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巨大なユーラシア大陸をつなぐアジアを中心とした「新しい世界史」とは──

NHK出版デジタルマガジン

巨大なユーラシア大陸をつなぐアジアを中心とした「新しい世界史」とは──

 NHK大人の学びなおし講座の人気テキスト「3か月でマスターする」シリーズ。その創刊を飾った「世界史」を、7人の研究者がさらに深掘りする『NHK3か月でマスターするMOOK もっと深く知る アジアから見る世界史』より、「序章 アジアからひもとく新しい世界史」(岡本隆司さん/早稲田大学教授・京都府立大学名誉教授)を抜粋してお届けします。
※デジタルマガジン用に一部記事を修正しています。

序章 アジアからひもとく新しい世界史

「世界史」をこれまでと違う視点で読み解く

 (前略)なぜ「アジア」をことさらとりあげるのか、といえば、従来の標準的な歴史、つまり「日本史」と「世界史」で中心をなしてきた日本ともヨーロッパとも違うからです。そして、日欧と違う、という意味は、たんなる名称だけではありません。そもそも前提をなす歴史のしくみが異なるということです。

 ですので、日本をあつかう日本史はもとより、西洋史のイギリス・フランス・ドイツ・アメリカなど一国史をベースに、アジアの歴史を理解しようとすると、とんでもない間違いに陥ります。そのため、まず異なる前提を示しておくのが重要でしょう。

 その前提とは、生態環境です。こういうと、難しそうなことばですが、中身はそんなことはありません。ありふれていて、いままで忘れていたくらいです。

 つまり、われわれの衣食住・暮らしの基礎・前提となる自然条件のことです。暮らす土地で何を衣料・食糧にし、どんな居住のしかたをするかでして、それは各々(おのおの)の場の風土気候が左右します。とりわけ人間が牧畜・農耕という再生産・生業(せいぎょう)の技術を発明してからは、その生存・生活にこうした生態環境が密接に関わることになりました。

 日々の暮らしですから、とりたてて言うまでもない、あたりまえなので、従来の歴史叙述では、かえって閑却(かんきゃく)してきたものです。しかしその暮らし自体がはじめから違っていれば、それぞれ人々の言動はどうか。みな同じ、あたりまえ、ですませられません。

 そのため歴史の初期条件になる舞台を、まず生態環境条件から設定する必要があります。アジアはそこがはじめから日欧と違っていたというわけでして、以前の歴史では、目配りがおろそかになっていたところです。

 上でいう牧畜と農耕を考えることで、その大きな違いを認めることができます。

 地図で示せばわかりやすいと思います。番組・テキストでも紹介したものですが、あらためてみてゆきましょう。分布はおおむね次の地図のとおりです。

 アジアは大きな大陸ですので、その地域構造も細かくみると、もちろん入り組んで複雑ですが、全体をわかりやすいように、思い切ってさらに図式化してみます。

 おおむね地理的には南方沿海の、気象的には温暖湿潤(しつじゅん)の区域と、北方内陸の寒冷乾燥の区域に分かれ、両者が広大な大陸に同居併存しています。異なる気候にもとづく異なる生態系、ヒトの立場でいいかえれば、日常の生活生業・ライフスタイルが違う二つのゾーンの特徴をいえば、以下のようになるでしょうか。

 それぞれ「牧畜・移動」と「農耕・定住」という暮らしに、動物系と植物系の産物で衣食住をまかなう、というように截然(せつぜん)と分かれます。まったく対蹠的(たいせきてき)なライフスタイルであり、当然ながら所有する物資・思想なども違ってきます。たんにことば・習慣が違うというようなレベルではありません。

 逆にいえば、そこに交渉と交流の機会もひそんでいます。お互いに持たないものを所有していますので、入手の欲求が出てきます。集まって交易取引に従事するということになるでしょう。

 こうして市場・聚落(しゅうらく)ができますと、人も増えてくるだけに、社交・交渉だけでなく、摩擦や紛争も起こりかねません。勢い皆で共有すべきモラル・ルールの作成とマネジメント・ガバナンスの実践、その記録・保存・継承の必要が生じます。そこに単なる聚落・マーケットにとどまらない集団組織、文字・経典・法典、信仰や政治、ひいては文明ができあがってくるわけです。

 こうした類型の文明は各地で発生したはずですが、早期にはじまり、典型的な発展をとげ、後世ひさしく広い範囲に影響をおよぼしたものを、とくに古代文明と呼んでいます。かつてはエジプト・メソポタミア・インダス・黄河(こうが)の「四大文明」といっておりました。近年は「文明」の定義と範疇(はんちゅう)が拡大して、「四」つに特定できなくなってきましたので、名称も変わっています。

 いずれにせよ、図式でいえば、西アジアのオリエント*が早く、それが東漸(とうぜん)してきたとみるのが、やはり穏当でしょう。インド・中国にひろがっていきました。そんな伝播(でんぱ)に大きな役割を果たしたのが、いわゆるシルクロードです。

 「シルクロード」とは東方・中国特産のシルクがやってくる道という、近代に入っての西洋人目線の命名ですが、もちろんそのイメージだけでは、かなり狭いように感じます。古来シルクだけではなく、ヒト・モノ・文化の大動脈をなしてきたからです。

*オリエント:「日の昇るところ、東方」を意味するラテン語起源の西洋語。古代メソポタミアやエジプトを含む西アジア一帯を指す場合が多いが、インダス川あたりまで含むこともある。対義語は「日の沈むところ、西方」を意味するオクシデント。

梅棹忠夫が『文明の生態史観』で示した「文明地図」

 そもそも北の遊牧と南の農耕との境界に生成した文明の場、商業聚落・都市国家は個々孤立したものではありません。遊牧民も商人も移住、産物も文物も移動をくりかえします。その往来の道がなくてはなりません。それぞれの聚落・都市が行き来の足溜まり・結び目をなしつつ、相互に結びついて、全体として東西に連なった大道になります。それが「シルクロード」と呼んでいるものです。

 ここが以後、世界史の大動脈にして、主要舞台をなします。オリエント・西方の文明・イノベーションが東アジア・中国に伝来したのも、このルートを通ってであり、のちにはイスラームや仏教など、宗教の伝播もやはり同じでした。

 オリエントの古代文明はもちろん東だけではなく、さらに西方へも伝播しました。それがギリシア以後の地中海文明に転化します。この場合は遊牧民が必ずしも関係しなかった点、シルクロードとは異なる様相を呈していました。

 移動が海と船によっていたわけですが、これは草原を馬で移動するのと手段こそ違っても、長距離・高速、都市という点と点を結ぶので共通します。そんな異同は、はたして同質なのか、異質なのか。そこにどうやら西洋史メインの見方の是非(ぜひ)がつながりそうです。

 オリエントと地中海をことさら分けて考え、それを東西別の世界とみるのが、西洋史メインの世界史観ですが、ここまでみてきたアジア史からすれば、オリエントと地中海はむしろつながっていて、分ける必要はほとんどないようにみえます。そんな観点から、本書は展開してゆきます。

編著:岡本隆司

おかもと・たかし。1965年生まれ。早稲田大学教授・京都府立大学名誉教授。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。専門は東洋史、近代アジア史。著書に『近代中国と海関』『属国と自主のあいだ』『中国の誕生』『腐敗と格差の中国史』『世界史序説』など。

◆『NHK3か月でマスターするMOOK もっと深く知る アジアから見る世界史』
◆文 岡本隆司
◆図版作成 小林惑名

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