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團十郎の長兵衛が客席に登場! 九世團十郎、五世菊五郎の功績をたたえ、四世左團次を偲ぶ『團菊祭五月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

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昼の部『極付幡随長兵衛』(左より)女房お時=中村児太郎、幡随院長兵衛=市川團十郎

2024年5月2日(木)、歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』が開幕した。九世市川團十郎、五世尾上菊五郎の功績を顕彰し「團菊祭」と銘打ったひと月となる。午前11時開演の昼の部より、『鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)』、『歌舞伎十八番の内 毛抜(けぬき)』、『極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)』をレポートする。

一、『鴛鴦襖恋睦 おしどり』

本作は前半と後半、2つのパートで構成される。

前半のテーマは「相撲」。河津三郎に尾上松也、遊女喜瀬川に尾上右近、股野五郎に中村萬太郎。せり上がりで3人が登場し、今年の團菊祭がはじまる。

独特の古風な世界観だ。かねてより源氏方と平家方で対立関係にあった河津と股野が、美しい喜瀬川を巡り、相撲で勝負する。

昼の部『鴛鴦襖恋睦』(左より)河津三郎=尾上松也、遊女喜瀬川=尾上右近、股野五郎=中村萬太郎 /(C)松竹

喜瀬川は目元に柔らかい色気があり、声には芯の強さがあった。背の高い美麗な白塗りの河津と、赤っ面の股野がひと肌脱いで、ゆったりと土俵入り。曲調が変わり重低音が響き、取り組みがはじまる。相撲を落とし込んだ振りで演奏にのり台詞も交え、独特の迫力と華があった。

喜瀬川は品よく艶やかに行司をつとめる。股野に土がつき、潔く負けを認める。河津と喜瀬川の仲睦まじい姿にほっこりし、めでたしめでたしかと思われるが、股野には魂胆があった。おしどりの番(つがい)のオスを仕留めてその血を入手する。その傍らで、メスのおしどりがその場から逃げていく。

昼の部『鴛鴦襖恋睦』(左より)股野五郎=中村萬太郎、雌鴛鴦の精=尾上右近、雄鴛鴦の精=尾上松也 /(C)松竹

後半のテーマは「おしどり」。演奏は常磐津に変わり花道のスッポンから幻想的で憂いに満ちた女性が現れる。雌鴛鴦の精(尾上右近)だ。股野が殺めたオスを思い、姿を変えて現れたのだった。会いたいと涙をおさえる姿、翼がちぎれんばかりの乱心まで、人間ではないからこそのむき出しの恋慕の情がほとばしる。やがて雄鴛鴦の精(尾上松也)が現れ、さらに姿を変えてドラマチックな展開をみせた。前半は古風な躍動感の中で、後半は幻想的な情景の中でも、萬太郎は歌舞伎らしい憎々しさを発揮。松也と右近は仲睦まじかった。昼の部の序幕で一気に非日常に引き込んだ花形俳優たちに拍手がおくられた。

二、四世市川左團次一年祭追善狂言『歌舞伎十八番の内 毛抜』

物語は、小野春道の館に文屋家の使者として粂寺弾正が訪ねてくるところからはじまる。

小野家の息女・錦の前と文屋豊秀は結婚を控えていた。しかし錦の前はいつになっても嫁いでこない。弾正が状況を確認しにくると、錦の前は髪の毛が逆立つ奇病におかされていて……。

幕が開くと舞台上部には、歌舞伎座の座紋である鳳凰丸と市川團十郎家の三升紋の提灯が交互に並び、上手側には「歌舞伎十八番 毛抜」、下手側には「市川男女蔵相勤め申し候」と掲げられている。四世市川左團次一年祭追善狂言だ。

『毛抜』は七世市川團十郎(1859年没)により「歌舞伎十八番」に制定された演目だが、その後は上演が途絶えていた。これを1909年に復活上演したのが二世市川左團次だった。昨年他界した、四世市川左團次が得意とした粂寺弾正を、今回は、長男の男女蔵が『新春浅草歌舞伎』で勤めて以来20年ぶり、歌舞伎座では初めて勤める。左團次の孫・市川男寅は、錦の前で出演。

昼の部『毛抜』(左より)粂寺弾正=市川男女蔵、腰元巻絹=中村時蔵 /(C)松竹

男女蔵の弾正は、揚幕より登場して七三での第一声で、四世左團次が帰ってきたかのような大らかさと渋みをみせた。なつかしさと同時にその不在に気づかされ、こみ上げてくるものがあった。裃の下の白の着付が爽やかだった。滝野屋の大向うがかかり、拍手がおきた。秦秀太郎(中村梅枝)や腰元巻絹(中村時蔵)を口説くときには洒落っ気があり、振られてもお茶目だった。かと思えば見得がきまるたび、とくに横顔の美しさにハッとさせられる。万兵衛や玄蕃をたしなめる時の皮肉にも余裕があり、要所要所のリアルさが劇中の人物の関係性を分かりやすくみせた。男寅は、錦の前の台詞に奇病への憂いを込め、丁寧に可憐に勤めあげた。

昼の部『毛抜』(左より)乳人若菜=市村萬次郎、粂寺弾正=市川男女蔵、錦の前=市川男寅、小野春道=尾上菊五郎 /(C)松竹

松也の八剣数馬と中村梅枝の秦秀太郎の対決ではじまり、八剣玄蕃に中村又五郎、秦民部に河原崎権十郎、乳人若菜に市村萬次郎、小野春風に中村鴈治郎、腰元巻絹に中村時蔵。尾上松緑の小原万兵衛は、堂々としているのにウソ泣きもお弁当を食べる姿も子どものよう。絶妙な胡散臭さに可笑しみがありお芝居に緩急が生まれる。さらに尾上菊五郎の小野春道が登場し、一瞬で場内の色を変える。円熟極まる存在感と輝き続ける気品に満ちた色気が、この一幕を格上げする。隅々まで盤石な布陣に、四世左團次がいかに愛されていたかを思わずにはいられなかった。

昼の部『毛抜』(手前)粂寺弾正=市川男女蔵、(奥)後見=市川團十郎 /(C)松竹

幕切れの弾正は、後見の市川團十郎に見守られ、拍手を浴びながら幕外の花道をいく。大らかで遊び心に満ちた、晴れやかな追善狂言だった。

三、『極付幡随長兵衛』

市川團十郎の幡随院長兵衛、尾上菊之助の水野十郎左衛門。「團菊祭」らしいキャスティングの『極付幡随長兵衛』だ。

村山座が舞台の劇中劇からはじまった。しかし、ある侍が芝居の進行を妨げて皆が困ってしまう。そこに町奴の頭である長兵衛が出てきて場を収めるが、侍はかねてより関係の良くなかった旗本奴水野十郎左衛門の手下。長兵衛は水野の館に呼び出されることになる……。

昼の部『極付幡随長兵衛』幡随院長兵衛=市川團十郎 /(C)松竹

序幕は、團十郎の長兵衛の大きさが何よりの見どころ。登場は舞台でも花道からでもなく、客席通路から。1階席後方が弾けるように賑わい、客席に照明が当たる。すぐに場内が一体となり長兵衛の登場を歓待した。長兵衛が拍手の中を進み、客席に笑顔と興奮の余韻が続く。團十郎の長兵衛は、実年齢よりもずっと深い年輪を重ねた風格。動じることのない大きさと、それでいて守りに入っているわけではなく、眼光には抜き身の刃のような鋭さと色気。喧嘩っ早い町奴たちに「お頭!」と慕われるのも納得の存在感だった。序幕では、舞台番(市川新十郎)の仕事ぶりも印象に残った。今の時代には見られない職でありながら、「この人はなにかな?」と思わせない居方で空間を埋める。歌舞伎座を江戸時代の芝居小屋にした。

二幕目の長兵衛の家では、長兵衛をとりまく人々の人間味によりドラマに奥行きが増す。女房お時(中村児太郎)は、長兵衛を誰よりも思うからこそ、夫の覚悟の揺るぎなさも誰よりも理解しているのだろう。三味線の音の間に帯を締める音が聞こえ、お時の全身からやりきれなさがあふれ出ていた。

それでも芝居全体が湿っぽくなることはない。長兵衛の子分たちは血気盛んで、極楽十三(中村歌昇)、雷重五郎(尾上右近)、神田弥吉(大谷廣松)を筆頭にとにかく喧嘩っ早い。0.1秒で沸点に達してカラッとしている。それでいて長兵衛には惜しみないリスペクトをささげる。出尻清兵衛(市川男女蔵)は倅・長松以上の童心で場を和ませた。唐犬権兵衛(市川右團次)は長兵衛の覚悟、侠客たちの死生観に説得力を持たせていた。

昼の部『極付幡随長兵衛』(左より)幡随院長兵衛=市川團十郎、水野十郎左衛門=尾上菊之助 /(C)松竹

水野十郎左衛門の屋敷では、近藤登之助(中村錦之助)のジャブに絶妙な悪意の気配があった。水野(尾上菊之助)にはそれがなく、かえって恐ろしかった。大詰の湯殿では、長兵衛と水野のしびれるような台詞の応酬のうちに、長兵衛の内に込められていたエネルギーが爆発する。それに応えるように客席は熱い拍手で揺れた。長兵衛の子分たちが早桶をもって迎えにきたと知った時、氷のようだった水野に揺らぎが見える。この反応こそが長兵衛へのこの上ない賛辞。武士である水野なりの美学が垣間見える。團十郎の長兵衛の死闘に、今の時代には死語であろう「男の美学」が熱く美しく息づいていた。

『團菊祭五月大歌舞伎』は5月26日(日)まで。

取材・文=塚田史香

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