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伝説の名投手多い?プロ野球における背番号14の選手たち

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(左から)オリックス・吉田一将、ロッテ・大谷智久、阪神・能見篤史ⒸSPAIA

2020年現役選手の背番号「14」

投手の番号としての印象が強い背番号「14」。2020年シーズンは永久欠番となっている巨人を除く11球団で投手が背負っている。2020年の背番号「14」は下記の通り。

西武:増田達至投手
ソフトバンク:加治屋蓮投手
楽天:則本昂大投手
ロッテ:大谷智久投手
日本ハム:加藤貴之投手
オリックス:吉田一将投手
巨人:永久欠番(沢村栄治)
DeNA:石田健大投手
阪神:能見篤史投手
広島:大瀬良大地投手
中日:谷元圭介投手
ヤクルト:高梨裕稔投手

不在:0球団
永久欠番:1球団
投手:11球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:0球団

沢村賞の由来となった伝説の投手である沢村栄治。巨人時代に背負っていた「14」は1947年に黒沢俊夫(巨人)の背番号「4」とともに日本球界初の永久欠番となった。

2020年に着用している選手を見ると、則本昂大(楽天)や大瀬良大地(広島)といった主戦クラス、さらには能見篤史(阪神)、大谷智久(ロッテ)らのベテランが背負っている。長く活躍する投手だからこそつけられる背番号と言えるだろう。

伝説の名投手・沢村栄治

巨人の背番号「14」は永久欠番となっている。その番号を背負っていたのが、戦前に活躍した沢村栄治だ。

沢村は京都商業学校時代に甲子園に3度出場。また、日本代表として日米野球にも出場している。

アメリカ代表との一戦で、沢村は8回を投げて被安打5、ルー・ゲーリッグの本塁打による1失点のみに抑える好投を見せた。0勝16敗と力の差を見せつけられた日本代表の中で、唯一の接戦を演じている。

その後、大日本東京野球倶楽部(現巨人)に入団しエースとして活躍。戦争の影響もあり、わずか5シーズンのみだったが、史上最多タイのノーヒットノーランを3度達成するなど、63勝(22敗)をマークした。

しかし、太平洋戦争で戦死。1943年が最後のシーズンとなった。巨人は沢村の功績をたたえ、背番号「14」をプロ野球史上初となる永久欠番に制定(同時に黒沢俊夫の背番号「4」も永久欠番となった)。また、優秀な先発投手に贈られる賞のひとつとして「沢村賞」が設立されている。

沢村の生誕100年となった2017年には「沢村栄治生誕100周年記念展」が催されるなど、現代においてもその影響力は大きい。記念展の一環で行われた巨人対日本ハムのオープン戦で、巨人は全員が背番号「14」を背負ってプレーした。

「炎のストッパー」津田恒実

広島のリリーフエースとして「炎のストッパー」と呼ばれた津田恒実。先発から中継ぎに回った1985年から引退まで背負っていたのが背番号「14」だった。

津田は1981年ドラフト1位で社会人野球の協和発酵から広島に入団。先発投手として11勝をマークし、新人王に輝いた。

しかし、故障もあって1985年から中継ぎに転向し、1986年からはクローザーを任されることになった。転向初年度に22セーブをマークすると4年連続で2ケタセーブを記録。1989年には最優秀救援投手のタイトルを獲得している。

その後の活躍も期待されていたが、1991年に脳腫瘍により離脱を余儀なくされる。懸命のリハビリに励んだが復帰はならず、同年に現役引退。闘病生活の末、1993年に32歳の若さで亡くなった。

津田の剛球の威力を示すエピソードがある。原辰徳が津田のストレートをファウルした際に左手有鉤骨を骨折、シーズンの残り試合を全て欠場した。その後も長らく後遺症に苦しんだという。ストッパーとして必要な球威において、津田のそれはプロの打者が骨折するほど抜きん出ていた。

津田の背負った「14」はその後、鈴木健、澤﨑俊和、篠田純平が受け継ぎ、2014年から大瀬良大地が着用している。

楽天のエース則本昂大

2012年ドラフト2位で三重中京大から楽天に入団した則本昂大。背番号「14」を与えられたことからも、球団の期待の大きさがよく分かる。

2013年、新人ながら開幕投手を務め、田中将大(現ヤンキース)とともに先発ローテーションの柱として活躍。15勝(8敗)をマークして新人王に輝き、球団創設以来初の日本一にも大きく貢献した。

翌2014年から2018年まで5年連続最多奪三振のタイトルを獲得、2017年には8試合連続二桁奪三振のNPB記録を樹立するなど、球界を代表する投手となり、チームを支えている。2017年に行われた第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも背番号「14」を背負い、日本代表として戦った。

則本は2019年に異例の7年契約を締結。事実上の「生涯楽天」を約束した。今後も楽天の背番号「14」が永久欠番となるほどの活躍が期待されている。

メジャー通算最多安打記録保持者ピート・ローズ

1960年代から1970年代にかけてシンシナティ・レッズなどで活躍したピート・ローズは、メジャーリーグ記録となる通算4256安打を放ったレジェンドだ。

1970年代は「ビッグレッドマシン」と称され、強力打線を誇っていたレッズにおいて1番打者を務め、ワールドチャンピオンに2回輝いた。その後、フィラデルフィア・フィリーズ、モントリオール・エクスポズ、再びシンシナティ・レッズへと移籍しているが、常に背番号「14」を背負った。

しかし、現役引退後の監督在任期間中に野球賭博への関与が発覚し、永久追放処分を受ける。そのため偉大な成績を残しているにも関わらず、野球殿堂入りは果たしていない。

長きに渡り現役生活を送ったレッズでは、球団の殿堂入り、および背番号「14」を永久欠番とすることを認定。1986年の現役引退から30年が経過した2016年のことだった。

記事:SPAIA編集部

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