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ゴージャスなソンドハイム楽曲に乗せて贈る、壮大なる痴話喧嘩。NT Liveで再上映される『フォリーズ』の見どころは~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」番外編

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ナショナル・シアター版『フォリーズ』(2017年) ©Johan Persson

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story 
☆番外編 NT Live版『フォリーズ』

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 英国ナショナル・シアターの名舞台を映画館で上映し、これまでに多くの演劇ファンを魅了してきた「ナショナル・シアター・ライブ」(NT Live)。2018年に上映され好評を博した『フォリーズ』が、2021年3月にアンコール上映される(2017年の公演を収録)。天才作詞作曲家スティーヴン・ソンドハイムが、1971年にブロードウェイで発表したこの稀有なミュージカル。初演キャストの話を交えながら、作品の魅力とNT Live版の見どころに迫ろう。

スティーヴン・ソンドハイム(1976年頃)。今年の3月22日に、91歳の誕生日を迎える。



■愛に枯渇した人々の物語

 まずは簡単に歴史から。この作品を生み出したのは、ソンドハイムと演出家ハロルド・プリンス。2人は1970~80年代にかけ、殺人鬼の復讐譚『スウィーニー・トッド』(1979年)などの異色作を連発し、ブロードウェイ・ミュージカルの流れを変えた。『フォリーズ』も、それに連なる一作だ。取り壊される劇場で開かれた再会パーティーを舞台に、描かれるは冷え切った結婚生活。元レヴュー・ガールのサリーとフィリス、それぞれの夫バディ(地方廻りの販売員)とベン(政治家)を主役に、過去の自分たちの幻影を交錯させながら、4人の苦い人生が綴られる。

 ブロードウェイ初演で、若き日のバディを演じたのがハーヴィー・エヴァンス。ソンドハイムが作詞を手掛けた『ウエスト・サイド・ストーリー』の初演(1957年)や、その映画版(1961年)で知られるベテランだ。今やソンドハイムの代表作とされる本作。しかしエヴァンスは、「評価されるまで若干時間を要した」と語る。

「初演は、観客受けは必ずしも良くなかったんだ。『フォリーズ』というタイトルから、華やかなレヴュー風の作品を期待していたら、不幸な結婚生活を延々と見せられ気が滅入ってしまった(笑)。さらに当時は、主人公の幻影(ゴースト)たちが登場して過去を描く演出も、ミュージカルでは珍しくてね。混乱した観客もいた。しかし、初演クローズ後のツアー公演(1972年)の頃から、熱心なミュージカル・ファンの応援で、ようやく評判が高まってきたんだ」

『フォリーズ』ブロードウェイ初演(1971年)の舞台より。右から2人目が、若きバディを演じたハーヴィー・エヴァンス   Photo Courtesy of Harvey Evans



■ソンドハイムの才能に唸る

 『ウエスト・サイド~』以降、惜しくも短命に終わった『口笛は誰でも吹ける』(1964年)、そして『フォリーズ』と、ソンドハイム3作品に出演したエヴァンス。「彼と同時代に生きる幸せを噛みしめた」と振り返りながら、その才能と『フォリーズ』の楽曲を讃える。

「若い頃から、曲創りの力量は抜きん出ていたよ。まず、サブテキスト(隠された感情)を描写する巧みさに感嘆した。つまり、登場人物の深層心理に至るまでを計算し、それを歌詞と旋律で緻密に表現する。だからパフォーマーにとって、台本のセリフよりも歌詞を読むだけで、演じるキャラクターを完璧に把握する事が出来るんだ。また、スティーヴンも稽古場に来て、役者たちの芝居を見ながら、彼らの個性に合わせて歌詞やメロディーを書き変える事もしばしばだった。仕事振りが実に柔軟なんだね。

 『フォリーズ』の曲は、スティーヴンの多彩さを物語っている。深遠なサブテキストが礎となったナンバーだけでなく、レヴュー場面を再現する歌曲は、いかにもその時代に書かれたような、ノスタルジックな味わいが横溢しているんだ。これは、ジェローム・カーン(本連載VOL.3参照)やアーヴィング・バーリン(VOL.4&5参照)ら、1920~30年代にブロードウェイで活躍したソングライターの楽曲を聴き尽くした、彼の蓄積だと思うよ」

初演のオリジナル・キャスト・アルバム(輸入盤かダウンロードで購入可)



■表情豊かなスタウントンの名演

 さて、いよいよNT Live版だが、さすがに見応え十分の舞台に仕上がった(演出は、RSC版『るつぼ』などで評価が高いドミニク・クック)。特筆すべきは、『スウィーニー~』のロンドン版(2012年)などで、オリヴィエ賞に輝いたイメルダ・スタウントン。彼女演じるサリーが圧巻なのだ。気分を高揚させてパーティーに一番乗りする序幕から、とうの昔に別れたものの、未だに愛情を抱き続けるベン(フィリップ・クワスト)と再会。たちまち少女のように恋心を蘇らせる過程を、生き生きと演じ切って申し分ない。

サリー役のイメルダ・スタウントン ©Johan Persson

 中でも秀逸なのは、前述のエヴァンスが語った、サブテキストの見本のような〈イン・バディーズ・アイズ〉。すぐにでもベンとの関係を復活させたいサリーだが、彼の前では、自分が夫のバディに愛され、如何に満ち足りた生活を送っているかを歌うのだ。幸せそうに振舞いながら、何度も視線をベンに向け、彼の気を引こうとするサリー。やがて若き日の分身たちが現れると、ベンに弄ばれた過去を目の前に、偽りの笑顔も凍り付く。心の内を的確に演じながら、くるくると変化するスタウントンの表情が見事で、観ているだけで飽きない名唱だ。

 一方バディは、若い愛人を作りながらもサリーに心底惚れている。しかし彼女の頭の中は、ベンの事ばかり。憤懣やる方ない鬱積を爆発させて歌い踊る、〈ザ・ライト・ガール〉も必見だ。元々この曲、ブロードウェイの初演でバディを演じたダンサー、ジーン・ネルソンの技を生かした難易度大のナンバーなのだが、NT版では激しく抱き合うサリーとベンの過去の姿を絡め、彼の絶望と怒りを強調。バディに扮したピーター・フォーブスも善戦している。

廃墟と化した劇場に現れるショウ・ガールたちの幻影。趣味の良い色調の衣装デザインは、ヴィッキー・モーティマー(オリヴィエ賞受賞)  ©Johan Persson



■愚行の果てをレヴューに昇華

 そしてもう一組の破綻カップル、ベンとフィリス(ジェイニー・ディー)は、「誰も真剣に俺を愛してはくれない症候群」の身勝手な夫と、夫に尽くしながらも認めてもらえなかった冷徹な妻。こちらも厄介だ。終盤近くで、いい年齢をした2組の夫婦の関係は更に泥沼化し、罵り怒鳴り合いの修羅場を繰り広げるシーンは、正に「Follies」(「愚行」の意味あり)。思わず笑ってしまう程だが、これに続くフィナーレのメドレー〈ラヴランド〉が、また凝っている。往年のレヴューのように演目を次々に紹介するスタイルで、4人が思いを吐露するのだ。

 ここでもスタウントンが、断ち切れぬ愛を綿々と訴えるバラード〈ルージング・マイ・マインド〉で、他を圧している。楽曲では他に、ショウビズの世界で辛酸を舐めた者のみが歌えるサバイバル・ソング〈アイム・スティル・ヒア〉が掛け値なしの名曲。NT版では、真紅のドレスに身を包み、派手なジェスチャーで熱唱するトレイシー・ベネットが素晴らしい。

階段下の赤いドレスがトレイシー・ベネット ©Johan Persson

 最後に、上記の初演キャスト盤以外で、お薦めのオリジナル・キャストCDを紹介しよう。楽曲の評価を一気に高めたのが、1985年にNYのリンカーン・センターでライブ録音された「フォリーズ・イン・コンサート」。バーバラ・クック(サリー)やジョージ・ハーン(ベン)らオールスターの豪華版で、一曲終わるごとに沸き起こる、轟音のような喝采が凄まじい。1998年に、ペイパー・ミル・プレイハウスで上演された際の録音も、ドナ・マケクニー(サリー)ら大充実の精鋭キャストだが、〈アイム・スティル・ヒア〉を堂々と歌い上げる、ハリウッドの伝説アン・ミラー(映画「イースター・パレード」)が全てをさらう。2011年のブロードウェイ再演盤は、バーナデット・ピータース(サリー)とダニー・バースティン(バディ)が、さすがに上手い(初演キャスト盤以外全て2枚組。輸入盤やダウンロードで購入可)。

リンカーン・センターでの「フォリーズ・イン・コンサート」(1985年)

ペイパー・ミル・プレイハウス版レコーディング(1998年)

2011年ブロードウェイ再演キャスト盤

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