62組のアーティストが響き合う、秋の愛知 ― 国際芸術祭「あいち2025」(読者レポート)
国際芸術祭「あいち2025」が始まりました。今回のテーマの「灰と薔薇のあいまに」は、アラブの詩人・アドニスの詩の一節から引用されています。このテーマに呼応した22の国や地域から参加する62組のアーティストが、名古屋と瀬戸で多様な作品を展示します。
会期は11月30日まで、来場日を分散し、会場ごとにゆっくり訪れることをお薦めします。
テープカットの様子
開幕に合わせ、主催者から新たなステートメントが発表されました。本芸術祭の目指す方向性を、とても明確に表現しているので以下に引用します。各会場の作品は、その後で紹介します。
“国際芸術祭「あいち2025」は、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(2007年)をふまえ、すべての先住民族および先住民のアイデンティティをもつ人々の歴史、文化、権利、そして尊厳を尊重します。
また、民族や国籍、人種、皮膚の色、血統や家柄、ジェンダー、セクシャリティ、障がい、疾病、年齢、宗教など、属性を理由として差別する排他的言動や、その根幹にある優生思想(生きるに値しない命があるというあらゆる考え方)を許容せず、この芸術祭が、分断を超えた未来につながる新たな視点や可能性を見出す機会となることを目指します。(国際芸術祭「あいち2025」のHPより)
愛知芸術文化センター
この会場では、31組の現代美術の作家が展示をします。また、毎週末、多彩なパフォーミングアーツが開催されます。パフォーミングアーツの上演は現代美術展の終了後なので、どちらも鑑賞することをお薦めします。
愛知芸術文化センターの2Fデッキより
ムルヤナの作品は、とてもカラフルで、熱帯地方の海岸で見られるサンゴ礁のようです。天井から吊り下げられた黄色のオブジェを見て、「エビフリャー」に見えると、話しているグループもありました。 実は、写真には写っていませんが、手前側には同じような形状で白色のオブジェが展示されています。カラフルで生命感のある部分と、白色で沈黙が広がる部分の対比は、温暖化による海洋環境の悪化への危機感を表現しているようです。
作品に向かい、右側の奥のオブジェは、潜水具を着た人間のようです。カラフルなオブジェに包まれ、海の生物に同化したのでしょうか。
ムルヤナ ≪海流と開花のあいだ≫(部分)2019-
バゼル・アッバス&ルアン・アブ=ラーメの作品は、真っ暗な空間と大音量の音楽、映像で構成されます。重なり合う大小さまざまなスクリーンに投影される映像は、不穏な気配が漂うストリートの風景や、厳重な防護服を着た警察関係者が誰かを取り囲む様子など、見ていて心地よいものではありません。 今回、彼らはパフォーミングアーツにも参加しています。
美術館の展示と新栄のクラブで開催されるパフォーマンスの両方を見ることで、さらに強く彼らのメッセージを体験できることでしょう。
バゼル・アッバス&ルアン・アブ=ラーメ ≪忘却が唇を奪わぬよう:私たちを震わせる響きだけが≫2020-22
札本彩子の作品は、芸文センターB2Fの南東側の一番奥の展示室で見ることができます。展示室に入ると、肉の塊のフェイクが大量にぶら下げられています。フェイクなので、血の匂いはありませんが、床に転がる牛の頭部と、天井付近から吊るされた枝肉の対比が、普段の食事の材料について、ある現実を突きつけます。
食品スーパーの店頭に並ぶ、きれいにパック詰めされた種類豊富な食材を見て、「おいしそう」とは思いますが、「かわいそう」とは思いません。しかし、彼女の作品を見て、食にまつわる罪悪感が刺激されるのは、なぜでしょうか。
札本彩子 ≪いのちの食べ方≫(部分)2025
その他に、B2FのフォーラムⅡには、久保寛子の大きなブルーシートの作品があります。表現されているのは、獅子の顔に4本の腕を持つ、東洋の神様のようです。見るからに強そうですが、その表情はユーモラスです。
川辺ナホの作品には、ある秘密があります。作品の白い部分に注目すると見つけやすいです。ただし、作品には、とても繊細な材料が使われているので、近寄りすぎないように注意しましょう。
久保寛子 ≪青い四つの手を持つ獅子≫2025
川辺ナホ ≪I NSULA(島)≫(部分)2025
愛知県陶磁美術館
シモーヌ・リーの作品は、美術館の地下フロアに展示されています。近づくと、2メートルを超える、その大きさに驚きます。上半身を見ると、肌の黒い女性のようですが、無表情です。それから、ひじのあたりから先がありません。腰のあたりから下は、白い大きな貝殻をいくつも繋げた大きなスカートをはいています。作品の顔と向き合う方向から眺めると、貝殻の隙間から、ところどころ光が漏れ、その輝きがスカートを一層、高価な品物に見せるようです。
作家は、多くの女性たちが、社会的にどのように扱われてきたのか、その歴史を思い起こさせようとしているのでしょうか。
シモーヌ・リー ≪Untitled≫2023-24
西條茜の作品は、今までに見たこともないような、不思議な形をしています。その形状の奇抜さだけでなく、パフォーマンスで作品を音の出るオブジェとして使う点も、おもしろい試みです。今回は、瀬戸で展示するにあたり、陶とガラスを組み合わせた作品も制作しました。
作品タイトルにある「柘榴」は、ギリシャ神話では、生と死、再生を象徴します。また、芸術祭のテーマの「灰と薔薇のあいまに」も、「破壊」の後に続く「再生」を示唆しています。さて、作家は再生の道のどのあたりを見つめ、これらの作品を制作したのでしょうか。
西條茜 ≪シーシュポスの柘榴≫(部分)2025
西條茜 ≪シーシュポスの柘榴≫(部分)2025
パフォーミングアーツ
今回、芸術祭のオープニングを飾り、新栄のクラブでスペシャルなイベントが行われました。そこでは、パレスチナの現在を体感するパフォーマンスが繰り広げられ、とにかく熱気がすごかったです。周りを見ると、常連のような人々、クラブで踊りなれた人々、おしゃれをして展覧会に出かけ、そのまま立ち寄った人々が思い思いに楽しんでいました。その場の混沌とした空間が非日常的で、いかにも芸術祭が始まったことを実感しました。
バゼル・アッバス & ルアン・アブ゠ラーメ、バラリ、ハイカル、ジュルムッド『Enemy of the Sun』(撮影:水野あゆみ)
また、ブラック・グレースによる『Paradise Rumour』も秀逸な舞台でした。開演直後、舞台から客席に向け、大量のスモークが流れ込み、しばらくは舞台が客席の中央まで飛び出してきたかのようなダイナミックさがありました。
ラーニング・プログラム
本プログラムでは、「対話型鑑賞ツアー」や「インタビューの練習」などが行われています。 対話型鑑賞とは、進行役(ファシリテーター)と鑑賞者がお互いの対話(コミュニケーション)をもとに鑑賞を深める集団鑑賞の方法です。従来の解説者による一方的な作品の説明とは異なり、参加者は自分の感性で自由に作品を見て、考え、話し、聞き、鑑賞を深めます。
対話型鑑賞ツアーの様子(協力:鑑賞ゲリラ)
対話型鑑賞ツアーの様子(協力:鑑賞ゲリラ)
鑑賞ゲリラとは
芸術祭のプログラムとは別になりますが、美術作品をみんなで鑑賞することで、異なる感性と出会い、新しい楽しみに出会う機会も提供しています。
鑑賞ゲリラのHPや活動の記録も確認することができます。
インタビューの練習とは、新しく始まったボランティア活動のひとつです。ボランティアの主体性をさらに後押しするため、今回はコミュニケーションの質を高めることに取り組んだそうです。その成果は、会場で上映されている映像に見て取ることができます。
また、会場にはベンチや机、電源なども用意され、芸術祭を見た後に友達と感想を話し合ったり、休んだりすることができます。
展示風景
このように、とても見どころの多い芸術祭ですが、「あいち2025」はどの会場が人気になるでしょうか。あとは、パフォーミングアーツをいくつ見に行けるか。とても楽しみです。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2025年9月12日 ]