コノヒトカン教材 ~「ありがとう」が生まれるすごろく。小学校向け教材に込められた思い/倉敷市
近年、小学校では子どもたちが自分で問いを立て、考えを深めていく「探究的な学び」が大切にされています。
とは言え、社会課題を自分事として考えるきっかけは、意外に少ないものです。
子どもたちに「自分にもできることがある」と知ってほしい。
そのような思いから、一般社団法人コノヒトカンの代表三好千尋(みよし ちひろ)さんは、仲間とともに食品ロスや防災について遊びながら学べる教材を作りました。
コノヒトカンの小学校向け教材は、どのような出会いや協力の中で形になったのでしょうか。そこに込められた思いをたどります。
コノヒトカンとは
コノヒトカンは、まだ食べられるのに捨てられてしまう食材を有効活用し、岡山県内の料理長監修のもと、多くの大人たちの思いを込めて作られた缶詰です。
種類は「ニクカン」と「サカナカン」の2種類。
炊きたてのご飯に混ぜるだけで、3〜4人分の食事が手軽に作れるよう工夫されています。
企業や個人の支援を受けながら、社会福祉協議会などを通じて、子ども食堂や児童養護施設へ年2回、無料で配布。缶詰を届けるだけではなく、一缶に込められた思いや、人と人とのつながりも一緒に届ける活動を続けています。
また、高校生たちが社会課題の解決策を考える「コノヒトカン1000缶プロジェクト」も毎年開しており、2024年の第3回からは全国へと広がり、2025年からは文部科学省の後援も受けるようになりました。2026年には第5回を迎え、岡山発の活動が少しずつ県外にも届き始めています。
コノヒトカン教材ができるまで
2025年、コノヒトカンは「備中地域みらいづくり支援事業」の補助金を活用し、小学校向け教材作りに取り組みました。
背景には、学校ごとに探究学習の進め方や授業作りに違いがあり、先生方の準備負担も大きいという現状がありました。だからこそ先生が使いやすく、子どもたちが自分で考えながら学べる教材を目指したのです。
多くの小学校に声をかけた結果、倉敷市立葦高小学校や粒江小学校など、備中地域の6つの小学校がモデル校として参加することになりました。
教材制作には、岡山高等学校、おかやま山陽高等学校、倉敷翠松高等学校、石川県の小松大谷高等学校の高校生たちも加わります。
授業用スライドやワークシートは、元教員の助言に加え、岡山大学教育推進機構准教授の吉川幸(よしかわ みゆき)さんの監修も受けながら、何度も整えて完成させました。
2学期から各小学校で授業が実施され、コノヒトカンの教材を使って食品ロスや防災について学んでいきます。中には、先生を目指す高校生が実際に教壇に立つ場面も。緊張しながらも、その経験がさらに「先生になりたい」という気持ちを強くしたと言います。
授業後のアンケートには、「家族に話したい」「楽しくて分かりやすかった」という声が寄せられ、この取り組みはメディアにも取り上げられています。子どもたちにとって、この学びが自分事になっていたことが伝わってくる感想でした。
「コノヒトカンすごろく」
教材の中心となったのが、「コノヒトカンすごろく」です。
このすごろくは、個人で早くゴールすることを競うものではありません。
食品ロスや防災について考えたり、友達と話し合ったりしながら、チームで進めていくのが特徴です。
ゲームの中では、子どもたちが集めたペットボトルのキャップをコノヒトカンの缶詰に見立てます。
その缶詰を、困っている人や支援を必要としている人へ届けるという設定です。
最終的には、より多くの缶詰を届け、多くの人を笑顔にできたチームが勝ちとなります。
競い合うことよりも、チームで協力しながら進み、ゴールした後に「なんだか良いことをしたな」と感じられる仕組みになっていました。
カードに込められた思い
コノヒトカンすごろくの中には、さまざまなカードが登場します。
「正面の人とハイタッチしよう」
「先生にありがとうを伝えてみよう」
一見小さなアクションですが、普段なら照れて言えない言葉を伝えたり、自分の気持ちに気づいたりするきっかけにもなります。
食品ロスや防災を学ぶだけでなく、自分自身を見つめ直す時間にもなるよう工夫されていました。
子どもたちと企業をつなぐ「想いのバトン」
この教材は、1年間で6校の小学校で活用され、延べ約450人の子どもたちが学びました。
振り返りの授業では、「想いのバトン」として、コノヒトカンを支援する企業へ向けて手紙を書く時間もあります。
コノヒトカンでは、支援企業から子どもたちへのメッセージを受け取っています。
子どもたちはそれを読み、感じたことやお礼、自分の夢などをカードに書いて企業に届けてもらうのです。
企業の思いを受け取り、子どもたちが自分の言葉で返していく。
「想いのバトン」は、子どもたちと企業をつなぐ取り組みにもなっていました。
小学生向け教材作りに取り組んだ、一般社団法人コノヒトカンの代表三好千尋さんとデザイナーの西森そのの(にしもり そのの)さんに、教材作りに込められた思いを聞きました。
コノヒトカン代表三好さんと、デザイナー西森さんにインタビュー
教材作りに込めた思いについて、一般社団法人コノヒトカン代表の三好千尋さんと、デザイナーの西森そののさんに話を聞きました。
缶詰と教材はセットだった
──教材を作ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか
三好(敬称略):
実は、コノヒトカン設立前から、缶詰と教材はセットで作りたいと考えていました。コノヒトカンのストーリーを、一人一人に自分事として受け止めてもらうにはどうしたらいいのか。
そう考えた時に、教材を通して、フードロスや貧困だけでなく、「困っている人がいたら声をかけようね」という気持ちも、子どもたちに伝えられるのではないかと思ったのです。
──教材の話を聞いた時、西森さんはどう感じましたか
西森(敬称略):
2020年に三好さんにコノヒトカンの話を聞いた時から、活動そのものに物語を感じてメモを取っていました。
いつかそれをすごろくにできたらいいなと話していたので、今回の教材作りは「今そのタイミングが来たんだ」と胸が熱くなりました。不思議なくらい、自然につながった感じがあります。
日常の言葉を交わすカード
──すごろくで特にこだわったところはありますか
西森:
すごろくの中でカードを引く場面があるのですが、そのカードには、隣の人と言葉を交わしたり、ハイタッチしたりする内容を必ず入れたいと思っていました。人と人との関係が希薄になりがちな今だからこそ、体温を感じるようなコミュニケーションを大事にしたかったんです。
それから、「ありがとう」「おはよう」「おやすみなさい」「いただきます」をちゃんと言えているかな、とか。小さなことかもしれませんが、そういう日常の言葉も大切にしたいと思って入れました。
子どもたちの中に生まれた変化
──実際に授業で使われた様子を見て、印象に残っていることはありますか。
三好:
授業中はなかなか発表が難しかった子どもも、手紙になると自分の言葉で書けるんです。支援してくれている企業からのメッセージを読んで、「ありがとう」や自分の夢を書いていました。
口に出すのは苦手でも、書くことで思いを伝えられる子どもがいるんだなと感じましたね。
西森:
すごろくで遊びながら、ハイタッチしている子どもたちを見て、やって良かったなって思いました。普段のデザインの仕事では、自分が作ったものを子どもたちが使っている姿を見る機会があまりないので、すごくうれしかったです。
正解のない学びを届けたい
──最後に、子どもたちへ伝えたいことを教えてください。
三好:
この教材は、正解や不正解を教えるものではないんです。
自分は今どう感じているのかなとか、自分の心の声をちゃんと聞いてほしいなって思っています。その中で、「自分にも何かできるかもしれない」と気づいて行動していってもらえたらうれしいです。
西森:
なんか面白い、なんか気になるっていう感覚を大事にしてほしいです。
ワクワクしたり、ムズムズしたりする気持ちって、実はすごく大事だと思うので、そういう感覚を覚えていてほしいなと思っています。
おわりに
コノヒトカン設立前から温めていた「教材を作りたい」という思いが、多くの人の手を通してようやく形になりました。缶詰を届けることから始まった活動は、教材を通して、子どもたちが社会課題を自分事として考えるきっかけ作りへとつながっています。
2026年はドリル教材として、この取り組みはさらに発展していくそうです。これからどのような展開を見せていくのか、見守っていきたいと思います。