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『鬼滅の刃』第1話は大正何年?炭治郎はいつ生まれ?時代設定を徹底検証!【あの作品と同時代クロスオーバー?】

ciatr[シアター]

アニメ『鬼滅の刃』

劇場版「無限列車編」がついに興行収入300億円を突破!人気爆発中の『鬼滅の刃』ですが、舞台である「大正」はどんな時代だったのでしょうか?主人公の竈門炭治郎はいつ生まれ、彼らの戦いはいつ行われたのか、本作の時代設定を検証してみました。

『鬼滅の刃』の舞台は大正時代!なんとパンデミックの時代?【ネタバレ注意】

劇場版「無限列車編」が興行収入300億円を突破し、2020年を席巻している『鬼滅の刃』。本作は主人公・竈門炭治郎の台詞などから、時代設定が大正だと判明しています。

大正時代半ばの1918~1920年には、通称「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザのパンデミックが発生し、世界中を恐怖に陥れました。それから約100年後、新型コロナウィルスが流行する現代で『鬼滅の刃』がブームになっているのは、どこかめぐり合わせを感じますね。

この記事では『鬼滅の刃』の時代設定について、物語開始時の年代や炭治郎たちの生年月日、さらに他の作品との同時代クロスオーバーなどを考察していきます。

※ネタバレを含みますので、原作・映画を未鑑賞の人は注意してください。

大正時代はどんな時代だった?今から約100年前

文明開花の明治を経て新たな時代を迎えた大正時代は、1912年7月30日〜1926年12月24日の15年間です。第1次世界大戦や戦後恐慌、関東大震災を経験しながらも、大正デモグラシーによって普通選挙が始まるなど活気のある時代でした。

市民生活はどうだったかというと、東京市内では電灯がほぼ完全に普及したり、映画の上映が開始したりと、市民の生活や娯楽がとても豊かになります。交通の便も良くなり、アニメ『鬼滅の刃』でも浅草を走っていた市電、自動車やタクシー(乗合自動車)事業などが次々と登場!

西洋に影響を受けた新たな思想や価値観、「大正ロマン」と呼ばれた大衆文化も花開き、生活や文化が急激に変化していきました。

『鬼滅の刃』第1話は大正何年?

『鬼滅の刃』の時代設定が大正時代と聞いて、鬼滅ファンの多くは鬼殺隊に入る前の「最終選別」での、炭治郎と手鬼の会話を思い出すのではないでしょうか?

手鬼はかつて鱗滝左近次に捕らえられ、藤襲山に封じられた時のことを「忘れもしない 四十七年前アイツがまだ鬼狩りをしていた頃だ」「江戸時代……慶応の頃だった」と言っています。

慶応は1865~1868年の3年間に使用された元号なので、最終選別はその47年後、1912年(大正元年)~1915年(大正3年)のどこかで行われたと推定できます。

さらに第1話の物語開始時点で大正時代(1912年〜1926年)であることと、その後炭治郎が鱗滝のもとで約2年間修行していることも考慮します。

物語の最初が1912年の場合、炭治郎の修行の2年間を足して「最終選別」は1914年、そこから47年前は1867年(慶応3年)となり、つじつまが合います。最初が1913年の場合は、修行の2年間を足して1915年、その47年前は1868年(慶応最後の年)です。したがってこれ以降である可能性はありません。

そうすると「最終選別」は1914年(大正3年)か1915年(大正4年)の出来事で、手鬼は1867年(慶応3年)か1868年(慶応4年)に捕まったと推測できます。第1話の背景は雪が降っており、「正月になったら~」という炭治郎の台詞もあるため、年末のシーンだと確定できるでしょう。

これらをまとめると、第1話「残酷」は1912年の年末あたりだったと考察できるのです。

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編は日付と時間まで特定できる!

本編開始が1912年末だとして、劇場版「鬼滅の刃」無限列車編はいつ頃なのでしょうか?その時代設定について、月の満ち欠けの度合いを示す「月齢」の考察が話題になりました。

劇中で描かれた月の形は、「月齢23」前後とされ、地平線よりも少し上の位置に出ています。「月齢23」は、満月から徐々に欠けていき、さらに半月より少し欠けた頃の月の形です。

ストーリー進行を見ると、炭治郎たちが無限列車に乗車したのは1916年(大正5年)。町の人々の服装から、初冬(当時の感覚で11月か12月頃)だという説が浮上しています。国立天文台サイトなどの情報をもとに調べると、1916年の「月齢23」前後の日は、11月18日深夜〜19日か、12月19日のどちらかに候補が絞られるそうです。

月の高さと月の出の時刻、そして翌日の日の出時刻を考慮すると、無限列車での死闘は1916年(大正5年)11月18日の深夜から翌日の朝6過ぎまでに行われたと考察できます。煉獄杏寿郎のシーンは、19日未明だったということになりますね。

鬼殺隊はなぜ政府非公認なのか?時代背景から解説

「鬼滅の刃」の物語の中で、鬼殺隊は政府から正式に認められていない組織であることがたびたび指摘されています。日々命をかけて鬼と戦っている彼らをなぜ公認していないのでしょうか?その理由を時代背景から考察してみましょう。

1つ目の理由として考えられるのは、1976年(明治9年)に公布された「廃刀令(はいとうれい)」です。「廃刀令」とは、軍人や警察官が制服を着用する場合を除いて、一般人の帯刀を禁止するもの。大正に入ると刀の需要が激減し、造られるのは守り刀になる短刀や、神事に使用される刀のみだったようです。

私的な組織である鬼殺隊も例外ではないため、炭治郎たちが無限列車に乗車する時には、駅員に日輪刀が見つかり騒ぎになるシーンも!その時善逸も「堂々と刀持って歩けないんだよ ホントは」と言っていますね。

さらに善逸のセリフは「鬼がどうのこうの言っても却々(なかなか)信じてもらえんし 混乱するだろ」と続きます。この言葉から鬼殺隊が非公認である2つ目の理由が、「科学が発展した時代に、鬼の存在は認め難いから」だということがわかります。

第1話で三郎爺さんが、「日が暮れると人食い鬼が出る」と炭治郎を引き止めたように、田舎では鬼の存在が信じられていました。しかし都会ではどうでしょうか?時は大正時代。電灯が街を照らし、浅草には路面電車が走る時代に「鬼」という非現実的なものを信じる人は少なかったかもしれません。

さらに近代化を推し進めている政府からすれば、“鬼を殺す”組織など「夢物語」に見えるかもしれませんね。したがって鬼殺隊は公にされることなく、刀を隠し持って戦うのです。

非公認であることは、人知れず命を賭けて戦う鬼殺隊の孤独と、その残酷さを強調する要素になっていますね。

炭治郎や禰豆子の生年月日は?

公式ファンブック第1弾『鬼殺隊見聞録』の記述から、竈門炭治郎は7月14日生まれの15歳、妹の禰豆子は12月28日生まれの14歳だと確定しました。

『鬼殺隊見聞録』は単行本16巻と同時発売されましたが、年齢は本編開始(1912年)から約2~3年後、鬼殺隊入隊時の情報です。「最終選別」が1914年か1915年に行われ、その後に明確な時間経過の描写があったのは、炭治郎が「無限列車編」後に4か月ほど治療と修行をしたということです。

その後すぐに「遊郭編」が開始し、炭治郎は上弦の陸・妓夫太郎との戦いで重体となり、2ヶ月間目覚めませんでした。年単位の時間経過は最初だけなので、彼が鬼殺隊に入隊した年を「無限列車編」(1916年)より前の1915年とすると、炭治郎の生年は1915年-15歳=1900年と考えられます。

禰豆子も同じように計算して、1915-14=1901年。竈門兄妹の生年月日は、炭治郎が1900年7月14日、禰豆子が1901年12月28日となります。入隊の年を1914年とした場合や、入隊時に誕生日を迎えていたかどうかで変動はありますが、どちらも明治生まれだったようですね!

他の作品とクロスオーバーできる?

大正時代を舞台に人を食らう鬼とそれを狩る鬼殺隊の死闘を描いた『鬼滅の刃』。本作とクロスオーバーできる作品はないのか、同時代を舞台とする作品をciatr編集部が探してみました!

『ゴールデンカムイ』は「鬼滅」よりちょっと前の時代

『ゴールデンカムイ』では、杉本佐一が「ローラースケートを使った芸をしよう」と提案し、反対されてしまうシーンがあります。史実では大正2年、ちょうど炭治郎が修行中だったであろう時期に、日本でローラースケートブームが起こりました。

「金カム」は明治末期の北海道・樺太が舞台の作品で、鬼滅よりも少しだけ前の時代を描いているので、炭治郎と杉元たちが一緒に滑ることもあったかもしれません。

『はいからさんが通る』の主人公は禰豆子と同級生?!

賑やかなモダンガール、 鮮やかに彩られた町並みには路面電車や乗合自動車が行き交い、大正ロマンに溢れる『はいからさんが通る』。主人公の花村紅緒は大正7年(1918年)で17歳、大正12年(1923年)9月の関東大震災時点で、22歳だったことが確定しています。

そこから逆算すると、紅緒は禰豆子と同じ1901年(明治34年)生まれだった可能性が!誕生日が9月以降の場合は大正12年中に23歳になるため、炭治郎と同い年だったかもしれません。

『タイタニック』の事件は1912年!「鬼滅」の幕開けと同じ年

1912年4月に実際に起きた「タイタニック号沈没事件」をもとに、ジェームズ・キャメロン監督、脚本によるラブロマンスが描かれた映画『タイタニック』(1997年公開)。事故で生き残ったヒロインが出港から沈没するまでの出来事に思いを馳せ、下層階級の青年との恋を回想するストーリーです。

タイタニック号が沈没したのは1912年4月15日で、『鬼滅の刃』の物語の始まりは同年末。タイタニック号が先に沈没しているのですね。

『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』若きインディは炭治郎と同時代人!

1989年公開の映画『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の序盤にて、リヴァー・フェニックス演じる若きインディは、ユタ州でボーイスカウトに参加していました。

彼は洞窟で「コロナドの十字架」を盗掘する男たちから十字架を奪還して逃亡するのですが、あっけなく丸め込まれてしまいます。悪党の1人が少年インディの知恵と勇気を讃え、後に彼のトレードマークとなるカウボーイ・ハットを渡したのが、1912年のことでした。

本作の主人公インディの起源となった出来事と、『鬼滅の刃』の物語の始まりが同時代だと思うと、感慨深いものがありますね。

大正が舞台の『鬼滅の刃』が流行ったのは偶然じゃなかった?

『鬼滅の刃』は時代考証を突っ込まれることもありますが、大正時代の雰囲気をうまく取り入れ、“古き良き時代”を描いています。

キャラクターや物語が魅力的なのは当然として、未来への希望に溢れ活気に満ちた時代に対する日本人の憧れが、鬼滅ブームを生んだのかもしれません。「無限列車編」も大いに盛り上がり、悲しいニュースに沈む多い世の中を元気づけ、明るくしていることは間違いないでしょう。

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