、気づきもあったそう。
「実際に子育てと支配人の仕事を両立している人は本当に凄いと思いますし、中には我が子のようにスタッフに接している人もいて、子育て経験者の強みは確かにあるんです」
このことに限らず「自分自身が苦しんだ経験があるからこそ、今アドバイスに生かせることも多くて。振り返ると大変な経験にも大きな価値があったんですよね」
自分を褒めると、笑顔で過ごせるようになった
仕事に打ち込む一方で、札幌の建設会社に勤めていた頃に再婚した夫と、大型犬2匹・小型犬1匹と和やかに暮らしている吉田さん。
仕事と家庭の両立の仕方は、年月を経て自然に変わってきたそう。
「以前は仕事も家事も完璧にこなしたいタイプでしたが、ある時『家の細かいところまで構っていられない! 』となって(笑)」
次の休みに片付けよう、と自分を許すと気持ちがぐっと楽になりました。
自分を追い詰めると仕事も家庭も上手く回らない。「よくやっているよ」と自分を褒めるようにしてみると、心に余裕が生まれて笑顔で過ごせるようになりました。
「私が楽しそうに働いていると家族も安心するようで、夫も犬もニコニコになって(笑)」
東横INNで働いて、とてもいい生き方を手に入れられたといいます。
「今となってはできない所やダメな所を出したほうが強くなれるんじゃないかと思っています。弱みを隠しているとそれを守ることに力がとられてしまう気がするんです」
なので、休日はしっかりリフレッシュ。
最近は愛犬たちとキャンプへ出かけ、焚火を囲んでくつろぐ時間が最高の癒しだそう。
「キャンプ飯とそれに合うお酒を考えるのも楽しいし、横に夫と愛犬たちがいれば最高です」
忙しい中にも心が癒される時間を持つことが吉田さんのパワフルさの秘訣なのかもしれません。
「立場にとらわれすぎないで」女性へのメッセージ
仕事も家庭も、自分なりの道を切り開いてきた吉田さん。
キャリア観を伺うとこんな答えが返ってきました。
「キャリアは目指すものというより、苦しくても1歩ずつ前に進んだ結果だと思っています。先を恐れずに、少しでも前に進むことが大切なんじゃないかな」
だから吉田さん自身、キャリアでさらに上を目指すという考えはないそう。
「『舵は自分でとる』ことが私にとって重要で、人任せな人生は送りたくない。それだけです」
女性がキャリアを積むのは大変だけど…「立場にとらわれ過ぎないで」
「女性だから、妻だから、子どもがいるからなど、立場にとらわれ過ぎてしまうと、企業でキャリアを積むのは難しいと思っていて。周りに遠慮して、やりたいことに挑戦しないのはもったいないから。それぞれの立場がある中でも、周囲の理解や協力を得られるように、勇気を出して1歩踏み出してみることがすごく大切だと思います」
さらに、仕事を通して全国各地の人とふれ合ってきた吉田さんならではのアドバイスも。
「もともと北海道は他県からの移住者がうまく手を取り合ってきた場所ですし、大自然の中で育った人はおおらかで他者を受け入れ協調する力が強いと感じます。ぜひ道産子ならではの魅力を仕事でもそれ意外のいろんな場面でも生かして欲しいです 」
力強いメッセージで、背中を押してくれました。
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文:木むら
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は取材時(2024年5月)の情報に基づきます。