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【1万7000年前の洞窟壁画】ウェールズで確認されたイギリス諸島最古の岩絵とは

草の実堂

画像 : ベーコン・ホール洞窟の赤い線状の壁画。左は通常写真、右はD-Stretch加工画像。Nash et al., Quaternary (2026) / CC BY 4.0

100年以上忘れられていた赤い線

2026年5月、考古学者ジョージ・ナッシュ氏らの国際研究チームは、ウェールズ南部ガワー半島のベーコン・ホール洞窟に残る壁画について、科学誌『Quaternary』で研究成果を発表した。

調査対象となったのは、洞窟の奥に残されていた赤い線状の岩絵である。

この岩絵は約1万7000年前のものとみられ、イギリス諸島で知られる最古の岩絵である可能性が高いという。

画像 : ベーコン・ホール洞窟の赤い線状の壁画。左は通常写真、右は顔料を見えやすくする画像処理を施したもの。Nash et al., Quaternary (2026) / CC BY 4.0

実はこの赤い線は、新しく見つかったものではない。

1912年、考古学者ウィリアム・ソラスとアンリ・ブルイユによって発見され、当時はイギリス諸島で初めて確認された後期旧石器時代の洞窟壁画ではないかと考えられた。

しかし1920年代後半には「自然にできた痕跡ではないか」と疑われるようになり、学術的な注目から外れていったのである。
やがて洞窟内の正確な場所も次第に忘れられ、赤い線の正体は宙に浮いたままの状態になっていた。

転機となったのは2022年の再調査である。

ジョージ・ナッシュ氏ら研究チームは、ベーコン・ホール洞窟を訪れ、問題の壁面を再確認した。
さらに顔料分析、洞窟壁面の詳細調査、年代測定を行い、100年以上前の最初の解釈を改めて検証したのである。

その結果、赤い線は自然の模様ではなく、人間が描いた後期旧石器時代の岩絵である可能性が高いと判断された。

赤い顔料は意図的に塗られていた

画像 : ベーコン・ホール洞窟の入口とブリストル海峡。Nash et al., Quaternary (2026) / CC BY 4.0

ベーコン・ホール洞窟は、南ウェールズのガワー半島にある石灰岩の崖に開いた洞窟で、ブリストル海峡を望む場所に位置している。

問題の壁画は、洞窟の入口付近ではなく、自然光が届かない奥の側室に残されていた。

壁面には、少なくとも10本の赤い水平線が並んでいる。

線は互いに平行に近く、一定の間隔を持って配置されていたことから、研究チームはこのような規則的な並びが自然現象だけでできたとは考えにくいと判断している。

顔料の分析では、赤い色の主成分としてヘマタイトが確認された。

ヘマタイトは鉄分を多く含む鉱物で、古代の赤色顔料として広く使われた物質である。
さらに顔料には粘土の痕跡も含まれており、単に岩肌に自然に染み出したものではなく、何らかの形で調整され、塗られた可能性がある。

また、赤い線のほかにも指の跡や小さな点、顔料が飛び散ったような痕跡も見つかった。

これらの要素を合わせると、赤い線は偶然の汚れではなく、人間が意図的に残した痕跡と考えられる。

年代は約1万8300〜1万5700年前

では、この赤い線はいつ描かれたのだろうか。

研究チームは、壁画の上に形成された方解石の堆積物を採取し、ウラン・トリウム年代測定を行った。

画像 : ベーコン・ホール洞窟の壁画パネルとサンプリング位置。Nash et al., Quaternary (2026) / CC BY 4.0

洞窟の壁画、そのものを直接測ることは難しい。

そこで、絵の上を覆うようにできた鉱物層の年代を測ることで、その下にある絵が少なくともいつ以前に存在していたのかを推定したのである。

今回の分析では、赤い線状の壁画は約1万8300〜1万5700年前の範囲に位置づけられた。おおまかにいえば、約1万7000年前の岩絵と考えられる。

これは、イギリス諸島で知られる岩絵としては最古級、あるいは最古のものとなる。

これまでイギリスの旧石器時代洞窟アートとしては、イングランド中部クレスウェル・クラッグスの洞窟彫刻や、ウェールズのキャソール洞窟で見つかった彫刻などが知られていた。

しかしベーコン・ホールの赤い線は、それらよりも古い年代を示している。

ただし、ここでいう「1万7000年前」は、あくまで年代測定の結果から導かれた推定である。今後さらにサンプル数が増えれば、年代の幅や解釈がより精密になる可能性もある。

氷河期末のウェールズにいた人々

画像 : 約1万7000年前のウェールズ周辺の風景イメージ。木々の少ない寒冷な環境が広がっていたと考えられている。草の実堂作成(AI)

約1万7000年前のウェールズは、現在の緑豊かな風景とは大きく異なっていた。

当時は最終氷期の寒冷な時期から抜け出しつつある段階で、木々の少ない開けた寒冷な環境が広がっていたと考えられている。

現在のブリストル海峡周辺も、当時は今とは違う地形をしており、季節ごとに移動する大型動物が通る開けた土地だったようだ。

ベーコン・ホール洞窟そのものから、この時期に人々が長く住み続けていた証拠は見つかっていない。
ただし洞窟は、移動しながら暮らしていた人々にとって、一時的な避難場所や目印にもなっただろう。

注目すべきは、赤い線が洞窟の奥まった側室に描かれていた点である。

入口近くの明るい場所ではなく、自然光が届かない場所にあえて顔料を塗ったとすれば、それは単なる暇つぶしや日常的な落書きとは考えにくい。

また、赤い線が何を意味しているのかは不明である。
獲物や季節、集団の記号、あるいは儀礼的な意味を持っていたのかもしれないが、断定できる材料はない。

ただ、1万7000年前の人々がこの暗い洞窟の奥に入り、赤い顔料で規則的な線を残した事実はそれだけで興味深く、今後も多くの人を惹きつけるだろう。

参考 : Archaeology Magazine、Nash et al. “Rediscovered Late Upper Palaeolithic Painted Imagery at Bacon Hole, Gower Peninsula, South Wales”, Quaternary 2026, 9(3), 43、Phys.org 他
文 / 草の実堂編集部

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