VHSテープがなぜか人気な、西早稲田の自転車店を知ってる?
聞き慣れない店名『リピト・イシュタール』は、古代メソポタミアの王様の名。父親が受け継いだ名をそのまま使っているだけだが、自転車からVHSまで扱う風変わりな店にマッチしている。
「Lipit-Ischtar(リピト・イシュタール)」田中かずや
188×104㎜の懐かしさとカッコよさ。
音もジャケットも味のあるレコードやカセットテープが復活して久しい。てなると、そろそろ「VHSテープ」の出番だろう。
12.7㎜のテープが入った無骨なカセットを通して、スタローンやメル・ギブソンの勇姿に胸踊らせ、ジェニファー・コネリーやウィノナ・ライダーに恋した人も多いはず。懐かしいだけじゃなく、ジャケもそのサイズ感も新鮮だ。
「特に輸入物の紙製ジャケットは少しヤレても味がある。部屋の棚に思い入れのある作品を飾るなんて、いい感じじゃないですか?」
そんなVHSの魅力にいち早く気づき、インテリアとして提案している田中かずやさんは言う。
田中さんは’90年代のアクションやホラーやラブコメ映画のVHS、そして玩具や古着などを雑多に扱う、自転車店のオーナーだ。
いや、書き間違いじゃない。
『リピト・イシュタール』は地域に根を張る“町の自転車店”。なのに、人気商品はなぜかヴィンテージのVHSテープなのだ。
店は東京メトロ副都心線・西早稲田駅から徒歩2分。そもそもあった自転車店の隣に、アメリカントイやVHS、古着を販売するスペースを増設した。目印はベイダー卿をカスタムした自作看板。謎の世界観が大人の子ども心を刺激する
古着好きの知見を、ラルフ・ローレンで活かす。
元々父親の店だった。競技自転車の選手だった父は丸石サイクルに勤務。’80年代終わり頃、同社が神田につくった自転車と雑貨を扱う店の店長を務めていた。
その店名が『リピト・イシュタール』。退職後、屋号ごと引きとり現在の場所に個人経営の店として’02年に再オープンさせた。
「立ち上げて2年くらいは僕も店を手伝っていたんです。イラストを描きながら、でしたけどね」
当時、田中さんは27歳。マンガ賞をとる画力を持ち、その後、イラストレーターをしていた。
「ただ結婚を前に30歳で絵も自転車店も辞めて転職したんです」
転職先はラルフ・ローレンだった。’90年代に10代だった渋カジ世代。地元の埼玉から原宿や高円寺まで遠征してビッグEや両Vスウェットを掘り、上野の古着店でバイトするほど服好きだったからだ。
それは武器にもなった。
「販売員として成績が良かったんですよ。ラルフは古着のアーカイブをモチーフにした服が多い。だから店頭で『このチンスト効いてますよね』『猫目ボタンがいいんですよ』とか、散々掘ってきた古着の知識を伝えたりしてたので」
結果すぐ店長になる。結婚もして仕事も生活も安定させていた。
しかし2011年、『リピト』に戻る。量販店に押され、売上・利益を落としていたからだ。店を残したい父の思いを汲み、戻る決意をした。勝算もあった。
「スタイリッシュに、女性が入りやすい自転車店に変えたんです」
着想はラルフ時代に得たものだ。メンズの店にいたが、平日の来店客は女性ばかり。しかし夫や彼氏向けのプレゼントを求める人が多く、結果、休日に彼女たちがパートナーを連れて再訪した。
「自転車でも女性に支持されれば、男女関係なくお客様が増えると」
店をリニューアル開店日の前日、14時46分に突然、床のウッドが揺れ、部品棚が崩れ落ちた。
「3.11、東日本大震災でした」
これが店には追い風になる。地震で電車など止まり、自転車があらためて見直されたからだ。女性はもちろん顧客が増大。売上はリニューアル前の3倍に膨れた。
「コロナも同じ。社会が大変になると自転車が売れる。ただ……」
2022年にコロナ禍が収束すと、世の自転車熱が冷めた。店の在庫スペースがぽっかり空いた。
そのスキマにVHSが入る。
フジやTernのクロスバイクからおしゃれな電動自転車まで扱うスタイルのある「町の自転車店」が、第一の顔
祖父の形見で導かれたVHSへの道。
古着を掘るのが好きだったようにアメリカントイや旧い雑貨などもよく掘り、集めていた。店の空きスペースに、まずそれらを置く。
「もう自分の好きなものを置いちゃえと。ただ最初は全然売れず」
繁華街とは程遠い西早稲田では、個性が強すぎたのだろう。そんなとき、祖父が亡くなった。形見としてテレビデオが田中家に。『コレ、店のゴチャゴチャしたとこに置いたら?』。母からの助言とも体の良い押し付けともいえる一言がブレイクスルーになる。
「店に置くと、2周回って『テレビデオ格好いいな』と。『そういえばVHS、良いかもな』とも」
ネットを漁ると、映画のDVDが廉価で買えた。特に輸入盤の紙ジャケがやけに魅力的だった。店を彩るインテリアとして好きだった作品を買って並べてみた。
「ざっと1000本くらい」
多すぎる。それが良かった。『なぜか映画のVHSが大量にある自転車店がある』と映画好きがざわついた。口コミで客が増え、その中にマルイのバイヤーもいた。
「『ポップアップやりませんか?』と声をかけられたんです。最初は自転車店で探していたらしいんだけど、『この雑貨の雰囲気でやりましょう』って誘われたんです」
そして2024年、新宿マルイメンにポップアップストアが誕生。懐かしい雑貨と古着とともに、テレビデオをVHSが並んだ。
「ヤバい。『ダークマン』ある!」「ダーティハリー好きの親父のプレゼントにいいかも」「Gosh!!」
国内外から人が集まる日本有数の繁華街で、田中さんのセレクトはハマりすぎるほどハマった。
まずは店のファンがじわじわ増えた。さらに映画館にVHSとテレビデオを設置、ロビーを盛り上げるビジネスも仕掛け始めた。最近は田中さんセレクトでミニシアターでの特集上映まで進行中だ。
「50歳過ぎて新しい世界と友人が広がった。嬉しいですよね。そもそも100%好きなモノを本心で勧められる喜びったらない」
こうして進化した『リピト・イシュタール』は今日も営業中。VHSと雑貨とオーナーの満面の笑みがある最高の町の自転車店だ。
雑多な中でも、オリジナリティを色濃く反映させているのが、輸入物を中心とした映画VHS。紙ジャケで味のあるこいつをインテリアやプレゼント用として提案する。旧くて新しい
第二の顔がコレ。ラジカセ、ジャッキー、ゲームボーイなどが気分をあおる、センスに溢れる雑貨の店でもあるのだ
「ヴィンテージのVHSで生活を彩る」という提案。
「いったい何の店だっけ?」と脳がバグる、自転車以外の『リピト・イシュタール』の品揃え。輸入盤VHSビデオのパッケージと、そのイカしたグラフィックを愛でるのが、田中さんからの提案だ。「自宅や店舗のインテリア、またはその作品が好きな人へのプレゼントとしても喜ばれています」。
TSUTAYAというよりブロックバスターを思わせる、輸入盤ビデオがズラリならんだ姿。’80〜’90年代の作品が多いのは、当然、田中さんの好み。つまり団塊ジュニア世代垂涎のラインナップです。お、『ゴースト・ドッグ』あるじゃん、みたいな。
レーザーディスク
レコードのLP盤と同じサイズでインテリアとしても人気あり。「海外のお客さんはカタカナタイトルがついた日本語版を好みますけどね」
『ファーゴ』のVHS
’90年代に一世風靡したコーエン兄弟の『ファーゴ』。ゆるいけど緊張感あるサスペンスの名作だ。「実はジャケットに何タイプかあってこれは三つ折りのデザインが素晴らしい」。ASK
VHS HOLDER
デザイン&プロダクト制作のChain&co.に別注したアクリル製のVHS専用ホルダー。「ビデオをカッコよく飾るための専用台です」。3000円
コラージュビデオテープ
コラージュアーティストSKIFF氏と共がVHSにコラージュを施したオリジナル。全て一点ものだ。めちゃくちゃクール。各1万5800円
Video Speaker
ヴィンテージラジカセ類を扱う『スタビリティターン』とのコラボでつくったVHSテープスピーカー。Bluetooth接続可能です。1万8900円
【DATA】
Lipit-Ischtar
東京都新宿区大久保3-13-1-103
TEL03-5155-6412 11時〜19時 水・木曜休