『兄弟全員が夫』ネパール高地の一妻多夫制で、女性たちは夜をどう過ごしていたのか
ネパール高地に残る一妻多夫制
ヒマラヤ山脈の南麓に位置するネパール北西部には、兄弟が1人の女性を共同で妻とする「一妻多夫制」という婚姻制度が古くから存在してきた。
この制度は、現在でもフムラ郡やドルパ郡、ムスタン郡など、チベット文化の影響を色濃く受けた山岳地帯の一部で確認されている。
かつては広く行われていたが、教育の普及や都市化の進展に伴って減少し、現在ではごく限られた地域に残るのみとなっている。
一妻多夫制と聞くと「女性の数が少なかったため、仕方なく兄弟で1人の妻を迎えたのではないか」と考える人もいるかもしれない。
1974年、アメリカの人類学者メルヴィン・C・ゴールドスタインは、ネパール北西部フムラ郡にあるリミ谷で、一妻多夫制と出生率の関係を調査した。
リミ谷はチベット語を話す人々が暮らす高地で、当時の調査では結婚適齢期の男性が68人に対し、女性は76人いた。
そのため、少なくともリミ谷の一妻多夫制は「女性不足」が原因ではないことが分かった。
では、なぜ兄弟全員が1人の女性を妻として迎える必要があったのだろうか。
その最大の理由は、家族の財産を守るためである。
ネパールの高地では耕作できる土地が極めて少なく、多くの家庭はわずかな農地と家畜によって生活を支えていた。
もし兄弟がそれぞれ結婚して独立すれば、土地や財産は世代を重ねるごとに細かく分割され、やがて一家が生活できなくなる恐れがある。
そこで兄弟は分家せず、1人の妻を迎えて同じ家で暮らし続けることで土地は分割されず、労働力も維持され、家族全体の生活基盤を守ることができた。
では、女性は余らなかったのか?
しかしこの制度では「結婚できない女性が増えてしまうのではないか」という疑問も出てくる。
実際、ゴールドスタインが調査したリミ谷では、結婚適齢期を過ぎても結婚していない女性が一定数存在していた。
ただし彼女たちは村の中で排除されたわけではなく、未婚のまま実家で暮らす者、他家で働く者などがおり、独身女性にも一定の社会的な居場所があった。
さらに一妻多夫制だけでなく一夫一妻の家庭もあり、婚姻の形は一つではなかった。
つまり、すべての男女を同じ形の結婚に当てはめる制度ではなく、未婚の女性や一夫一妻の家庭も含めて、村社会はそれぞれの形で成り立っていたのである。
「兄弟全員の妻」として暮らす女性の生活
一妻多夫制では、女性は一家の長男と結婚すると、その弟たちとも夫婦として生活を送ることになる。
たとえば兄弟が3人なら妻は3人全員の妻となり、4人兄弟であれば4人全員の妻となる。
こうした形態は「兄弟型一妻多夫制」と呼ばれ、原則として兄弟全員が同等の権利と義務を持つ存在とされていた。
多くの家庭では長兄が家長となり、財産管理や村の人々との交渉など、家を代表する立場を担った。
弟たちは農耕や牧畜、交易などを分担し、それぞれが家計を支える働き手となる。
その中心にいるのが妻で、夫たち全員の食事や家事を担い、子どもを育てながら家庭を切り盛りする役割を果たした。
子どもは、日常生活の中では母の夫たち全員を父親として受け入れ、家族全体で次の世代を育てる意識が強かったという。
しかし兄弟全員が夫であるということは、誰か一人だけを特別扱いすれば、兄弟間の関係そのものが揺らぎかねない。
こうして妻には、日中の家事や育児だけでなく、夫たちとの関係を保つという難しい役割も求められた。
夜はどう過ごしていたのか?妻に求められた「公平さ」
兄弟全員が夫である以上、もっとも難しい問題となるのが、妻との夜の関係だろう。
1970年代から1980年代にかけて、ネパール北西部フムラ郡に住むチベット系民族ニンバを調査したアメリカの文化人類学者ナンシー・E・レヴィンによれば、妻は夫たち全員に対して、夜の夫婦生活においても公平に接することが理想とされていたという。
その方法は家庭によってさまざまだったが、順番を決めたり、兄弟同士の話し合いによって妻と過ごす日を調整したりするなど、家庭内の均衡を保つためのルールが設けられていたとされる。
とはいえ、妻が特定の夫に強い愛情を抱いてしまうことも珍しくなかったようである。
特に兄弟の年齢差が大きい家庭では、若い弟と年齢の近い妻が親しくなる一方で、年長の兄との距離が生まれるなど、人間関係は決して単純ではなかった。
制度としては平等でも、感情まで平等に保つことは実際には難しかったようだ。
姿を消しつつある一妻多夫制
何世紀にもわたってネパールの山岳地帯で受け継がれてきた一妻多夫制だが、現在ではその数は大きく減少している。
その背景には、道路の整備や教育の普及、出稼ぎの増加など、山村を取り巻く環境の変化がある。
かつては兄弟全員が家業を継ぐことが一般的だったが、近年は都市部や海外へ働きに出る若者も増え、兄弟が一つの家で暮らし続ける必要性そのものが薄れてきたのだ。
また法制度も大きく変化し、現代のネパールの民法は一夫一妻制を前提としており、伝統的な一妻多夫制は婚姻制度として認められていない。
そのため、慣習として残る地域はあるものの、制度そのものは静かに姿を消しつつある。
参考 : Melvyn C. Goldstein「Fraternal Polyandry and Fertility in a High Himalayan Valley in Northwest Nepal」1976年、Nancy E. Levine「Nyinba Polyandry and the Allocation of Paternity」1980年 他
文 / 草の実堂編集部