ナショナリズムとは? 熱狂に身を委ねる前に──『ナショナリズム』【別冊NHK100分de名著】
「ナショナリズム」について考える名著、四作品を読み解く
誰もが持つべき愛郷心なのでしょうか? それとも軍国主義へとつながる危険な思想なのでしょうか?
『別冊NHK100分de名著 ナショナリズム』は、2020年に放送された「100分deナショナリズム」を書籍化した一冊です。
本書では、アンダーソン『想像の共同体』、マキャベリ『君主論』、橋川文三『昭和維新試論』、安部公房『方舟さくら丸』の四作品をとりあげ、「国民・国家」とリアルな「わたし」との関係を考えていきます。
今回は本書へのイントロダクションとして、番組ディレクターによる「はじめに」を公開します。
熱狂にとらわれる前に
Eテレ「100分de名著」のスペシャル番組第七弾『100分deナショナリズム』は2020年1月1日に放送されました。夏には東京オリンピックが開催されるはずだったので、番組ディレクターの私はオリンピックの話題を番組の導入にしました。「文化、国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」(近代オリンピックの提唱者クーベルタン男爵の言葉)というオリンピック本来の精神を司会の稲垣吾郎さんに紹介してもらいつつ、一方でオリンピックの熱狂がナショナリズムの高揚に利用されやすい側面にも触れ、この機会にナショナリズムを冷静に考えてみませんか?という意図をもって番組の制作を始めたのですが……まさかそれから数か月で新型コロナウイルスのパンデミックにより東京オリンピックが延期される事態になろうとは、思いもよりませんでした。
このコロナ危機でも、都市が封鎖され人々の行き来ができなくなる中、国をまとめる力としてナショナリズムが発動しています。最初に集団感染が発生した武漢を持つ中国では「ウイルスはアメリカから持ち込まれたのでは」という陰謀論を政府高官がSNSで発信したり、「世界は中国に感謝すべきだ」と新聞社が主張したりしました。日本でも安倍首相が「わが国の支援は世界で最も手厚い」(二〇二〇年四月一三日)と発言したり、「コロナとの戦いに一番強いのは日本人だ」というメッセージをスポーツ選手が発表したりしました。「日本はすばらしい」という言説が出てくるのも、意識的にせよ無意識的にせよナショナリズムの現れです。国内外で外国人に向けられる目が厳しくなるなど、気がかりな現象も起きており、ナショナリズムについて考えておく重要性は益々増しているのではないでしょうか。
とはいっても、ナショナリズムは、一筋縄ではいきません。恥ずかしながら私は単純に、愛国心みたいなもの?というほどのぼんやりしたイメージで番組制作を始めたのですが、少し調べただけで、学者によって定義自体も違うなど、はるかに複雑で様々な意味を内包する概念であることを知り、頭を抱えました。四人のゲスト(大澤真幸さん、島田雅彦さん、中島岳志さん、ヤマザキマリさん)が紹介する四冊の名著(アンダーソン『想像の共同体』、マキャベリ『君主論』、橋川文三『昭和維新試論』、安部公房『方舟さくら丸』)から読み解くナショナリズム論をまとめる形でなんとか番組にしましたが、一〇〇分の中では伝え切れない部分もたくさんあった、というのが正直なところです。
それを補強してくれるのが番組を書籍化した本書です。編集者がゲストに追加取材したことで、番組内容をより詳しく知ることができるだけでなく、番組では時間の制約で触れられなかった日本の戦後の問題(特に加藤典洋『敗戦後論』について)や、日本ナショナリズムの萌芽期の水戸学、国学についてなど重要な論点も追加され、番組を観た方も、見逃した方も、より充実した内容でナショナリズムについて見渡すことができる本となっています。
番組を作る中で気づいたことが二つほどありました。一つは、アンダーソン然り、安部公房然り、国家、国民、あるいは民族を大切に思うナショナリズムについて、ある距離を置いて考察を深めた人は、人生のどこかで自国の「外側」に身を置いたことのある人だということです。「ナショナリズムは子供の病気、人類の麻疹である」と言ったのはアインシュタインですが、ユダヤ人の彼も、熱病にかかったような世界中のナショナリズムの盛り上がりを「外側」から冷静に見つめていたのでしょう。
もう一つは「私たち」という言葉について。人は何か意見を主張するとき、何気なく「私たちは」と言いますが、その「私たち」には誰が含まれて、誰が含まれないのか。そこに自分と違う意見の人は含まれるのか。自分と違う民族の人は含まれるのか。外国人は? 日本国籍を持っている外国人はどうなのか? 「私たち」という言葉を使うとき、想像している範囲に、それぞれの心の中にあるナショナリズムが関係してくるのかもしれない。「内」と「外」をどこかで分けざるを得ないのがあらゆる共同体の宿命ですが、「お前は『外側』だ、出ていけ」という言葉はいつも鋭く、他者を傷つけます。世界状況が激変していく中、この「私たち」の範囲をどこまで広げられるかが、益々大事になってくるのではないでしょうか。今後巻き起こるかもしれないナショナリズムの熱狂に身を委ねてしまう前に、本書から自分なりのナショナリズムとの付き合い方を見つめ直していただけたら幸いです。
本書『別冊NHK100分de名著 ナショナリズム』では、
第1章 アンダーソン『想像の共同体』──ナショナリズムの成り立ちと構造 大澤真幸
第2章 マキャベリ『君主論』──ナショナリズム前夜 島田雅彦
第3章 橋川文三『昭和維新試論』──個人が国家を「超える」 中島岳志
第4章 安部公房『方舟さくら丸』──選別と排除のメカニズム ヤマザキマリ
という4つの章を通して、ナショナリズムを読み解きます。
■『別冊NHK100分de名著 ナショナリズム』(大澤真幸/島田雅彦/中島岳志/ヤマザキマリ 著)より抜粋