菊池亮太&ござ、『2台ピアノコンサート』で「ブレイキン」ーークラシック×宇多田ヒカル、SMAP、吉本新喜劇など、変幻自在な即興演奏で釘付けに
菊池亮太×ござ 2台ピアノコンサート 2024.10.4(FRI) 住友生命いずみホール
10月4日(金)に大阪・住友生命いずみホールにて『菊池亮太×ござ 2台ピアノコンサート』が行われた。菊池亮太とござは、共に高い技術力と表現力を持つピアニスト。インターネットでの動画配信も評判が高く、YouTube登録者数は菊池が約71万人、ござが約28万人を誇っている(2024年10月現在)。両者はこれまで、互いのYouTube内でのコラボレーションのほか、度々コンサートを開催してきた間柄。昨年は2人で『FUJI ROCK FESTIVAL ’23』にも出演した。9月14日(土)の岡山公演を経て、たどり着いた今回の大阪公演。即興を得意とする菊池とござによる、特別な夜の模様をレポートしよう。
会場の住友生命いずみホールは、1990年4月にオープンしたシューボックス型のコンサートホール。ステージ奥に堂々と鎮座する巨大なパイプオルガン、天井に煌めくシャンデリア、木のぬくもりを感じる美しい壁や椅子。それら全ては緻密に計算され、クラシックに最適化された音響効果で「楽器の集合体」に包み込まれるような空間を演出している。荘厳なステージには、2台のスタインウェイ&サンズのグランドピアノが置かれていた。向きは同じで、位置が前後に少しズラしてある。上手側のピアノがステージの手前に出ている格好だ。
フロアには、菊池&ござにファンから贈られたフラワースタンドがずらりと並んでいた。これだけでもいかに2人が愛されているかがよくわかる。開演時間が近付き、客席は緊張感が高まっていく。少しずつ客電が暗くなり、静まった会場に菊池亮太とござが現れると、大きな拍手が2人を迎える。菊池はカラフルなバゲットハットを被り、上着の下には「無敵」と書かれたTシャツを着用。ござもジャケットを着用しているが、チノパンにレザーのスニーカーというカジュアルな装いで、ほのぼのとした気取らない雰囲気が、緊張をほぐしていった。
まずはオープニングセッション。おもむろにピアノの椅子に腰をかけると、菊池が優しい音色でサティ「ジムノペディ 第1番」を奏で始める。やがてそこにジョインするござ。撫でるような音色が美しく会場を満たしていくと、菊池がどんどん! と足を鳴らし、ビゼーの「アルルの女」から「ファランドール」へ。一気に力強くなった2人の演奏が解き放たれる。この日は菊池が上手側、ござが下手側のピアノに座っていたが、前述したように2台のピアノは同じ方向を向いているため、後方のござから見えるのは菊池の背中。菊池はほぼござの方を見ず、軽やかな高速連打を惜しげもなく披露してゆく。一方、ござは時折菊池に目をやりながら、菊池の演奏に合わせるように演奏を繰り出し、片手になったり身振りを加えたりと、お互い自由にピアノを奏でていった。それは形式張ったものではなく、流れるような迫力のプレイ。ふと、途中で「ジムノペディ」やベートーヴェン「交響曲第9番」のフレーズが混ざっていることに気が付く。のっけから存分にアレンジを組み込み、クライマックスは徐々にダイナミックな音色に変化。セッションが終わると、割れんばかりの拍手が会場を包み込んだ。
演奏を終えて「どうもどうも」と前に出た2人。「呼吸が荒くて、汗が大変なんですけど」と息を切らすござに対し、ふわふわとした雰囲気で「そうね、アセアセ。大阪といえば吉本新喜劇でございますね」とマイペースにトークを展開する菊池。大阪つながりで、20年前ぶりにユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行ったと言う菊池に、ござが「どうでしたか」と感想を聞くと「遊園地」と回答。持ち前の個性を発揮する菊池に、ござは「多分、話まとまらないんで」とMCを区切り会場の爆笑を誘っていた。
一旦菊池はステージを去り、ここからはソロタイム。ござは「個人的に秋といえば、おしゃれなワルツ。皆さんが知ってる有名な曲をかいつまみながら、三拍子にしてお送りしたいと思います」と述べ、ピンスポが当たる中でピアノに指を滑らせた。自身のYouTubeチャンネルでも、クラシックからJ-POP、童謡など様々なジャンルの楽曲をジャズアレンジやメドレーなどで披露しているござ。一体何がくるのか……という客席の期待を背に受けてコズマの「枯葉」を弾き始める。そこから宇多田ヒカルの「Automatic」、SMAPの「夜空ノムコウ」、寺尾聰の「ルビーの指輪」、YOASOBIの「アイドル」、Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」、槇原敬之の「どんなときも。」、映画『魔女の宅急便』から「海の見える街」と、全世代に人気の楽曲を見事ジャズワルツにアレンジしてみせた。ラストはダイナミックに加速しつつも、再び「枯葉」で気持ち良く締め括った。最初は身体を揺らしながら聴いていた客席も、そのスキルの高さと変幻自在な演奏に釘付けになっていた。
続いては菊池のソロ。「ござさんがあんなに息を切らしてやってるからには、僕も何か息を切れるようなことをしなければならない」と述べ、ガーシュウィンの「プレリュード第2番」と「ピアノ協奏曲 へ調 第3楽章」を弾くと宣言。後者はオーケストラパートも含めて1人で弾くとして「ピアノパートとオーケストラパートで大忙しなんですけど、これで勘弁してください」と前置きし、ござのソロを受けてショパン「子犬のワルツ」と「枯葉」を織り交ぜながら、ブルージーに「プレリュード2番」を披露。まるで映画の一場面のように表情豊かで、ストーリー性と緩急のあるアレンジは最高に大人っぽくカッコ良い。そこからシームレスに「ピアノ協奏曲 へ調 第3楽章」へ。オーケストラパートをも1人で担う、その迫力は言わずもがな。華麗な手元と真剣な眼差し、ヒリヒリとした空気。11月1日(金)に東京オペラシティで『コンチェルトシリーズ 菊池亮太 ガーシュウィンの世界』を控える菊池の情熱と本気を見た気がした。
前半戦の最後は、再びステージに戻ったござと共にラヴェルの「ボレロ」を披露。ここでも2人の即興性・偶発性が炸裂。菊池がピアノの外装を叩いて小さく聴こえてくるリズムから、ござが旋律を奏で、じわじわとボレロの世界に引き込まれていった。岡山公演の前にSPICEで公開されたインタビューで、即興演奏のことを「ブレイキン・ピアノ」と表現していた2人。楽曲が進むにつれ、オルタナティブな印象に変化。不協和音や他の楽曲のフレーズ、高度なテクニックを詰め込みながら、2人だけの「ボレロ」を展開していく。菊池の奔放さとござの包容力のバランスがたまらない。ラスト、菊池は勢い余って立ち上がり、フィニッシュ。いつまでも鳴り止まぬ拍手が、客席の興奮をそのまま表していた。
15分の休憩時間を挟み、後半戦へ。上着を脱いで無敵Tシャツになった菊池とござは、ピアノにスタンバイし、ばんばん! と足を鳴らしてピアノを鳴らす……と聴こえてきたのは、吉本新喜劇のテーマで知られる「Somebody Stole My Gal」。そう、関西ではあまりにも有名な「ほんわかぱっぱ〜」のメロディーだ。しかしこの場で奏でられる「ほんわかぱっぱ〜」は、当然ながら最高にカッコ良いアレンジ。大阪ならではのスペシャル感を込めながら軽快にスタートしたチェット・ベイカーの「ゼア・ウィル・ネバー・ビー・アナザー・ユー」は、ござが低音域を、菊池が高音域を担う。菊池は指一本で弾いたり手を交差させたり、足を組んだりと全身を使いつつ、度々「ほんわかぱっぱ〜」をクロスオーバーさせてピアノを奏でる。ござもとにかく楽しそうに、すさまじい指さばきを見せる。意識が飛びそうになるほどの高音に、重なる轟音。本来4分の予定だったが、倍の8分にも及んだ理由は、弾き終わって「楽しかった」と口を揃えた2人の顔を見れば一目瞭然だった。
「脳みそフル回転してる(菊池)」「なんでもできますね(ござ)」と充実感を滲ませる2人。リハーサルとは全く違うものになったそうだが、偶発的を大事にする2人だからこそ、現場に来た人にしか見ることのできない、予測不能な演奏で人々の心を鷲掴んでいくのだろう。
続き、お待ちかねのリクエスト即興コーナー。菊池とござが順番に目を閉じてランダムに指を差し、その方向にいる挙手をしたオーディエンスからリクエストを募る。客席から飛んだのは、スティーヴィー・ワンダーの「愛するデューク」、モンティの「チャルダッシュ」、チック・コリアの「スペイン」、そして「ルパン3世」。YouTubeで2人が連弾をした楽曲も多く、「生で観れるなんて!」という歓喜の声も混ざった客席の反応はとてもピュアで、会場はワクワクした空気で満たされていった。そんな期待に応えるかのように、前編よりも自由度を増してダイナミックな演奏を見せる菊池とござ。打ち合わせなし、リハも一切なしの完全即興演奏。菊池が足を鳴らすことが曲の切り替えの合図になっており、メドレーでどんどん曲が紡がれていく面白さにドキドキした。ピアノの位置的に楽曲の主導権を握る菊池の演奏にしっかり対応し、時折足を組みながら、超絶テクを繰り出すござも、すごいとしか言いようがない。演奏を終えた2人は「「チャルダッシュ」は汎用性が高いですね(菊池)」「曲の可能性を感じましたね(ござ)」と、満足そうに笑顔を見せていた。
本編最後の曲は、岡山公演で初披露されたガーシュウィンの「アイ・ガット・リズム変奏曲」。菊池自身もスリリングな難曲と語る楽曲だ。2人は岡山公演とは逆の座り位置で、高いテクニックと実力を惜しげもなく叩き込んでいく。星が跳ねるような、水面が揺れるような繊細な美しさもありつつ、緩急をつけて熱を増す力強さも感じられる。菊池は何度も立ち上がりながら鍵盤を叩く。ヒリつく雰囲気の中でチラリと客席を見て、吉本新喜劇のテーマをほんの少し入れ込む菊池のお茶目さも素敵だった。
割れんばかりの大喝采はそのままカーテンコールへ。ステージに呼び戻された2人は、映画『ティファニーで朝食を』劇中歌「ムーン・リバー」を奏でる。なんとメロウで美しい音色。かと思えば、怒涛の掛け合いとアレンジで没入させる。最後には素晴らしく壮大になり、余韻たっぷりの演奏を終えた。続々と立ち上がるオーディエンスに嬉しそうな笑顔を見せる菊池と、恐縮するござ。
鳴り止まぬ拍手はダブルアンコールへ。ござは舞台裏から授かったメモを読み上げる。「今から弾く曲は撮影していただけます」というアナウンスに歓喜するオーディエンス。そして再び「アイ・ガット・リズム変奏曲」を短尺で披露した。「ブラボー!」という歓声や大きな拍手に包まれてステージを後にした菊池とござ。最後までWピースやいいねポーズでちょけまくるサービス精神旺盛な菊池と、冷静なござの温度差も面白かった。
こうして『菊池亮太×ござ 2台ピアノコンサート』は大団円で終了した。気心の知れた2人の空気も、現場でしか味わうことのできない大迫力の「ブレイキン・ピアノ」も本当に素晴らしく、心に残った。彼らはきっとこれからも、ジャンルを飛び越えて多くの人々を虜にしていくだろう。
なお、菊池とござは10月14日(月・祝)に京都・平安神宮で開催される『月音夜~京都名月コンサート2024』に、ピアニストの石井琢磨、Budoと共にNEO PIANOとして出演する。吉本新喜劇の座員でもある、バレリーナ芸人の松浦景子がゲスト出演することも発表された。重厚な重要文化財で響き渡るであろう、彼らの極上の演奏を楽しみにしていよう。
取材・文=久保田瑛理 撮影=ハヤシマコ