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京都の水がだしを生んだ「菊乃井」村田吉弘さん

料理王国

京都の水がだしを生んだ「菊乃井」村田吉弘さん

日本料理は水の料理


水を大切にしないと、おいしい料理はできません

菊乃井 村田吉弘さん

だしは日本料理の基盤


京都の水がだしを生んだ

 京都は水の都と言われる。

 地勢的に京都盆地の下は自然が造った地下ダムになっていて、そこには約211億トンもの水が貯水されている。これは琵琶湖の貯水量約275億トンに匹敵する量である。この、掘ればどこでも豊富に出る井戸水は、染め物や酒の醸造、生活用水として使われ、千年の都の繁栄を支えてきた。

 また、硬度が低く雑味のない京都の水は料理に適していて、豆腐や麩作りに欠かせないものとなり、名産品を生み出した。そして、だしをとるのにもまろやかな京都の水は適していた。旨味に満ち素材の味を活かした日本料理は、京都の豊かな水が生み出したといえる。

 京と水、水とだしの関係については、やはりこの方、「菊乃井」の御主人で日本料理アカデミー理事長でもある村田吉弘さんに聞くべきだろう。そもそも、「菊乃井」という名前自体が京都と水と料理の深いかかわりを示しているという。「うちの先祖は寧々さん(豊臣秀吉の正室・北政所)について高台寺に来て、代々、茶道の御用を務めた茶坊主やったそうで、寧々さんの御用に使う『菊水の井』という井戸を守っていました。時代が変わって、茶坊主を辞め、乾物屋などを経て3代前から料理屋になったのがうちの歴史です」

「菊水の井」の水は昔から「鯛も鱈も味添うる」、つまりこの水を使うと鯛も鱈も味が引き出されておいしくなると言われていたという。料理と水がいかに深いかかわりをもっているかがわかる。

「菊乃井」では現在、調理場近くに井戸を掘り、汲み上げた水を使っている。

「創業当時の水と同じ水質の水でないとうちの料理にはならへんから、私の代に敷地内をボーリングしたんです。30メートル、50メートルと掘っても思う水にならず、とうとう188メートルまで掘ってやっとおじいさんの代と同じ水になりました」と村田さんは言う。

この水を使い、「菊乃井」では毎日大量のだしを引いている。利尻産の一等品を2年囲いした昆布と、枕崎産本枯鰹節で時間をかけてていねいに取っただしは、昆布のグルタミン酸と鰹のイノシン酸の旨味がたっぷり含まれた、「菊乃井」の料理を支える大黒柱だ。

「京都大学にうちの水を持っていって分析してもらったことがあります。うちの水だと昆布の旨味成分・グルタミン酸がむちゃくちゃ出るんやて。データとして数字が出ているけれど、理由はよくわからないらしい。けど、むちゃくちゃ出る(笑)」

この水は2004年に開店した東京の「赤坂菊乃井」でも使われている。「最初、東京の水を使おうとしたんやけど、味が違うんや。水を飲んだだけでは違いはわからへんけど、だしを引くと全然違う味になってしまって困りました」 

関東の水は関東ローム層の地質が関係しているのか、京都に比べて硬度が高く、昆布のだしが出にくいと言われている。

浄水器をつけるなどで水質を改良したものの思うようなだしが引けず、最終的に「京都から運ぶしかない」という結論に達し、問題は一件落着した。

京の夏野菜の冷たい炊き合わせ
夏に味を増す京野菜を炊き合わせて。だしを冷たいジュレに仕立てた趣向が涼しげな一品。

以来、魚などの食材とともにポリタンクに詰められた水が随時、京都からトラックに乗って送られている。「京料理と言って出してる料理が京都の店と違う味だったらおかしいやろ。いちいち、東京の水を使うとこの味で……と説明するのもしんどい」と村田さんは笑う。

「菊乃井」で使われる水はボトル詰めされ、店内と、本店近くの「無碍山房」で味わうことができる。

 飲むと喉にすーっと入っていって速やかに体内に吸収される感がある。よく、自在であることや、こだわりがないことのたとえで「水のごとし」と言われるが、一見存在感がないぐらいの軽やかな味わいは何をも邪魔せず食材の味を引き出す力を持っていると感じた。

だしを基本にした日本料理のスピリッツは何だろうか。だしの味わいが活きる料理を作っていただいた。

「京の夏野菜の冷たい炊き合わせ」は小イモ、トウガン、レンコン、加茂ナスなどを炊き合わせ、だしのジュレをかけた、夏にふさわしい一品。「あなご豆腐の煮物椀」は、木の芽の香り高く、菊乃井の自家製豆腐は穏やかで滋味深い味わい。

「食べてすぐに『おいしい!』とのけぞるような味はおいしい料理とは言いません。お椀なら最初、ちょっと薄味に感じて物足らないようでも、最後に飲み切ったときに、『ああ、おいしかった。もっと飲みたい』と思うような、主張しすぎない味が本当のおいしさやと思います」

あなご豆腐の煮物椀
豆腐は京都の食生活に欠かせない食材。菊乃井の豆腐は自家製。夏が旬のアナゴを豆腐に入れた煮物椀。

日本料理は水の料理


だから水は大切です

そもそも日本料理は水が始点になっている、と村田さんは言う。「日本には水は清いものという考え方があります。料理はどうやって作られるのかというと、まず神様からいただいた食物を水で洗って清めます。料理は清めるところから始まるんですね。次に外の硬い部分は大根でもニンジンでも苦くて辛いアクがあるから水でゆがく。そして味を添えます。人間ごときが味をつけるなんてもってのほか。つけるんじゃなくて添えるんやね。ゆがいてやわらかくなった大根に鯛味噌や柚子味噌を添えたらふろふき大根ができました。これが日本料理のしくみで、水を中心に構成されています」

 また、食材が変化して調味料になる過程でも水が介入している

「イネという植物がありますね。育ったら水で炊いて飯になります。これに麹菌を加えると酒になる。酒は酢になります。米に水と麹と麦と大豆を加えると、醤油や味噌になります。うるち米でなくてもち米で麹と焼酎を入れたらみりんです。火の料理と言われる中国料理や、ブドウが大事な欧米料理が土の料理だとしたら、全部水からできている日本料理は水の料理と言えるでしょう。だから、僕は水を大切にしないとどんな料理もおいしくならないと思っています」

北政所の御用水として使われた「菊水の井」(京都市下河原町)

Yoshihiro Murata
1951年生まれ。大学在学中に渡仏してフランス料理を学び、卒業後、日本料理の道に入る。現在、「菊乃井」本店、「菊乃井 露庵」、「赤坂 菊乃井」、「無碍山房」を経営。日本料理アカデミー理事長など要職を歴任し、2013年「和食」のユネスコ無形文化財遺産登録に尽力した。2018年黄綬褒章受章。著書に『和食のこころ』(世界文化社)ほか多数。2018年に文化功労者に選出。

今津朋子=取材、文 富岡 敦=撮影

本記事は雑誌料理王国300号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 300号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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