あてもなく和歌山の街を散策して、この街が好きになった / 中央卸売市場で垣間見たさりげない優しさ
先日、私(佐藤)は和歌山県に初めて足を踏み入れた。西日本出身(島根)でありながら、51年生きてきて、いまだかつて1度も和歌山を訪ねたことがなかったのだ。初めて訪ねる街は、どこも新鮮な驚きを与えてくれる。和歌山にもその驚きは十分にあった。
そしてたまたま目にした景色や、人々の様子から思わぬ感動を得られることすらある。わずかな時間の散策ではあったけど、街歩きを通して、私は和歌山が好きになった。
・郷里に似た街
前日の夕刻、私はJR和歌山駅にいた。うちの記事をショート動画にしていた人物、ぱちょさんと会い、彼に動画制作の協力のお願いをした後、2人で南海線和歌山市駅からこちらの駅まで共に歩いてきた。
「井出商店」という中華そばのお店を教えてもらって、彼とわかれて、私は1人で歩いてお店に向かったのだった。
駅から少し歩いたところ、すぐに「お買物はみその」という看板が目に留まった。今どき珍しいアーケード街。後に調べたところ、和歌山市内にはこのようなアーケード商店街がいくつか点在していた。そのうちのひとつがここ、みその商店街である。
公式サイトによると、1967年に設立したアーケード商店街で現在は飲食店を含めて8店舗が営業をしているようだ。
どことなく私の地元(松江市)の雰囲気に似ている。その昔、松江市にもあちらこちらにアーケード街があったが、そのほとんどがなくなってしまった。ばあちゃん家の近くにも、立派なアーケード街があったのに、空き店舗だらけでアーケードが老朽化して、結局撤去したんだっけなあ。
中ほどに進むと大衆演劇の店がある。「七福座」というのか。提灯が点いているということは、興行をやってらっしゃるんだね。いいな、こういう場所が生業としてやっていけるって、ステキだな。
ここから私は、「てんかけラーメン」を食べるためにイズミヤのグリーンコーナーへと向かった。ふと見上げると、美しい夕焼け空が広がっていた。まるで水彩画のような美しい色彩だ。この夕焼けも松江みたい、妙に郷愁をそそられる。
そういえば今日は満月だったな。今回の和歌山訪問は天候に恵まれてよかった。
さらにこのあと、私は和歌山の飲み屋街の新内(あろち)の様子を伺い、バーで1杯飲んで、ほろ酔いで街の景色を楽しみながら宿へと帰った。
~~ そして翌日 ~~
私は7時にホテルをチェックアウトして、「和歌山市中央卸売市場」へと向かうことにした。何か目的があっていくわけではなかったけど、飲食店があるらしいので、そこに行けば美味しい魚が食べられるんじゃないか? と思ったからだ。
1時間で着くようなのだが、別に急いでいく必要はない。せいぜい昼の電車の時間を気にしながら、のんびり歩けばいいのだ。……というか、まだ7時。大抵のお店は9時や10時がオープンだから、早くついてもやってない可能性もある。
とにかくまずはモーニング食いたい! ってことで、向かう途中で見つけたこんな名前のお店に寄ろうとしました。
「コージーコーナー」
あの洋菓子の「銀座コージーコーナー」とは無関係。寄りたかったのに営業は8時からでまだやってない。入口で待つわけにもいかないし、この辺は住宅街だから、うろうろしてても不信に思われるし……。今回は見送ります、残念……。
そこから少し歩いたところ、もしかしたら和歌山最古? と思わせるようなアーケード街にたどり着いた。
ここは市場と商店街の機能を備えたアーケード街だ。「七曲市場」(七曲商店街)は、戦時中に前身の「湊公設市場」が和歌山大空襲で焼失。バラック街として再建して後に、組合が結成されて1957年に県の認可を受けている。
古いアーケードではあるが、活気を感じられるのは市場ゆえなのではないだろうか。訪問時は早朝だったために、生鮮食料品店以外は営業していなかったが、日中はそのほかのお店も営業している。きっと週末はにぎわっているはず。
「古びている」けど「廃れている」わけではない。ここには人々の生活と息遣いが感じられる。
どこにカメラを向けても画になる。月並みな表現でいえば「レトロ」だが、この一言では片づけられない味のある商店街だ。
卸売市場までの道のりを、まだ半分も来ていない。そろそろモーニングを食いたいんだけど、どこかやってるのかな~……。あ、あのアヒル(?)のイラストは、グリーンコーナー! ここにもあったのか。
グリーンコーナー築地橋店の営業開始時刻は11時。まだ時間は8時過ぎだよ、3時間も待ってられない。もはや空腹の限界が近づきつつあるその時、喫茶店発見! やったね、ここで朝飯だ!
「水茶都(みなと)」という名前の喫茶店。ここの売りはどうやら「すじカレー」らしい。店前の幟(のぼり)に「牛すじカレー」と書かれているからそのことだと思う。それにしてもこの文字、ブラッディ過ぎない?
モーニングを頼もうとしたところ、お店の女将さんが「カレーもおすすめですよ」と仰るので、そのご提案をムゲにできず牛すじカレー(税込1000円)を注文。
意外とボリュームありますな。私はこれから市場で魚介を楽しもうと思っていたところなんだけど、これ食べて魚介を食えるかな……。カレーもさることながら、ご飯の量も多く、食い甲斐バツグン! すじ肉もゴロゴロ入っていて、かなりお腹が満たされてしまいました。
・フェリーに乗るか?
さて、目的地まではあとは20分くらいあるかな。歩いている間にお腹が空いてくれると良いのだけどな。築地川をわたったところで、南海和歌山港線の高架をくぐった。ここ景色もいいねえ。青空と赤い橋梁のコントラストがいい。
ここまで来て今さら気づいたんだけど、この先にフェリー乗り場があるらしい。そういえば喫茶店を出る時に女将さんに「フェリーですか?」と尋ねられて、何のことを仰ってるのかわからなかったけど、南海フェリーの乗り場があるんだね。
ありました「和歌山港フェリーターミナル」。ここから南海四国ラインが出ている。いっそのこと、勢いで四国まで行っちゃおうかしら?
いやいや、待て待て。今日中に東京に戻らねばならぬ。旅人気取って徳島にわたっても良いけど、きっと後悔することになるからやめておこう。
和歌山港駅のホームもいいなあ。秋晴れの朝がよく似合うホームだよ。青春を感じるぞ!
・市場のつるちゃん
そこからさらに10分歩いて、ようやく市場に着きました。途中歩道のない道を歩いていたので、かなり怖かった。歩く人なんていないものなあ。
着いたはいいけど、時間はまだ8時50分。昼飯には早すぎるし、お腹も空いてない。さっき食べたばっかりだもの……。
中に入ると、1軒だけ魚介を食べられるお店がやっている。海鮮丼、目では食いたいと思うけど、お腹は全然……。
せっかくここまで来たのに、無計画で歩いてきてしまったことが悔やまれる。せめてモーニングコーヒーだけどもと思い、小さな喫茶店みたいなところに入った。そのお店「つるちゃん」は可愛らしいおばあさまが1人でやってらっしゃるカウンターのみの店だった。
「コーヒーください」というと、いきなり「どちらから?」と尋ねられた。見てわかるんだろうね。まあ、大きなリュック背負って歩いてるから、市場関係者ではないし、朝も早いから、地元の人間ではないと判断されたのだろう。仕事で東京から来た旨を伝えた。
少ししてコーヒーと共に「はい」とゆで卵を手渡しされた。サービスなのかな、それが思いのほか嬉しかった。
このお店は日祝を除いて毎朝5時からやっているそうだ。市場の人たちの朝ごはんの店として親しまれている様子。以前は他所にもお店をお持ちで、休まずに働いていたそうなのだが、転んで骨折したことを機に、そちらのお店は休み、今はここに専念しているとのこと。
温かい柔和な笑顔がステキな方で、祖母と話しているような懐かしい気持ちになった。
頂いたゆで卵を頬張っていると、青いつなぎの男性がフラリと入ってきた。カウンターのゆで卵をつまんで、何も言わずに食べ始めている。ふと見ると、おばあさまはいない。あれ? どこに行ったんだろう。
テレビでは朝の情報番組が、地元のお得情報を伝えている。見るともなしにそれを見ながら、私とつなぎの男性はゆで卵を頬張る。黙って並んで卵をかじるおじさん2人。お互いの様子を伺う、心地よい緊張感があった。
そこへおばあさまが帰ってきた。トイレにでも行っていたのかも。男性はすかさず、挨拶もなしに「なんか食わして」と投げかける。その言葉は決して不快なものではなく、まるで子どもが母親にでも頼むかのような親しげなものだ。
「何がいい?」
「何でもいい」
親子ではないけど、それに近い言葉のやり取り。きっとおばあさまは市場の母なのかも。私は知らないそぶりで耳をそばだてる。
私が入店した時、おばあさまは薬を飲もうしていたらしい。カウンターに端に錠剤が並んでいるのをみとめた男性は。
「ちゃんと食べた? 食わなあかんで」
どうやら、「薬を飲むなら食事を摂らないと」と伝えたかったようだ。ぶっきらぼうに見えて結構優しい人だ。
おばあさまは「せやなあ」と曖昧な返事をしたところで、不意に男性は席を立った。
おばあさまはお茶碗にご飯をよそい、味噌汁と漬物。それから焼き魚を膳に並べる。少しして男性が帰ってくると「これでいいかい?」と尋ねた。男性はコクリと1度頷きつつ、「はい」といってどら焼きをおばあさまに渡し、再び「ちゃんと食わなあかんで」。
そこまで見届けて私は、「ごちそうさま」と席を立った。さりげない優しさを垣間見ることができて、満足して市場を出た。
私はここから少し歩いた先にある、格安スーパー「ラ・ムー」に寄り、その先のスーパー銭湯「ユーバス和歌山店」で特急入浴をして、和歌山市駅から大阪・なんばに戻り、「会津屋」でようやく昼食にありつくことができたのだ。
駆け足の和歌山散策だったけど、私が和歌山を好きになるのに十分すぎるほどの時間を過ごすことができた。でも、次はもっとゆっくり観光したい。
参考リンク:みその商店街、ロカルわかやま
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
Screenshot:Google Maps