釣り人にも人気の<エゾイソアイナメ>の魚名が消えたワケ 今はなんと呼ばれている?
関東から東北にかけての沿岸で釣り人に親しまれている魚「エゾイソアイナメ」。
しかし最近、このエゾイソアナイメという名前は消えてしまいました。一体、なぜでしょう。
そして、エゾイソアイナメと呼ばれていた魚は、現在は何と呼ばれているのでしょうか。
冬に釣れる人気者の魚
冬というのは、1年でもっとも海の中やその周辺が寂しい季節。死滅回遊魚はその名の通り死に絶えてしまい、それを追いかける人の姿もなく、防波堤から海を眺めても、緑色や赤みを帯びた海藻が繁茂しているものの、魚の姿は少ないです。
もちろんそんな時期でも魚がまったく釣れない、なんていうことはありません。足元に仕掛けを落とすと、メバルやソイの類、カジカの類、アイナメの類などが釣れます。
しかし、中には見慣れない魚もいます。その魚は「エゾイソアイナメ」。ゴンズイのような見た目をしていながら、背ビレや胸ビレに有毒の棘がなく、特徴的なストライプもありません。
本種はタラ目チゴダラ科チゴダラ属の魚で、深海に多く生息する仲間ではあるものの、その中では珍しく水深数メートルの浅場にも出現し、幼魚はタイドプールでもその姿を見ることができるという魚です。
そして美味しい魚としても知られており、釣り人から人気の魚でもあります。
チゴダラとエゾイソアイナメ
『日本産魚類検索 第三版』において日本産のチゴダラ属魚類は、科や属の標準和名にもなっているチゴダラPhysiculus japonicus Hilgendorf, 1879をはじめ、エゾイソアイナメPhysiculus maximowiczi(Herzenstein, 1896)、バラチゴダラ、ヒレグロチゴダラ、アカチゴダラ、オシャレチゴダラの計6種が掲載されています。
そのうち、私たちに馴染み深いのは北海道~九州の海に広く生息しているチゴダラとエゾイソアイナメです。そして、長らくエゾイソアイナメとチゴダラは図鑑などで近縁種として紹介されてきました。
しかし、この2種を同種とする考えもありました。
先述の『日本産魚類検索 第三版』では「諸形質と生息場所の相違から考えて別種と思われる」とありますが、その一方で「エゾイソアイナメは本種(チゴダラ)とは形態的差異が不明瞭で同種と考えられる(『小学館の図鑑Z 日本魚類館』)」とされていました。
つまり、「エゾイソアイナメ」の扱いについて、チゴダラと近縁ではあるものの別種と考える人と、チゴダラと同種であると考える人がいたのです。
名前にエゾと付くのはなぜ?
チゴダラは1879年ドイツのヒルゲンドルフにより横浜産の個体をもとに新種記載されたもので、一方でエゾイソアイナメは1896年、ロシアのヘルツェンシュタインにより北海道函館産の個体をもとにLotella maximowicziとして新種記載されました。そのため、標準和名に「エゾ」とついています。
なお、標準和名に「アイナメ」とついていますが、アイナメとは異なる仲間で、近縁とされたイソアイナメに因むようです(イソアイナメもまたアイナメの仲間ではない)。
属は記載された当時はLotella(イソアイナメ属)の中に含められていましたが、やがてチゴダラ属にうつされました。
チゴダラとエゾイソアイナメは同種!
チゴダラとエゾイソアイナメは『日本産魚類検索 第三版』においては、次の形質・形態で見分けることができるとされていました。
「色彩からチゴダラの体は淡褐色であるのに対し、エゾイソアイナメの体は濃褐色であること」、「チゴダラの眼はやや大きく、吻長の3分の2よりも大きいのに対し、エゾイソアイナメの眼はやや小さく吻長の3分の2であること」、「チゴダラは水深150~650メートルにすむのに対し、エゾイソアイナメは水深数10メートル以浅にすむこと」です。
しかし、水産研究・教育機構中央水産研究所の張成年さんらのグループの研究によれば、エゾイソアイナメおよびチゴダラ類を浅場と深場から44個体採集し、色彩や眼の大きさ、そしてミトコンドリアDNAの塩基配列の分析を行った結果、浅場の個体と深場の個体では遺伝的差異が非常に小さく同種と考えられる──という結果となりました。
また、体色については浅場のものは濃褐色、深場のものは淡褐色が多いという結果になりましたが、眼径・吻長については個体間の変異が大きいことが示されています。
これらのことによりチゴダラとエゾイソアイナメは同種とされ、エゾイソアイナメという標準和名は消えてしまいました。
学名も「先取権の原則(先につけられた学名が有効になるという原則)」に基づき、チゴダラの学名のほうが残ることになりました。
そして、本種はごく浅いところから水深1000メートルほどの深海底にまで生息できる魚──ということになったのです。
紛らわしいチゴダラ事情 別名は「どんこ」だけど……
チゴダラは別名「どんこ」とも呼ばれている魚であり、こちらの名前のほうが馴染み深いという人も少なくないでしょう。
しかし、ややこしいことに標準和名でドンコといえばまた別の魚を指します。
標準和名「ドンコ」はスズキ目ハゼ亜目ないしハゼ目のドンコ科の一種で、ハゼの仲間としては珍しく一生を河川で過ごす純淡水魚です。
“海のどんこ”は刺身、揚げ物、焼き物、汁物など様々な料理で食することができますが、淡水に生息する“標準和名ドンコ”は刺身にはできません。というのも、淡水魚にはヒトにも伝染するおそれがある寄生虫がいることがあるからです。
しかし、標準和名ドンコも美味しい種とされており、揚げ物や煮物などで食されています。
チゴダラ科の学名
チゴダラでややこしいのは別名だけではありません。学名も少しややこしいことになっているのです。
まず、魚の学名というのは属や種だけに与えられるものではなく、例えば「科」や「目」といった、より上位の分類群にも与えられます。そして、チゴダラ科の学名は“Moridae”。しかしそれによく似た科の学名をもつグループがいます。それがマンボウ科で、その学名は“Molidae”といいます。
学名を使う場面は多くないと思われますが、“Moridae”と“Molidae”は非常に似ているため、混同しないように注意する必要があるでしょう。また、科の学名のもとになった種であるシロダラの学名はMora moroといい、この学名もマンボウの学名Mola molaとよく似ています。
ちなみに、シロダラは東太平洋、インド洋南部、チリ、ファンフェルナンデス諸島、オーストラリア、ニュージーランドに広く生息しますが、日本からの記録はなく和名もニュージーランドで漁獲された個体をもとに付けられました。
エゾアイナメという魚もいる
エゾイソアイナメがチゴダラと同種とされて消える前、エゾイソアイナメについては「えぞあいなめ」なんて呼ばれていたこともありました。今でも、SNSなどでは「ドンコ」「標準和名エゾアイナメ」とする人を時々見かけます。
しかし、標準和名で「エゾアイナメ」と呼ばれる魚は、チゴダラとはまったく異なるグループの魚で、スズキ目アイナメ科アイナメ属、つまり真正なアイナメの仲間で、北海道では「すなあぶらこ」の名前でよく知られる釣りものです。
ちなみに筆者は、アイナメ属の魚についてはアイナメ・クジメ・スジアイナメ、そしてウサギアイナメの4種を釣ったり、触ったり、食べたりしてきたものの、エゾアイナメだけはまだ出会いがありません。北海道太平洋岸からオホーツク海、ベーリング海、北米西海岸にまで分布するとされており、いつか北海道で出会いたい魚のひとつです。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
尼岡邦夫・松浦啓一・稲田伊史・武田正倫・畑中 寛・岡田啓介編.1990.ニュージーランド海域の水族.深海丸により採集された魚類・頭足類・甲殻類.海洋水産資源開発センター,東京.
尼岡邦夫・仲谷一宏・矢部 衞.2020. 北海道の魚類 全種図鑑.北海道新聞社,札幌.
Chow S., T.Yanagimoto, K.matsuzaki, K.Kofuji and K.Hoshino. 2019. Little genetic difference between controversial japanese codling species Physiculus japonicus and P. maximowiczi. Aquatic Animals 2019: 1-9.
Herzenstein, S. M. 1896. Uber einige neue und seltene Fische des Zoologischen Museums der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften. Ezhegodnik Zoologicheskogo Muzeya Imperatorskoy Akademii Nauk v. 1 (no. 1): 1-14.
Jordan, D. S., S. Tanaka and J. O. Snyder. 1913. A catalogue of the fishes of Japan. J. Coll. Sci., Imp. Univ. Tokyo, 33: 1?497.
中坊徹次編. 2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会.秦野.
中坊徹次編. 2018. 小学館の図鑑Z 日本魚類館.小学館.東京