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じゃがいも・バス・サーカス、どこまで本当?『グロウアップショウ ~ひまわりのサーカス団~』スタッフインタビュー企画「グロウアップショウ、クローズアップしよう!」時代考証・山田順子さん

アニメイトタイムズ

写真:アニメイトタイムズ編集部

アニプレックスとA-1 Pictures / Psyde Kick Studioによる新作オリジナルアニメーション『グロウアップショウ ~ひまわりのサーカス団~』が、毎週土曜日24:00よりTOKYO MX/BS11ほかにて放送中です。

本作の舞台は、サーカスが娯楽の中心として人々の生活に溶け込んでいる、昭和30年代ごろの高度経済成長期真っ只中の日本。天才サーカス少女・鶴巻瑞佳が万年金欠の弱小サーカス団・ひまわりサーカスに、とある事情から協力することになり、物語が動き始めます。

アニメイトタイムズでは、本作の魅力に迫るインタビュー企画を実施中。スタッフのみなさんにお話を聞く「グロウアップショウ、クローズアップしよう!」の第4回目は、時代考証を担当した山田順子さんのインタビューをお届けします。

【写真】『グロウアップショウ ~ひまわりのサーカス団~』山田順子に聞く昭和30年代ごろのサーカスと日常

時代考証はその当時の生活まで検証する仕事

── はじめに、時代考証とはどのようなお仕事なのかお聞かせください。

時代考証・山田順子さん(以下、山田):時代考証は時代劇などの作品において、衣装や小道具、言葉遣いに矛盾がないか、その時代の人々がどんな生活をしていたのかを検証する仕事です。コップひとつを取っても、デザインや材質などは時代によって違いがありまして。そういうのを気にせず出しちゃうと「なんでこの時代にこんなものがあるの?」って、違和感になっちゃうんです。食べ物や衣装、電球といったちょっとした小物など、画面に映るものぜんぶを検証するのが、私たちの仕事です。

── 多岐にわたるのですね。

山田:もちろん、年表のように何年何月何日にどんなことが起きた、というのも大事ですが、それは学者さんが研究されていること。時代考証は、その当時の生活まで検証するのが仕事です。

── 年表や教科書には載っていないようなことも検証・監修されるのですね。

山田:そのため長年の知識の蓄積が影響してくる仕事でもあって。知識を蓄積するために各時代の情報が載っている本を集めたり、残っている文献などは足を運んで見に行ったり。展覧会に行くと必ず図録を買うようにしています。初めて行く博物館だと過去のナンバーを含めて全資料を買うこともあるのですが、「この人はいったい何者なの?」という顔をよくされます(笑)。

── なるほど(笑)。

山田:ただ、本作の時代設定とされている戦後の昭和30年頃って、ふだんの食事などが書かれているような民俗学の本・記録があんまりないんです。一方で、私自身が生きていた時代でもあります。今回はそのときの記憶を思い出し、残っている資料で補完しながら、時代考証をしました。

── ご自身の記憶が仕事につながることも。

山田:とはいえ、作品によってどこまで史実に寄せるのかは異なります。特にアニメやマンガは絵で表現する分、世界観も色々と描けるじゃないですか。だから演出の意図的に、どこまでのレベルで検証をしたほうがよいのか、コミュニケーションを取りながらすり合わせていきました。フィクションの部分を描くときも「本当はこうだからね」「それは知っておいてね」とお伝えするようにはしていますね。

サーカステントの支柱は金属ではなく丸太

── 先ほどお話をいただきましたが、本作は昭和30年代ごろが舞台となります。この時代の日本では、人々はどのような日常を過ごしていたのでしょうか。

山田:西洋と日本の文化がちょうどせめぎ合っていた時代です。一般家庭ではご飯とみそ汁、あとは一品のおかずが出ていたくらいでしたが、ファッション雑誌や料理本も出回っていて、オシャレな家庭ではステーキやシチューなどが記念日で作られていました。とはいえ、生活様式の基本は日本。自宅はまだちゃぶ台がメインで、畳の上に布団を敷いて寝たり、浴衣を着て寝たりしていました。

── ひまわりサーカスの事務所は畳敷きでしたね。

山田:そうですね。テーブルで、椅子に座ってご飯を食べる描写も出てきますが、あのような西洋式の文化はサーカス団なら入っていてもおかしくないだろうと考察をしました。

ただ、戦争によって鉄などの資材はぜんぶ大砲や軍艦の素材として使うために、国に提供され、一般家庭でもご飯を炊くお釜や包丁以外はぜんぶ国に取り上げられています。

── その爪痕がまだまだ残っている戦後の時代。

山田:サーカスも影響を受けています。木下大サーカスの資料を見たら、支柱を金属ではなく丸太にしていると書かれていました。サーカステントは木で作っていたみたいなんです。ただ、丸太を運搬するにはお金がかかってしまう。だから現地調達をしていた。丸太は加工もしなくていいから、現地にいる材木屋さんが貸してくれるんですよ。

── 本作でも木材でサーカステントが組立てられていましたね。

山田:当当時の調達を仕切ってくれたり、チケットを売ったりしてくれる地元の興行屋さんがいて、その方々と仲よくならないと、地方興行もままなりませんでした。サーカスだけじゃなくて、演歌とかのエンタメもぜんぶそう。そんな時代でした。

昭和30年ごろに、木下大サーカスを観に行ったことがあるんです

── この時代、サーカスは実際に娯楽として楽しまれていたのですか?

山田:江戸時代には綱渡りみたいなものがありましたし、明治の頃には玉乗りとか大道芸のようなものが既にありました。アメリカやヨーロッパへ行って、サーカス芸を日本でもやろうとする人たちもいたんです。戦後はアメリカ流がどんどん入ってきて、ブランコやショーアップされた綱渡りなどが見られるようになりました。

実はちょうど昭和30年ごろに、私も一度だけ木下大サーカスを観に行ったことがあるんですよ。子どもながらに、すごいエンターテインメントだなと思った記憶があります。

── そうだったのですね!

山田:とはいえ、当時の記憶が鮮明に残っている訳ではなくて。今回は、1950年頃のアメリカのサーカスについて描かれている映画『地上最大のショウ』も参考にしました。サーカスの衣装についても、戦後だからアメリカの洋服がある程度入ってきていて、水着もすでにあった。そういうことを踏まえながら、お嬢ちゃん(各キャラクター)たちの衣装デザインを見ていきました。

── 普段着についてはいかがでしょうか。

山田:お出かけするときの衣装などは当時のファッション雑誌や婦人雑誌をあさって、スタッフの方々に見せました。先ほどお話した通り、どこまで時代に沿うのかは作品次第。なかにはこの時代感には合わない衣装を着ているお嬢ちゃんもいますが、各々の個性付けをしたいという意図があるのだろうから、デザイン優先になっている部分もあります。

バスは決して安くはない。でもサーカスの運搬手段としては必需品だと思って

── ひまわりサーカスのメンバーは、じゃがいもをメインで食べていることが多いですね。

山田:さすがにじゃがいもだけということはなかったですが、戦中・戦後の食糧難の時代には、西日本はサツマイモ、東日本はじゃがいもを主食で食べることもありました。本作は関東付近が舞台設定だとお聞きしていたので、関東平野は土壌的にもサツマイモよりじゃがいもで問題ないだろうと思ったんです。

── なるほど。

山田:代用食は他にもいろいろとあるので、たとえば、かぼちゃでも時代的には問題ないんですよ。でも作中でかぼちゃを出しても、今の人はおかずとしか思わない。「また出てきた」って言わせるには、やはりじゃがいもかなと。じゃがいもは醬油との相性もいいので、日本人的には料理もしやすいですしね。だから「じゃがいもが主食でいいですか?」と聞かれて「いいですよ」とお伝えしました。まさかあんなに出てくるとは思ってもいませんでしたが(笑)。

── (笑)。ひまわりサーカスの移動手段となっているバスについてはいかがでしょうか?

山田:当時、進駐軍などの払い下げのバスやトラックが走っていることがありました。値段は決して安くなかったです。それでも、サーカスの運搬手段としては必需品だろうと思って。トラックに関しては、戦後は荷台に人間を乗せるのが禁止になったので、バスのほうが時代背景には合っていますね。

── たとえお金がないサーカス団だとしても、バスは必需品だろうと。

山田:そうですね。サーカス団ならペイントは自分たちでやることもできるでしょうし。バス移動はおかしくないかなと。

── その他、本作には昭和30年代ごろを感じるさまざまなアイテムや背景が出てくるとお聞きしました。

山田:この先、アメリカから入ってきた色々な商品が出てきますが、それらは発売時期が微妙なんです。この時代はアメリカ流のものがどんどん出てくる時代ではあるのですが、一年違うとまだ日本にはないということがあったり、オシャレな人なら持つだろうけど普及はしていなかったりということもある。本作は30年代と幅広い設定ではありますし、フィクションではありますが、スタッフの方々があまりブレ過ぎないよう、いろいろと慎重に制作しました。

結果的に長く作品に関わることになりましたが、楽しかったですね。おかげさまで72歳にもなって仕事が途切れずにできています(笑)。

【インタビュー:M.TOKU】

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