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見なくてはいけないと思える作品が数多ある美術館──青森県立美術館

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見なくてはいけないと思える作品が数多ある美術館──青森県立美術館

ノンフィクション作家であり、美術評論家でもある野地秩嘉氏が、車で訪れたい美術館を全国から厳選して紹介する連載「車でしか行けない美術館」。今回は、奈良美智や棟方志功、阿部合成といった青森出身のアーティストからシャガールの大作まで、注目すべき作品を数多所蔵している青森県立美術館を訪ねた。

発掘する美術

青森、秋田、岩手の北東北地方を車で走っていると、風景が美しい季節とは真夏と真冬じゃないかと感じる。

真夏は抜けるような青い空と白い入道雲がある。周りは一面の緑の田んぼだ。遠景もまた緑の森。青、白、緑の3つの色の世界だ。真冬は空がグレーで、地表はすべて真っ白。白一色ではなく、灰色から白という無彩色のグラデーションである。

思うに、北東北の夏の風景は泰西名画そのままで、冬の風景は抽象絵画だ。夏と冬は美術作品のなかを車で走っている気分になる。

青森県立美術館は空港から車で30分程度だ。隣にある施設は日本最大級の縄文集落跡、三内丸山遺跡。もちろん見学できるから、青森県立美術館と併せて見に行くといいだろう。

県立美術館の建物は遺跡の発掘現場から着想したものという。確かに同館の南側に回ってみると、地面に発掘の跡のような溝が掘ってある。発掘現場に臨時に設けられた作業所のように、しつらえてあるわけだ。

建物自体は簡素な直方体の白い箱で、冬になるとあたり一面、雪に埋まってしまう。灰色の世界に白い箱と白い地面になる。これもまた抽象絵画の世界だ。

サインと土間

館内に入ると、「この美術館はほかとは違うぞ」と感じるところがある。

ひとつは館内に示してあるロゴタイプだ。「入り口」「レストラン」「ミュージアムショップ」と書かれた文字の書体と色がよくあるものとはまったく違う。

真っ白な壁に描かれた書体は水平・垂直・斜め45度の同じ幅の直線だけでできたオリジナルのそれで「青森フォント」という。また、書体の色も黒ではない。近寄ってみると土色、マットな(ツヤのない)茶色だとわかる。白い壁に黒い文字が点在していると、遠くから見ると壁の汚れとも感じてしまう。土色であれば白色と調和しながらも、文字であることがはっきりとわかる。

青森フォントはグラフィックデザイナー、菊地敦己(きくちあつき)の作品だ。そして、今、各地の美術館を訪れると、青森フォントに似た書体のロゴタイプを見かけることがある。

ロゴタイプと並んで、他の美術館には存在しないのが、展示室の床面だ。地下二階にある展示室へ行くと、床は土を敷き詰めた土間になっている。

わたしは、北九州の田川出身で北へ流れてきた学芸員、工藤健志氏に「どうして?」と聞いてみた。

「床が土間だと、カビが生えたり、亀裂ができたりしないんですか?」

工藤氏はニヤッと笑う。

「大丈夫です。ちゃんと施工してありますし、掃除もしています。形は崩れませんし、カビは生えません。ただ、クラック(ひび割れ)は入ります。けれど、直せば問題ないです」

土間が音を吸い取るためか展示室は静かだ。展示室のなかはワインやウイスキーの貯蔵庫に似ている。土の床面が静穏な雰囲気を醸し出している。

わたしは自分がワインになったような気がした。青森県立美術館のなかでワインのように熟成して、熟成した頭で絵を眺めることができる。

世界を魅了する奈良美智の作品

「1959(昭和34)年、青森県弘前市に生まれる。1978年、青森県立弘前高等学校卒業後、上京。1981年、愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻に入学。1987年、同大学大学院修士課程修了後、1988年にドイツに渡り、国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学する。(略)1994年、ケルンに移り住む。2000年の帰国まで続くケルン時代は多作な時期で、代表的な奈良のイメージとして知られる挑戦的な眼差しの子どもの絵もこの頃頻繁に描かれた」

同館のホームページにある奈良美智についての解説だ。青森出身の美術家では、世界に多くのファンをもつのが彼だろう。

工藤氏は「うちが奈良作品をもっとも多くもっています」という。

「奈良の作品は挑戦的なまなざしの女の子ばかりが知られています。また、可愛いキャラクターというコンテクストで語られることが多い。しかし、本物を間近で見ると、表面の繊細なマチエールに美があり、作家が非常に気を遣って描いていることがわかります」

マチエールについて、ブリタニカ国際大百科事典にはこういう解説が付してある。

「本来は材料、素材を指す言葉だが、特に絵画では、作品表面の肌合いをいう。用いられている絵具の材質感や厚塗り、薄塗りなど絵具の層の違いから受ける重厚さや滑らかさなど、画家の個性や技法で作品の肌合いは異なる」

マチエールは写真や印刷物では表現できない。作品を写真にすると、絵の具や線のかすれ具合がわかりにくくなるからだ。だが、本物に向かい合うと、絵の具の載せ方は均一ではないし、ところどころ線がかすれていることがわかる。

奈良作品のマチエールも同様で、たとえば挑戦的なまなざしの女の子の絵は写真で見る限りはポップだ。だが、原画は絵の具や線が微妙にかすれていて、切なさや繊細さがある。

「ああ、やっぱり、原画はいいな」と感じるのは、こういう時だ。原画と写真ではまったくイメージが違って見えるのである。

同館には170点以上の奈良作品が収蔵されている。

奈良作品のなかで、同館のシンボル的な存在ともなっているのが巨大な犬の半身像、『あおもり犬』である。

展示室の西側の屋外空間にあり、高さは8.5メートルで、横幅は6.7メートル。「遺跡の発掘現場から現れた犬」という設定の作品で、犬は土のなかから起き上がったような姿をしている。巨大な像だけれど、威圧感はなく、不気味な印象でもない。どことなくユーモラスだ。思わず頬をゆるめたくなるのは、『あおもり犬』の視線の先にはエサが置かれた白い皿があるからだ。白い皿はプランターになっていて、春、夏、秋は折々の花が植えられる。冬は白い皿の上に真っ白な雪が降り積もる。

遺跡から出てきた犬はおなかが減っているから、エサを食べたくなるのだろう。

棟方志功の本質は原画にあり

版画家、棟方志功は青森市の出身だ。出身者の作品を収蔵するのは県立美術館のひとつの役割だから、棟方の作品が同館にあるのは当然のことだ。しかも、彼の作品は人気がある。それは彼の人生と作品が世の中に知られているからだろう。

彼の人生はテレビドラマにもなっている。彼の言葉「わだばゴッホになる」を耳にした人もいるだろう。また、数多くの和菓子、洋菓子、飲食店の包装紙にもなっているから目にしたことのある人だって少なくないに違いない。だから、彼の作品のことも知っている気になってしまう。

だが、彼の本質は原画にある。原画を見ると、彼が自分の手で彫ったり、彩色した跡が残っている。

たとえば彩色法だ。棟方は白黒版画を鮮やかにするために、当初、刷った面(表)にそのまま色を施した。その後、師事した柳宗悦から中国の古法、紙の裏から色付けする「裏彩色」を教わる。

裏彩色であれば板画の線がそのまま残る。彫った線の力強さと色彩を同時に表現できるのが裏彩色という技法だ。

同館にある原画には彼の苦心の跡がちゃんと残っている。

人を惹きつけて止まない阿部合成の作品

阿部合成もまた青森出身の画家だ。阿部の旧制青森中学の同級生は津島修治。青森県が生んだスター、太宰治である。

阿部もまた太宰のように、中学時代は文学に熱中した。だが、卒業後、京都絵画専門学校に進み、画家への道をたどる。

わたしが彼の名前を知ったのは本連載でも紹介した『見送る人々』(兵庫県立美術館蔵)という作品を見た時だった。

作者の名前を知らなくとも、力のある絵は、絵の方から誘引する物質を出すのだろう。わたしは吸い寄せられるように絵の前に立ち、そのままずっと『見送る人々』に見入ってしまった。

幸いなことに、青森県立美術館には阿部合成の油彩画など約150点が収蔵されている。

『自画像』『マリヤ・声なき人々の群れA 』など、画面は暗いのだけれど、どの絵も人を惹きつける誘引物質を発している。阿部合成の作品であれば、すべてを見てみたいというのが今のわたしの気持ちだ。

この他、同美術館にはシャガールが手掛けた『アレコ』というバレエの背景画の大作もある。

見なくてはいけない作品がやたらとたくさんある美術館なのだけれど、しかし、どれか一点と言われたら、迷わず阿部合成の作品と答える。それは、わたしが青森県立美術館で「発掘した」とも言える作品だから、である。

■青森県立美術館
青森県青森市安田字近野185
Tel.017-783-3000
開館時間: 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎月第2、第4月曜日(祝日の場合は翌日)
    年末年始
 ※企画展の開催・展示替えなどにより、臨時休館や休館日の変更があるので、HPをご確認ください
http://www.aomori-museum.jp/ja/

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