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【宮永篤史の駄菓子屋探訪13】北海道千歳市「だがしやわきさか」“夢ノート”や店中に子どもたちの書き込みがあふれる店

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全国約400軒の駄菓子屋を旅した「駄菓子屋いながき」店主・宮永篤史が、「昔ながらの駄菓子屋を未来に残したい」という思いで、これまで息子とともに訪れた駄菓子屋を紹介します。今回は北海道千歳市の「だがしやわきさか」です。

道の駅の向かいに駄菓子屋が


千歳川沿いに建つ道の駅、サーモンパーク千歳。敷地には、川沿いに埋め込まれた観察エリアから遡上したサケを見ることができる千歳水族館、サケの慰霊塔があるサケ神社などもあり、その名の通り「サケのテーマパーク」といった装いです。ここで車中泊をしようと立ち寄ったところ、なんと道路の反対側に駄菓子屋が見えているではありませんか!この日はもう夕方で閉店している様子だったので、翌日を待って訪ねてみました。

雪国を感じさせる、屋根の傾斜が急な住宅。同じ敷地にある小さなプレハブ小屋に掲げられた、「だがしや わきさか」と書かれた赤い看板が目を引きます。店内は小ぶりですが、あわ玉やどんぐりガムの空き容器を使った陳列で統一感があり、見やすく取りやすく、品数も豊富。お客さんが書き込んだ文字が棚や梁を埋め尽くしていて、お店の歴史を感じられる良いアクセントになっていました。

自宅の敷地にプレハブを建てて駄菓子屋に


だがしやわきさかは、元々は昭和58年(1983年)ごろに別の場所で始めた、日用品や駄菓子等の食品を扱う雑貨店だったそうです。借りていた建物が解体されることになり、平成8年(1996年)ごろに自宅の敷地にプレハブを建てて移転。その際に駄菓子屋となり、現在に至るとのこと。当時は移転ではなく廃業を検討したそうですが、通っていた子どもたちに「やめないでくれ、テントでも小屋でもいいから続けてくれ」と懇願されたんだとか。

「私の店だけど、みんなの場所」


「道路沿いに建ってた家がなくなったら、サーモンパークから見えるようになったんですよ。おかげでお客さんが増えた気がします(笑)。ここは私の店ではありますけど、みんなの場所ですね。プリクラを貼ったり、落書きをしていったり、それを見にずっと来続けてくれる子もいる。生まれた子どもを連れてきてくれるとか、母の日に花を持ってきてくれるとか、看板もお客さんが作ってくれたものだし。この商売をやってないと、こういう『子どもたちとの長い付き合い』っていう楽しみは得られなかったと思うんですよ。儲からない商売だけど、続けてきて良かったです」

「子どもたちには夢を持ってほしい」


棚には、お客さんが書き込める「夢ノート」が吊ってあります。「生まれつき足が悪くて、雇われるのは難しいだろうから、自分で店を持つのが夢だった」という店主。「子どもたちには夢を持ってほしい、思い続けて忘れなければ、きっと叶うから」と、ノートは開店当初から置かれ、地域の子どもたちが書き込んできたんだそうです。

どこまでも人に優しく寄り添い続ける店主と、そこで育つ子どもたち、そして育った大人たちが作ってきた、だがしやわきさか。夢を叶えた子はいたでしょうか?お店に関わる多くの人に話を聞きたい、そんな気持ちにさせる温かい駄菓子屋でした。

だがしやわきさか
住所:北海道千歳市花園3-1-9
営業時間:9:00〜愛の鐘(防災無線)が鳴るまで
定休日:不定休

[All photos by Atsushi Miyanaga]

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