伝説の「PL花火」はなぜ姿を消したのか?南大阪で始まった新たな花火とは
かつて南大阪の夏の風物詩として存在していた「PL花火」。
昭和・平成の時代に夜空を昼間のように明るく照らし出し、圧倒的なスケールで人々を魅了していました。
令和に入り休止状態となったPL花火の記憶を想起させるように、近年新しく存在感を高めている花火大会が「サマーブロッサムナイトin狭山池」です。
今や伝説となったPL花火の歴史を振り返りながら、その記憶を受け継ぐように広がる、狭山池の新しい花火への流れを紹介します。
南大阪の夜空を昼間に!PL花火という「昭和・平成の巨星」
大阪府富田林市。この町に初めて来た人が驚くのは、画像の巨大な白い塔ではないでしょうか?
これはパーフェクトリバティ(PL)教団の大平和祈念塔で、世界の戦争犠牲者の霊を奉祀しています。
PL教団で有名なのは、かつて大阪の高校野球の強豪校で清原や桑田らを輩出した「PL学園」かもしれません。
PL教団の公式サイトによれば、PL教団とは”おしえおや”によって開示された「人生は芸術である」という真理に基づいて人間表現の本質を探究し、幸せと世界平和の実現に貢献することを目的として立教されています。
現在の本部が富田林市にあり、そこに大平和祈念塔があります。
昭和から平成にかけて、8月1日になるとPL花火芸術が行われていました。
PL花火芸術は、初代・二代教祖の遺徳を讃える祭(教祖祭)の中の一行事のひとつです。
1953(昭和28)年にスタートしたPL花火は打ち上げ数が多いことで有名で、一時は「10万発」と称されました。
夜空を文字通り「真昼」に変えた伝説の「彩色千輪菊(さいしょくせんりんぎく)」の凄まじさは、今でも地域の人の語り草です。
そんな花火を見ようと教団関係者や地域の人だけでなく、関西の各地から富田林に殺到しました。
8月1日当日は、近鉄南大阪線・長野線・道明寺線等で「PL花火臨」と呼ばれる臨時列車も走りました。
他にも、人間国宝・桂米朝の落語『地獄八景亡者戯』の中でPL花火のことが含まれたり「裸の大将」として有名な山下清が『富田林の花火』としてPL花火を描いたりするほど、南大阪一の夏の風物詩でした。
突如として途絶えた灯火。コロナ禍がもたらした「異例の静寂」
2020年、突如世界を襲ったパンデミック、記憶に新しいコロナ禍により、他の行事・イベント同様にPL花火芸術も中止となりました。
コロナが落ち着いた2023年以降、イベントや行事は次々と復活しますが、PL花火だけは復活することなく休止が続いています。
実はその予兆は2010年代からありました。
年々規模が縮小され、かつて存在した有料観覧席も廃止となっていったのです。
筆者も心当たりがあります。それは以前、大平和祈念塔の中を見学させていただいた時のことです。
案内してくれたPL教団の関係者の方は「ビール片手に塔を見学に来る人もいて…」と、本来の目的と違う観光客が塔に見学に来ることを嘆いていました。
その言葉は、PL花火芸術を教祖祭の一環として大切にしてきた教団側の思いを示しているように感じられました。
公式発表なき幕引き。タイムラインから消えた「事実上の終了」の謎
コロナ禍を機に休止状態となって以降、再開の情報も廃止の情報もないまま、2026年現在に至っています。
今年も情報が全くありませんが、地域の人は「もう復活することはないやろう」と悲観的に見ています。
今、PL花火の話題と言えば、かつての素晴らしい往時を懐かしむ人たちの声が中心です。
「あの時は、これだけの人がここにきてたんや」というような話を聞くたびに、富田林を中心とした地域の人々のPL花火に対する強い思いを感じたのです。
結局なぜPL花火休止が続いているのか?明確な理由は不明です。
わかっていることは、2026年も花火大会復活、廃止といった情報は一切流れていないということです。
奇妙なバトンタッチ?新星「サマーブロッサムナイト」へ受け継がれたDNA
このように、南大阪の人たちにとってPL花火大会は、地域の誇りでした。
そんな中で、隣の大阪狭山市の狭山池で花火大会が行われるようになったのです。
・2022年8月13日 夕暮れマルシェ 花火nightの一環として狭山池北堤で花火が打ち上げられる
・2023年7月22日 狭山池花火ナイト2023(20時から5分間の打ち上げ花火)が開催
・2024年8月1日 桜まつりサマーブロッサムナイトin狭山池2024 開催
2024年以降は明らかにPL花火の後継を意識し、PL花火が開催された8月1日開催となりました。
もちろん、公式に桜まつりサマーブロッサムナイトin狭山池が「PL花火の後継」とのアナウンスは一切ありません。
単なる偶然か、あるいは見えない意志のバトンかはわかりませんが、実質的な後継花火大会として、南大阪の夏の灯火を繋ぐ結果となりました。
会場は1400年の歴史を持つ日本最古のダム式ため池「狭山池」
では、PLに代わって花火大会の会場となった狭山池とは、どういう池でしょうか?
狭山池は岸和田の久米田池に次いで大阪府内で2番目に大きい日本最古のダム式ため池で、池の北側には狭山池博物館があります。
狭山池は『古事記』や『日本書紀』にもその名が登場し、国の史跡に指定されています。
過去に行基や片桐且元といった歴史上の著名人が池の改修に関わってきました。
現在は治水ダムの役割も兼ね、周囲約2.8kmの遊歩道は桜の名所や憩いの場として親しまれています。
水面が作り出す「天然のスタジアム」。360度から包み込む音と光の魔術
桜まつりサマーブロッサムナイトin狭山池は、狭山池の独特な「四方を堤防に囲まれた構造」に注目しました。
池の前には遮るものがありません。まるで、古代ローマのコロッセオ(スタジアム)のように芝生に腰を下ろして花火大会をみることができます。
特に花火が良く見られるエリアには、有料席が設けられています。
明るい時間には数多くのキッチンカーが集結し、飲食を楽しみながら、花火を待ちます。
時間となり花火が上がると、池に反射し水面に「逆さ花火」が写り込みました。
PL花火とは異なる、観客を360度から包み込む新たな体感型空間が今年も堪能できるでしょう。
2026年・8月1日の奇跡。形を変えて生き続ける「南大阪・夏の記憶」
現在、すっかり地域の新たな風物詩として定着したサマーブロッサムナイト。
時代が変わり、花火の形や主催が変わりました。
しかし、「8月1日前後に南大阪の夜空を見上げる」という人々の熱量と記憶は死んでいなかったのです。
「PL花火のDNAが形を変えて狭山池花火として生き続ける」今年も8月1日の南大阪は、暑い夏の夜となるでしょう。
聞き取り:PL教団の関係者、地元の人々
参考文献: パーフェクトリバティ(PL)教団公式サイト
大阪狭山市公式サイト/狭山池博物館の説明板
文 / 奥河内から情報発信 校正 / 草の実堂編集部