【子どもの口のケガ】 治療後のホームケアと回復の目安 予防法を〔小児歯科専門医指導医〕がわかりやすく解説
「子どもの口のケガ」回復期間と予防について小児歯科専門医指導医・宮新美智世先生がわかりやすく解説。(全3回の3回目)
【画像】癖からわかる 子どもの耳・鼻・のどの病気子どもの口トラブル連載3回目。今回は、口のケガの回復期間や、治りをよくする方法、また家庭でのケガの予防方法などを日本外傷歯学会副理事長・宮新美智世先生にお聞きしました。
合併症を防ぐために定期フォローが重要
──ケガの種類にもよると思いますが、口のケガの回復期間の目安を教えてください。
宮新美智世先生(以下、宮新先生):まず、唇や口の粘膜、舌などの傷は、比較的早く回復します。清潔を保つことができれば、だいたい7~14日でかなり治ります。
ただし、歯とその周り(歯周組織)のケガは少し異なります。自然に治る部分はごくわずかで、特に歯は自然治癒することはありません。治療開始が遅れるほど、治りが良くないのが一般的です。
歯と歯周組織に実際どれくらいの衝撃が加わったのか、実際のダメージがどれほどかを、外見だけで判断するのは、歯科医師であっても無理です。
完全に治るまでの目安は3ヵ月~1年。なかには合併症が出ることがあり、10年以上経ってから出る合併症もあります。
【回復の目安】
●口の粘膜の傷→2~14日
●唇、口の粘膜、舌→清潔を保てば7~14日(美しく治すには要治療)
●歯の揺れ→治療を受けてから2~4週間以上
●歯の歯根破折→治療を受けてから7ヵ月以上
●歯の回りの骨→治療を受けてから1ヵ月半以上 ※骨は成熟も考え合わせると6ヵ月以上
──合併症とはどのようなものですか?
宮新先生:まずは、当初見つけることができなかった微細な損傷(歯の亀裂など)や異物が、次第に拡大したり、感染を起こし、後になって発見されることがあります。
歯には「歯髄(しずい)」と呼ばれる神経や血管が通っている部分があり、ここがダメージを受けることで、神経や血管が破裂され、そこから感染が起きる場合も。
また、歯の根(歯根)が折れている場合や、細菌が感染し、歯周病のような症状をが現れることもあります。
さらに「歯根吸収」という特殊な合併症も。これは歯の根が溶けてしまい、最終的には歯そのものが消失してしまう状態です。
こうした合併症が起きていないかを確認するために、ケガをしてから数日以後、最低でも3ヵ月、できれば1年間は定期的なチェックが必要です。
口内の清潔を保つ食事術は「食物繊維」を食べること
──口のケガ後の口内ケア次第で治りが早くなることはありますか?
宮新先生:ポイントは「清潔を保つこと」です。
口内は湿った環境で、細菌が増えやすい場所。特にケガをしているときは、細菌が増えることで傷の治りが遅くなったり、感染を引き起こしたりするリスクが高まります。
また、清潔を保つという意味では「食物繊維の豊富な食品」をおすすめします。
例えば、リンゴのようなシャリシャリした食感の果物や海藻、のり、野菜、キノコなどに含まれる食物繊維は、天然歯ブラシとして口腔内を清潔に保つのに役立ちます。
そもそも、口の中は甘いものを食べてから、むし歯菌、歯周病菌などの悪玉菌が増えるわけではありません。私たちは歯垢という歯の汚れの塊の中に住み込みの悪玉菌を飼っていて、好物の甘いものが口に入ると、この菌が「待ってました」とばかりに増殖します。
ですから、歯垢を溜めないように歯科を定期受診して、自分では除去できない歯垢を定期的なプロフェッショナルケアで徹底除去してもらう習慣を身に着けることを、世界中の歯科学研究者が推奨しています。
ケガ防止の基本は安全な環境づくり
──子どもの口のケガを予防するためには、どんなことに気をつければよいでしょうか?
宮新先生:「安全な環境づくり」が基本です。これは一般的なケガ予防と同じで、成長段階に応じた対策が必要です。
●生後半年以内:ベッドやソファーからの転落を防ぐため、高い場所には寝かせないこと。●ハイハイ期:階段には安全柵を設置し、家具の角にクッションテープを巻く。
●1歳以降:行動範囲が広がるので、ベランダや風呂場など危険な場所への侵入を防ぐ対策を。
※6歳以下の子どもには、大人がそばについて目を離さず、危険を未然に察知して行動することが大切です。
●共通:手の届く場所に危険なものを置かない。コンセントや電化製品なども油断せず、日頃から環境を見直す。
──確かに、成長とともに危険な場所も増えますね。
宮新先生:はい、さらに「手に持たせるもの」にも目を配る必要があります。
例えば、歯ブラシや、棒付きのお菓子。これらを口に入れたり、手に持ったまま走り回ったり、友だちとふざけたりすると非常に危険です。
転倒などで口や喉さらに脳にまで刺さる事故が発生するため、ながら歯磨きなどをさせず、椅子に座って間食を取る習慣づけ、子ども本人に危険な行動について教えておくなどが必要です。
スポーツ外傷を減らすためのマウスピースを子どもに着け続けさせるわけにはいかない
──スポーツ外傷を防ぐためのマウスガードの使用についてはどうお考えですか?
宮新先生:高校生以上では、スポーツ中の外傷を防ぐためにマウスピース(マウスガード)を使う生徒も増えています。
特にラグビー、バスケットボール、空手など接触が多い競技では有効です。ただし、これはあくまで歯の破折や唇の裂傷というケガの重症度を軽減するためのもの。ケガそのものを完全に防ぐことはできません。
実際は、多くの口のケガがスポーツ活動以外の日常生活で発生しています。例えば、室内での転倒や遊びの中での不意の事故です。
またマウスガードの普及にも課題があります。成長期の子どもは歯列が変わるため、マウスガードも年に数回の調整や作り直しが必要。これが経済的な負担となり、導入が進まない理由のひとつになっています。
──お話を伺っていると、やはり「完全にケガを防ぐ」というのは難しいですね。
宮新先生:そうですね。でも、日常のちょっとした親子の心がけでケガのリスクを減らす下げることはできます。
たとえば、親がスマホに夢中になっているあいだに、子どもが注意を引こうとして無茶な動きをすると警告している報告があります。
まずは大人自身がスマホ依存で注意散漫になることなく、落ち着いた生活態度で手本を示すことも、子どもにとっては安全な環境要素です。
また、バランス感覚や筋力を育てるには、体を動かす遊びの習慣や危険なことについての教育、正しい姿勢作りが基本です。口のケガも「突然の事故」と思われがちですが、実は普段の生活習慣や生活態度、注意力、バランス感覚や運動能力が大きくかかわっています。
だからこそ、日々の暮らしの中でも安全に少し意識を向けるだけでも違いが出てくることでしょう。
もし万が一ケガをしてしまっても、慌てず、そして適切に対応すれば、回復もスムーズになります。
気になることがあれば遠慮なく歯科医院にご相談、ご質問をください。私たちは治療だけでなく、保護者の方の不安にもしっかり寄り添っていきます。
───◆─────◆───
取材を終えて感じたのは、ケガは避けたいできごとでありながら、家庭の習慣や暮らしを見直すきっかけにもなるということ。
小さな習慣の積み重ねこそが、子どもの安全と健康を支える大切な土台になるのだと、あらためて実感しました。
取材・文/山田優子