Yahoo! JAPAN

空間演出・田中泯×言語演出・松岡正剛 芸劇dance 田中泯『村のドン・キホーテ』が上演

SPICE

芸劇dance 田中泯『村のドン・キホーテ』 宣伝美術:町口覚+浅田農(MATCH and Company Co., Ltd.) 宣伝写真:平間至

2020年12月4日(金)~6日(日)、東京芸術劇場 プレイハウスにて芸劇dance 田中泯『村のドン・キホーテ』が上演される。

本作品は、今年2020年の東京国際映画祭にて、主演を務めた『HOKUSAI』がクロージングを飾るなど、近年は俳優としても注目を集める田中泯と、身体、そして知のフィールドで冒険を共にしてきた盟友・松岡正剛が、2015年パルコ劇場で上演された『影向 yowgow』以来再びタッグを組んでおくる企画。

人間はなぜ、古代より踊りを踊ってきたのか? 一貫した「踊りの起源」へのあこがれとこだわりを持ち、身体の「生きる場所」そのものにも疑いを持って踊り続けてきた田中泯。そんな田中泯は、2018年、2006年以降の劇場公演からの離脱に終止符を打ち、東京芸術劇場の舞台へ『形の冒険』として戻ってきた。2020年1月には、『形の冒険Ⅱ - ムカムカ版』を上演。オーディションで集まった若者たちと協働するという舞台づくりにも挑戦した。しかし、その後コロナ禍により、ニューオーリンズ、ニューヨーク、パリ、そして日本各地で予定されていた踊るべき場を奪われた田中泯は、住まいのある山梨で田畑を耕し、作物の種を蒔き、茶を摘みながら、静かに自らと向き合う時間を過ごしていたという。

田中泯 (c)Rin Ishihara

松岡正剛 (c)Tomakazu Sasaki

関係者や観客の安全を考えると、劇場公演をすることに逡巡する思いもあったというが、それでも「世界はこれでいいのか、人類はこれでいいのだろうか」という、沸々とたぎる思いを抑えきれず、敢えて再び舞台に立つという決意に至ったとき、長きにわたって知と身体を巡り、様々な表現、文化、アートの場面で交流を続けてきた盟友・松岡正剛が自著新刊『千夜千冊エディション 物語の函』の口絵撮影を田中泯に持ち掛けたという。その『物語の函』の内容は、オデュッセイアー、神曲、リア王、ドン・キホーテ、カラマーゾフの兄弟――ギリシア古典からロシア文学まで、まさに松岡の世界読書術の極みというべき知のタペストリー。松岡がその口絵で田中泯をドン・キホーテとして登場させたことで、今回の企画に至ったという。田中泯、松岡正剛よりメッセージが届いた。

田中泯

コロナ禍の中で活動停止を余儀なくされた時、「何故、踊りなんだろう」とか「何故、僕は踊りを始めたんだろう」とかそういうことばかり考えていました。その時、自分の中で何か突起してくる感覚があって、ふと「ドン・キホーテ」を踊ってみたいと思ったんです。そして400年も前から不思議な愛され方をしてきた「ドン・キホーテ」を演るにあたって、親友の松岡正剛に言語演出を依頼しました。言語の達人である松岡の言葉は実に刺激的ながら、一方で踊りが言葉として解釈されたり、伝わるものではないという確信も自分なりに深めています。
僕の踊りは常識破りの踊りで、言ってみれば技術に頼らない踊りです。それは踊りというものが、本来、心から始まっていると思っているからです。ひょっとしたら、人類が言葉を必要とするきっかけになったのが、踊りではないかと思ったりもしているんです。このコロナ禍の中でも、何かを探したり、これから生きるきっかけを見つけたり、僕らは自由に考え、自分の感覚を開放していくこともできる。ライブでご覧に入れる踊りには、そういう要素がいっぱいあると思っています。

松岡正剛

西方の思想を集約したのは、ダンテ、ボッカチオ、セルバンテスである。壮絶なキャラクターを表出してみせたのは、ラブレーのガルガンチュア、シェイクスピアのリア王、セルバンテスのドン・キホーテだ。これですべてだ。 田中泯には、いつかこの西方の途方もない格義を日本に引っぱってくる骨舞を踊ってほしいと思っていた。ドン・キホーテでいくと言う。快哉だ。かくて赤土の関東平野の背後に迫る村々に、ミン・キホーテが出現することになった。少々、言葉のほうでお手伝いをした。石原淋にも託した。たのしみだ。 途中、田中泯が長い棒で踊る場面がある。体と棒とが一緒くたになって空中に文字を綴る。ひそかに三文字の漢字をあてがった。想像してほしい。

【関連記事】

おすすめの記事