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1980年代のエモいアイドル再評価【沢田富美子】いまや純資産100憶超えの不動産クイーン

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1981年04月01日 沢田富美子のデビューシングル「ちょっと春風」発売日

連載【1980年代のエモいアイドル再評価】vol.6〜沢田富美子

青天の霹靂に該当するアイドル


青天の霹靂とは、晴れ渡った空に突然起こる雷のこと。予想だにしない出来事が起きてしまう様子を指し示す言葉である。1980年代のアイドル歌謡界においても、この青天の霹靂と呼ぶべき出来事が多々起きたものである。例えば歌良し、器量良しのムスメがアイドル歌手としてデビューしたものの、予想を大きく外して鳴かず飛ばずになるという事例が存在するからである。

本コラムにて語らせていただくアイドルは、まさしくその青天の霹靂に該当するパターンとなる。ということで、いつもの習わしに従い、デビュー当時に公表されていたプロフィールから振り返ってみることにしよう。

▶︎ 本名:沢田富美子
▶︎ 生年月日:昭和36年12月18日 いて座
▶︎ 出身地:愛知県名古屋市
▶︎ 身長:156センチ
▶︎ 特技:英会話、タイプライター
▶︎ 趣味:乗馬、水泳、スキー、料理、読書
▶︎ 好きな食べ物:チョコレート、ケーキ、フルーツ
▶︎ 好きな歌手:オリビア・ニュートン=ジョン、ボズ・スキャッグス、ジャクソン・ブラウン
▶︎ 所属:渡辺プロダクション
▶︎ キャッチフレーズ:じっと見つめて…

付き添いで行ったスクールメイツのオーディションでスカウト


幼少時より、父親の仕事の関係で日本各地を転々とする生活を送っていたという沢田富美子(以下:フミタン)。甘えん坊でロマンチストだったという彼女は、絵に描いたような夢見る少女風ビジュアルの持ち主で、近所では美少女として知られた存在だったという。愛知県名古屋市で産声を上げてからは、千葉県 → 山口県 → 兵庫県 → 福岡県… と転勤に伴う引越が相次いだことで非安住型の生活を余儀なくされた。しかも、テレビは自由に見せてくれないという、大変厳しいご家庭育ち。そんな格式高い家柄で育ったフミタンであるからして、そのご趣味や特技、そしてビジュアルから垣間見られるとおり “深窓のお嬢様” そのものなのだ。

福岡に住んだ中学生時代には放送部に所属、その恵まれた美声を活かし校内アナウンサーを務めていたというのだから麗しいったらありゃしない。当時開催の素人アナウンサー大会では個人の部において金賞を受賞したというのだからアッパレである。なんでも、会場にいたNHK関係者からは “大学を卒業したらぜひウチへ…” という、めいっぱいのラブコールを受けたというのだから、その天性の素質はモノホンだったとお察しする。

ちなみに、福岡の次の住所地となった石川県金沢市では、知り合いのピンチヒッターとしてモデル業を経験。全日空や資生堂といった大手企業の販促物にフミタンの顔がババーンと掲載されたらしいが、この顔バレによってフミタンの私生活はパニックに陥ってしまったという。というか貴女… モデル業を引き受ける上でその結果とやらはおのずと分かっていたのではないかしらん? まぁ、この手法については昭和アイドルによくありがちの純真無垢を装うエピソード作戦ってことで? ひとまずは目をつぶりたいと思うのである。

そして、この後くらいに友人の付き添いとして行ったスクールメイツのオーディション会場にてスカウトを受けたというのが、アイドルデビューに繋がる芸能界入りのキッカケになったのだ。これまた “出た~!” といった風のよくあるエピソードではあるが、フミタンほどの美少女ならば友人の付き添いのつもりがいつのまにか… は起こり得る話だろうナと、無理やりだろうがなんだろうが自らの腑にストンと落とし込むのである、その友人の立場についての考察はさておき…。

デビュー曲「ちょっと春風」は、聖子ブランドで勝負


その後は堀越学園に編入、学校通いとレッスンに明け暮れる日々を送りながら高校3年生としての1年を費やしたという。歌手になるべく本格的な特訓は続けながらも、将来を見据えて、慶應義塾外国語学校付属の専門学校で英語を学んでいたという真面目な一面も覗かせる。いわゆるプレデビューと位置づけられているシングル盤「ノリマリーナ・ミーシャ」(註:テレビ朝日系アニメ『こぐまのミーシャ』主題歌 / 沢田冨美子名義)は、このレッスン時代にレコーディングされ発売に至ったということになる。

そして機の熟した1981年4月1日、「ちょっと春風」という曲を引っ提げデビューを果たしたのだった。所属は天下のCBS・ソニー、プロデューサーは若松宗雄、楽曲の布陣は松田聖子初期3部作で知られる三浦徳子&小田裕一郎コンビという、純度の高い聖子ブランドで勝負を賭けたのだ。

春の陽だまり、心地よい春風を感じさせるアレンジ、そして頭サビでカマされるファルセット必須の高音域パートが白眉であり、フミタンの美声を十二分に活かした作りだ。天まで届け式ファルセット… とでも命名したいくらいのハイトーンボイスは特筆に値するもの。その楽曲構成と相まって歌手としての素質を大いに見せつけた。この楽曲を初めて耳にした時 “これは売れる!” という、心の奥底からフツフツと沸きあがってくるような高揚感で胸がいっぱいになった感覚は今でも覚えている。

もちろん、このデビュー曲の売上をブーストさせるためのお膳立ては万全だった。それが雪印のアイスキャンディー「ポップアップ」という商品のテレビコマーシャルだ。

 押せば出る、押さなきゃ出ない

という紹介ナレーションどおり、チューブ型の容器に収められたフルーツ味のアイスキャンディーを指でムギュっと押しながら食べるという趣旨の新製品だったのだ。このテレビコマーシャルにはフミタン本人も出演、この新製品を元気はつらつのイメージでアピールする絵面だった。フミタンは出演のみにとどまらず、デビュー曲「ちょっと春風」がコマーシャルソングとして流され、大手プロダクション所属の新人歌手・沢田富美子の売り出しに加勢したのである。

ちなみに、テレビコマーシャルで流されたバージョンはレコード音源とは異なるものであり、正規歌詞の「♪ポップなラブ・フィーリング」を「♪ポップアップ・ラブフィーリング」に差し替え、商品販促としての目的をシッカリ果たしていたことを書き加えておこう。

まさかヒットチャート100位の壁を打破できないなんて…


お膳立てがバッチリ整ったフミタンのデビュー曲「ちょっと春風」はヒットチャート180位に初登場。その後は175位 → 169位 → 124位 → 144位と乱高下しながら、ピークとなる114位につけたのは初登場から6週目のこと。“えっ? なにこの低空飛行… まさかここがピーク?” と誰しもが耳を疑うだろうが、これがまさしく事実であり青天の霹靂そのものだったといえる。同時期に「ちょっと好奇心」という曲でデビューした矢野良子(RCAレコード / ニューバンブー音楽事務所)とは “ちょっと被り” とマニア界隈で騒がれ、これを “ちょっと戦争” と名付けて各々のチャート動向を見守った。これら2曲はデットヒートを繰り広げたが、いずれも水面下(101位以下)での争いのまま終戦、1981年という年度の異変を浮き彫りにさせたのである。

この年度の異変とは、いわゆる女性新人歌手におけるド不作を指し示す。各大手レコード会社や芸能事務所が期待の新人歌手を例年どおりに送り込んだものの、ヒットチャートのトップ100にチャートインできた女性新人歌手はごくわずかという惨状。このド不作は、特に純粋な女性アイドルたちに悪影響をもたらし苦しめまくったのである。同年デビューで顕著な活躍を見せた女性アイドルとして伊藤つかさを思い出すが、彼女は劇団所属の女優畑、やる気まんまんのキャンペーン展開や最優秀新人賞に虎視眈々といった立ち位置の歌手たちとは趣が異なっていたことを付け加えておくことにする。

1981年のド不作の原因として考えられるのは


1:松田聖子、河合奈保子等の1980年デビュー組の活躍が続き、世間の目がソチラへ一点集中?

2:近藤真彦を軸にして、女性アイドルよりも男性アイドルにズームイン?

3:所属事務所が試みた新プロモーション体制が裏目に?

あたりだろうか。この年度の渡辺プロダクションは班制度を導入、1981年度は5班制として5人の女性新人歌手を同時にプロモーションするという新体制で挑んだ。フミタンの他、和泉友子「青い水平線」、若杉ひと美「ヨシオちゃん」、速水陽子「い・か・が」、伊庭紀子「あなたのせい」を揃えたが、これらの中である程度の結果を残せたのは非アイドル的なポジションで売り出した速水陽子のみ。残り4人は惨敗と相成った。しかもフミタンと和泉友子はレコード会社までカブっている。一体どういうことなのサ⁉ よく言われるデビュー時の年齢についてはさほどの問題ではなかっただろう。なぜなら、この時代くらいまでは18歳前後でデビューするのが主流だったからだ。

また、4月1日発売の「ちょっと春風」からセカンドシングルの発売に至るまで5か月以上もの期間を空けてしまったのはすっぱい失敗といえる。9月21日にようやく発売に漕ぎ着けた2枚目「風のシルエット」はデビュー曲の延長線上に位置した佳曲だったが、当初の7月発売予定から大きく出遅れることに。タイトルも「乙女の祈り」として告知されていたが、こちらも変更というスッタモンダが起きたのだ。7月から2か月もノビノビになった理由はなんなのか? 当時中1の少年だった筆者ですら “遅っ” と感じてしまうほどの間延び感であり、3か月ごとのクール遵守が基本とされていたアイドル歌手の第2弾が…! 政治ネタとしてよく耳にする財源が… 問題ではないはずなのだが… “が… ” を発動せねばならない、なんとも解せないブランク事件簿だったのである。

まぁ、四半世紀近くも前のことを、こうしてグジグジと書き連ねたところでどうこうなるものではないことは分かっている。しかも現在のフミタンは不動産投資家として大成功を収め、純資産100憶超えの不動産クイーンとして押しも押されもしない億万長者におなりあそばせているのだから。あの時こうだったらああだったらのタラレバをノタまったところで、あまり意味は持たないのかもしれないが、売り方によってはアイドル歌手としても成功を収めることが出来た逸材だったのでは? と悔やんでしまうのである。こうして、またもやおんなじ思考をグルグルと巡らせはじめる悪癖が抜けず、自身のヲタ気質に嫌悪を感じてしまう筆者なのであ~る。

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