希少がんがほぼ確定して地獄のなかにいる
希少がんらしいです
「たいしたことないだろう」と思いながら、お気楽に大腸内視鏡検査を受けたら、がん疑いの結果が出た。
お気軽に大腸内視鏡検査受けたら癌疑いの診断が出た話
上の記事は、市大病院に行くことになった、というところで終わっている。
つづきを書きたい。
なお、最初に断っておくが、おれは自分のがん(今回の記事から「癌」ではなく、より広い範囲を示す「がん」という言葉を使う)についていろいろと調べたが、そのソースへのリンクは貼らない。
用語などについても自分の言葉でいちいち説明することはできるだけしない。
あくまで自分は一患者の素人であり、下手に書いて誤解が広がるのはよくない。いや、おおいに誤解しているのに違いないし、間違った思い込みを書くのだから、あえてリンク先を巻き込むようなことはしたくない。
あくまで、がんに巻き込まれた一人の患者の気持ちを書く。それ以上の情報は、自分で検索して、調べてほしい。
閑話休題。上の記事を書いてすぐに、おれは市大病院に行った。市大病院という表記は正確ではないが、おれのなかでは市大病院なのでそう書く。
市大病院で最初に診察してくれた医師は、内視鏡部の部長であった。ドアを開けた瞬間、「若いな」と言われた。
そういうあなたは……年齢がよくわからない。どこかで見たような雰囲気だと思ったが、あとになって「元プロ野球選手に例えるなら中田翔だな」と気づいた。
その医師が、クリニックからの紹介状を開く。おれがコピーを渡された病理検査の原本も入っている。
が、医師はこう言った。「あれ、写真とか渡されてない?」。「いや、紹介状はそれが全てです」。
なんと、クリニックの医師は「御侍史」の紹介状に写真を入れ忘れたらしいのだ。「あの先生よくやるんだよな……」などと言う。
が、おれはバッグの中を整理しない人間である。「あ、でも、検査後にもらった写真持ってます!」といって、問題のポリープ写真を渡した。
渡したら、医師の顔色が変わったような気がした。なにやらまずいという雰囲気を醸し出した。
「これ、クリニックの先生は脂肪腫の可能性とかいってるけど、ぜんぜん違うよ。これはNETというやつの可能性が高くて、がんと混じっているとかなりよくないことになります」。
かなりガツンと予後不良と言われた気になった。
が、そんなことを深く考える間もなく、「今日のこのあとの予定は?」などと言われて、すぐにその日のCT検査の予定などを入れてくれる。
そして、「明後日来られます? 内視鏡、自分が見るので」。
そのほか、同居している家族はいるのか、重要なことは自分ひとりにつたえるだけでよいのかなどを聞かれた。近くに母親が住んでいるが、おれはひとりだ。ひとりで決めなくてはならない。
診断が終わると、その日はできる限りの検査をした。採血、心電図、レントゲン、そしてCT。CTを受けるのも初めてだった。造影剤を流されると下半身がフワッと熱くなった。
ついこないだもらったばかりなのに、またモビプレップのセットなどをもらって帰った。
モビプレップをもらうときに、「食事制限は前日からでいいんですか? このあいだは四日前からやりましたが」と言ったら、変な顔をされた。
NETとはなにか?
さて、その日、検査と検査の合間に、おれはさっそくiPhoneで「NET」について調べ始めた。これについては多少説明しておかなければいけない。
NETとは「Neuroendocrine tumor」という言葉の略で、日本語にすると神経内分泌腫瘍、ということになる。以前はカルチノイド(がんもどき)と呼ばれていたが、悪性度への誤解などがあるとのことで、呼び名が変わったという。
カルチノイド……。
「カルチノイド腫瘍が疑われましたので、免疫組織学的にクロモグラニンAの検索を行いましたが、陰性でした」
とは、最初のクリニックの病理検査の結果に書かれていた言葉である。
病理検査でカルチノイド(=NET)が否定されているのに、NETに見える? これはよくわからない。よくわからないし、あとあと問題になってくる。
が、その時点で「がんと混ざっていると」みたいな話をしていたなと思う。そうなると、MiNENというかなりレアな状況なのではないだろうか。
おれはかなりまずいことになったな、と思った。死ぬのかもしれないと思った。自分でも意外なほどにすんなり、そう思った。そう思いながらも、押し寄せてくる検査などの流れにとりあえずは身を委ねた。
大腸内視鏡検査、再び
最初の市大病院の受診の次の次の日、おれはまた市大病院にいた。また、モビプレップで腸内を洗浄して、だ。
ただ、ほかに飲んだ薬は違った。前日の夜にマグコロール散というのを飲んだ。これがかなり強烈だった。さらに朝からモビプレップ。今回は準備期間が短かった(というか当たり前だろうか)のもあり、全量を飲んだ。もうこれ以上は液体以外出ないという状態だ。
また、大腸内視鏡検査。着替えなどの準備をし、点滴の注射をミスされるなどして、尻を突き出して横たわった。今回はモニタが遠くて見えない。
「そろそろ先生が隣の部屋の検査を終えて来ますので」と言われる。おれはできるだけ心穏やかにと、目を閉じていると、先生がやってきって、腕をバンバン叩いた。「後で話があるから」。
今度の内視鏡検査は……なんというか、すごく楽だった。隅から隅まで見るわけではないのだろうが、一応は奥の奥までカメラは進んだと思う。曲がり角では少し違和感があるが、たいしたことはない。なにより楽だったのは、空気を入れてこないことだった。
前回の内視鏡検査は、腸の中に空気をバンバン入れられて、お腹が張って苦しいことこの上なかった。
ちなみに、お腹に空気を入れられた体験を、内視鏡体験者に話すと、「なにそれ?」という対応が多かった。おれが最初に行ったクリニックは、なにかこう、特殊なのか?
それよりも、今の内視鏡だ。問題のポリープに立ち戻ると、生検を二つとった、感じがした。
医師が「どう見てもNETなんだよなあ」と言うのが聞こえた。カメラが腸から出ていった。
すると、医師がおれに向かってこう言った。
「手術、手術!」
手術。内視鏡でチョキンと切るわけにはいかないということだ。予想はしていた。
「ポリープの大きさは11mmで、手術になるから」。
少し虚ろな頭で「はい、大腸NETですか」などと答える。
さらに畳み掛けるように、今後の日程の予定を聞いて、
「一昨日のCTの結果でも出ているから、PET/CTっていうのを受けてもらうから、このあと、べつの先生のところに行って」という。
それと同時に、「看護師さんに「◯◯(最初のクリニックの名前)さんのプレパラート回収して!」というのが聞こえた。
「次は11/20、自分と、外科の先生の話になるから」というので、「11月ですか?」と聞き返した。そのくらいの余裕はあった。
その後おれは、車椅子に載せられ、リカバリールームというところに連れて行かれた。
リラックスできるチェアがカーテンで仕切られており、内視鏡検査を終えた人間たちが一時間休む。指先に心電図みたいなのを計測するやつを挟まれて、チェアの右後ろで「ピッ、ピッ」と音がする。部屋の中の複数の心音が重なって聞こえてきた。
リカバリールーム。リカバリーするどころではなかった。休まるどころか、眠るどころか、目も頭もガンガンに冴えた。
「手術? 手術するのか? となると、やはりNETの根治手術ということになる。ということは、肛門に近いおれの腫瘍位置からしても、人工肛門が避けられないだろう。血便一回、ポリープ一つで人工肛門になるのは割に合わない気がする。とはいえ、ちらりと言われたCTの結果ではリンパ節への転移とも言われていた。切るしかないのだろう。どのくらいの手術になるのだろう。もちろん入院も必要だろう。いくらお金がかかるのだろう。人工肛門の生活とはどのようなものだろう。自分にも扱えるのだろか。これまでと同じように生活できるのだろうか。もちろん、できないことも多くなるだろう。それにしても、なにか割に合わない気がするが……」。
そんなことを一時間、ぐるぐるぐるぐる考えていた。
リカバリーを終えると、次に向かったのは消化器科の先生のところだった。なんの話だろうかと思ったら、PET/CTの予約の話であった。
おれは隙があれば「人工肛門ということになりますか」とだれかに聞きたかったのだが、そういうチャンスは本当になかった。
その先生には、PET/CT検査はこの病院ではできないので新横浜に行ってもらいますと言われた。そして、紹介状のようなものを、市大病院のなかの他病院と連携する窓口に持って行くように言われた。
その窓口は、モビプレップを渡されたのと同じ窓口だった。おれが入るとすぐに、「□□病院(さきほど言われた検査専門の病院)の件ですね」と言われた。
話が早い。すぐに日程の話になる。その日は10/3の金曜日だった。すべての検査結果を聞き、手術の話を聞くのは10/20だ。早ければ早いほどいいだろうというか、すべて早く終わらせてしまいたいという気持ちから、一番近い日程である10/6月曜日を選んだ。なんとおれには双極性障害という持病もあるので、朝起きられない可能性もあるので午後にしてほしいと頼んだ。
その方向で話が進んでいたが、さきほどの医師の書面になにか問題があったらしく、カウンターの向こう側に三人の事務員さん(看護師さん?)が集まって話を始めた。
「……これだと保険適用にならないんじゃないですか?」とか言っている。
結局、先程の先生に電話を入れて、なにかチェック項目など書き換えて予約が決まった。
あとから知ったことだが、PET/CT検査はがんの診断がついている人間にしか保険が適用されないらしい。
考えてみたら、おれははっきりと「あなたはがんです」と宣告されていない。だが、知らない間にそういうことになっている。意外にそういうものかもしれないし、自分の場合はがんはがんでも希少がん、直腸NETだからそうなのかもしれない。
ちなみに、いつの間にか渡されていたCTの検査報告書にはこう書かれていた。
画像診断:直腸癌の疑い/ひだり傍直腸結節:リンパ節転移の可能性を否定できません。PET/CTなどでもご確認ください
所見:直腸のRbひだり側に造影増強効果を示す1cm程度の領域があり、直腸腫瘍を見ている可能性があります
その他、結腸に憩室を散見します
ひだり傍直腸に径2cm程度の結節があり、内部は淡い高濃度を示します。リンパ節転移を否定できず、PET/CTなどでもご確認ください
長い長い診断の日まで
月曜日、おれは北新横浜駅という聞いたことのない駅まで行った。検査専門病院でPET/CT検査を受けた。
PET/CTとはなにか。陽電子放射断層撮影のことである。放射線を出す薬を体内に入れて、身体の中を見る。自分の人生に陽電子が関係することになるとは思いもしなかった。
薬が体内に平穏に行き渡るよう、検査前に一時間、まったく無の空間で過ごさなくてはならなかった。意外に短く感じられた。支払いは保険適用で3万円であった。おれの手取りは19万円である。
PET/CTの検査結果は市大病院に直接行く。これにて、おれの検査はすべて終わった。
最初のクリニックで採取した生検の再検査、市大病院でとったサンプルの検査、CT、PET/CTの結果。これらの結果がすべて合わさって、おれの手術内容が決まる。
PET/CTの検査が10/6。結果を聞くのが10/20。それまでおれは、なにか宙ぶらりんの状況に置かれる。
がん、おそらくは希少がんであることはほぼ確定している。手術が必要なことは告げられている。だが、どのような手術が行われ、その結果、おれの身体がどうなるのか、まったくわからない。
正直言って、おれはかなり怯えている。怖がっている。かなり辛い思いをしている。そのことで頭が一杯で、ほかになにも考えられず、身体は動かず、動いてもスローモーションで、朝も満足に起きられない。
それでも、頭になにかを考える隙間があれば、がんのことばかり考えてしまい、その考えが止まることはない。
……というようなことを、月に一度の精神科クリニックで言った。水曜日のことだった。
「それは人間の正常な反応だから」と言われた。おれはそう言われると思っていたので、「そうですよね」と応えた。
おれには抗精神病薬と抗不安剤と睡眠薬が出ている。これ以上出す薬もない。精神科医が魔法の言葉を持っているわけでもない。そんな言葉があれば、あらゆる医師も、あるいはそこらの人もそれを口にしていることだろう。
というわけで、おれは頭のなかがぐるぐるしてとまらない。少し整理させてほしい。
まず、「たいしたことなかったから、ちょこんと切って終わりだよ」という可能性。これは低いように思われる。
NETはそういかないし、もうCTでリンパ節転移が指摘されている。ないわけではないだろうが、可能性は低い。
もうひとつ極端なことを想定すると、「もう転移しまくっていて手遅れだから、抗がん剤と放射線治療になります」ということだ。
これは楽観になるが、あまりないのではないだろうか。市大病院の内視鏡医も「一刻を争う状況ではないから」というようなことを言っていたように思う。
手遅れで一刻を争う必要がないという可能性もないではないが、CTの診断報告書からもそこまでたくさんの転移は無さそうに思えた。もちろん、PET/CTでたくさんの転移が確認される可能性もあり、手術すらできないという段階も考慮に入れておいたほうがいいだろう。ちなみに、Xではがんの経験者の方から「切って手術するというのは、治る可能性があるということだから」というような言葉をいただいた。
一番可能性が高いのが、手術により、人工肛門になることだろう。おれはそのように考えている。
「それにしてもこいつ、人工肛門にこだわるな」と思う人もいるだろう。それについては、最初の大腸内視鏡検査を受ける前に書いたおれの一文を示したい。
中年の異常な執念、あるいは私は如何にして大腸内視鏡検査を受けるようになったか
おれが大腸がんから連想したのは、まず人工肛門だった。人工肛門を使用している人やその家族には悪いが、「人工肛門は嫌だな」と思った。病気を望む人間などいないだろうが、具体的な形としてイメージされた。
おれが軽い血便で大腸内視鏡検査を受けてみようと思ったのは、「人工肛門は嫌だな」というところがあった。
ところが、現在はその人工肛門に向かって一直線だ。すでにおれは「オストメイト」、「ストーマ」などでいろいろ検索して勉強している。
とはいえ、「もう大腸を切除して人工肛門しかないです」と言われたら、それをどうすることもできない。「しかたないですね」と言うしかない。
問題は、「人工肛門にして根治する方法もあるけれど、転移の可能性を許容して温存する方法もある」と言われたときだ。それが何%と何%なのか。どのくらいの確率であれば、おれは人工肛門を選ぶのか。あるいは温存に賭けるのか。その結論が出ない。
身近な人をがんで失った人からは、「抗がん剤によるQOLの低下はものすごい。ストーマをつけることのほうがはるかに楽なことだ」と言われた。そのようなものかとも思う。
むろん、これは仮定の仮定であり、悩んだところでどうしようもないことはわかっている。それでも、おれは上に書いたすべての可能性を想像しては、想像して、考えて、考えて、果てしなく弱っている。
いくら考えたところで、現在の材料からなにか答えが出る、結論が出る、ということはない。それはよくわかっている。わかっているが、頭の中の思考は止まらない。身体も動かない。
どうしておれはこんなに弱いのだろう。おれは人に迷惑をかけられるのは嫌いなので、人に迷惑をかけてはいけないとも思っている。
おれは今回の検査費だけでも保険医療に迷惑をかけている。今後、手術や人工肛門などでさらに迷惑をかけることになるかもしれない。高齢の母にも入院について手伝ってもらうことになるだろう。
術後、人工肛門になったら周りの人に迷惑をかけるかもしれない。そんなことも考えては止まらない。
この世にはもっと深刻な病もあるだろうし、悩みもあるだろう。しかし、これはおれにとっての地獄であって、おれはおれの地獄のなかで苦しんでいる。
精神病になったときもここまでの悩みに襲われたことはなかった。おれは自分の弱さを直視し、しかし、弱さを克服することもできず、ただただ苦しむしかない。10/20に結論が出たら、そのときはそのときでまたあらたな苦悩が始まる。
今まで人生の苦悩から逃げ回ってきたすべてのつけがまわってきている。そのように感じている。楽な方に生きてきた罪の、すべての償いをしなくてはならない。
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【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :Marcelo Leal