特効薬だったペニシリン「ほぼ100%効かない」性感染症拡大と薬剤耐性化の今
6万8034人。これは厚生労働省が発表している直近(2022年)の性感染症患者の報告数です。(一部、定点報告)
淋病、クラミジア、そしてマイコプラズマ・ジェニタリウム。今、これらの性感染症が若者を中心に広がっています。
しかも、コロナ禍でも増えていた現状があります。
感染拡大も深刻ですが、もうひとつ深刻なのが新薬の開発が追い付いていない状況です。
近年は、抗生物質を使い続けることなどによって、細菌の薬に対する抵抗力が高くなっていく“薬剤耐性化”が加速。
いわば、新薬の開発と薬剤耐性化の“いたちごっこ”が続いています。
「特効薬」はもう100%効かない
こうした現状に日々、向き合っているのが札幌医科大学の安田満医師です。
安田医師がいま、危惧している性感染症のひとつが「淋菌感染症」いわゆる淋病。
「淋菌感染症」は生殖器の中で炎症を起こし、男性は排尿時の痛みや尿道から膿が出るなどの症状があります。
女性の場合は、子宮頸管炎で“おりもの”に異常などがみられます。
ただ実際には性器以外にも結膜炎(目)や咽頭炎(のど)、直腸炎(肛門)など、性行動によって症状も様々だと安田医師は説明します。
淋菌感染症の一般的な治療は抗菌薬の使用です。
しかし最近は抗菌薬への耐性を持った淋菌が増えているというのです。
淋菌の特効薬といえば「ペニシリン」。
でも現在は「ほぼ100%効かない」と安田医師は話します。
「効く薬」は実質ひとつ
「今、抗菌薬として推奨されている薬剤は2つしかない状況で、飲み薬ではなく点滴などで投与する注射薬になっています」
しかも2つの薬剤のうち、喉などの症状に有効性がある薬は1種類のみというのです。
「性器に淋菌を持っている患者の約3割が、無症状でも咽頭炎を持っていることがわかっています。そういう意味で言うと、治療で効果を得られる選択は1つの薬剤だけということになるわけです」
「最も脅威のある細菌」
加速する「淋菌」の薬剤耐性化。
治療薬が限られる現状に、アメリカの疾病対策センター(=CDC)は、耐性を持つ淋菌を「最も脅威のある細菌」と位置付けています。
WHOも「淋菌感染症」における新薬開発の優先度を、上から2つ目のカテゴリーに位置付け、いま世界が新薬の開発に拍車をかけています。
ただ、やはりのどの症状には効きにくかったり、薬によっては淋菌がすぐにすぐに耐性化してしまったり…今のところ、すぐに市販されそうな新薬はありません。
知らないうちに感染拡大する性感染症
代表的な性感染症「クラミジア」も無視できない存在だと安田医師は指摘します。
安田医師が挙げたのがある有名な研究。
1つの県で無症状の学生1万人を対象にクラミジアの検査をしたところ、女性の約10%が陽性だったという結果になったといいます。
「これがすべての国民に当てはまるかどうかわかりませんが、無症状なので医療機関で受診しないし、治療もしない。クラミジアは一般に思われているよりも、感染してる人が多いのです」
性をタブー視するあまり、情報が少ない
「淋菌感染症」とは違い、無症状で知らないうちに感染を広めてしまう「クラミジア」。
日本で性感染症が蔓延する要因のひとつとして、安田医師は日本の性に対する意識をあげています。
「日本ではやっぱり“性”についてタブー視していることが多いと思うんです。そうすると、教育も難しいです。性感染症の予防について家族間で話ができるかというと、私も含めてなかなかできない。そういう意味では情報が浸透していないのかなと」
効果的な薬がない…新たな猛威
「淋菌感染症」や「クラミジア」に並び、新たに猛威を振るい始めているのが、「マイコプラズマ・ジェニタリウム」です。
「マイコプラズマ肺炎」によく似た細菌で、尿道や子宮頸管に炎症を引き起こすことが知られています。
「これがいま淋菌以上に薬剤耐性化が進み、効果的な薬がない状況に陥っています」と安田医師。
「マイコプラズマ・ジェニタリウム」は基本的に3つの薬しか使えません。
といっても、このうちのひとつはもともと効果が弱く、実際には2つしかない状況です。
しかし、最近になって、これら2つの薬にも耐性を示す菌が出始めていて、『切り札』の薬がなくなっています。
100%有効という薬がないんです。
性行為をする際の予防「ノー」「ステディー」「セーファー」
薬への耐性が進む性感染症。
感染拡大を食い止めるためには、基本的な予防をきちんと行うしか方法はないと安田医師は話します。
ひとつは、性行為をそもそもしない「ノーセックス」。
しかしこれは「現実的ではない」として、ほかにこんな提言をしています。
それが、「ステディーセックス」と「セーファーセックス」。
パートナーを固定する『ステディーセックス』とコンドームを使用する『セーファーセックス』で感染の機会をなくしていく。
「これらは昔からずっと変わりないです。どれだけ薬が発達しようが、感染しなければ薬も使わなくてもいいので、予防が大事になります。やはりこれはすべき」
検診も大事!「郵送」の活用も
安田医師は採取した血液や尿などの検体を郵送して検査する「郵送検診」も有効だと話します。
「特に未成年の方だと保険証のことがあったりするので、病院に行きづらいと思います。そうすると『郵送検診』は受けやすい。ただ注意が必要なのは、検査が特殊な方法になりますので、どういう精度になるのかを検討しないといけません。ですが、この精度を高めていければ、非常に有効な手段だと思います」
日々、脅威を増していく性感染症の薬剤耐性化。
新薬の開発が一刻も早く急がれている中で、感染拡大を抑えるためには感染予防の徹底と早めの受診が求められています。
取材協力:札幌医科大学 安田満医師
文:HBCデジタル編集部・長沢祐
編集:Sitakke編集部あい