胸糞セクハラ・スリラー映画の新たな傑作『ロイヤルホテル』は何が“怖い”のか?女性旅行者の心身を蝕む盛り場の狂乱と腐敗の根源
淡々と冷ややかな最恐社会派サスペンス劇『アシスタント』(2019年)で世界のド肝を抜いたキティ・グリーン監督が、主演のジュリア・ガーナーと再び組んだスリラー映画『ロイヤルホテル』が7月26日(金)より全国公開となる。
エンタメ業界における様々な搾取構造を静かに、しかし力強く突きつけたグリーン監督が新たな題材に選んだのは、根深く蔓延る「ハラスメント」の数々。2人の女性バックパッカーがオーストラリアの炭鉱町にあるパブで働く姿を追ったドキュメンタリー『Hotel Coolgardie』(2016年:原題)からインスパイアを得たという本作は、『アシスタント』の結末の先を描いているようにも見える。
女性バックパッカーが味わう“地獄”
ハンナ(ジュリア・ガーナー)と親友のリブ(ジェシカ・ヘンウィック)は旅行で訪れたオーストラリアでお金に困り、荒れ果てた田舎にある古いパブ<ロイヤルホテル>に滞在し、バーテンダーとしてワーキング・ホリデーをすることに。
単なる接客バイトかと思いきや、彼女たちを待ち受けていたのは、飲んだくれの店長や荒々しい客たちが起こすパワハラやセクハラ、女性差別の連続だった。楽観的なリブは次第に店に溶け込んでいくが、真面目なハンナは孤立し精神的に追い込まれ、次第に2人の友情も崩壊していく……。
同じくオーストラリアの田舎町を舞台にしたカルト映画『荒野の千鳥足』(1971年)も引き合いに出される本作。場末のパブにおける狂乱が主人公にどんな影響を与えるのか、立場による違いが明確に出ていて興味深いので、比べ観してみてもいいだろう。
ジュリア・ガーナー&ジェシカ・ヘンウィックの熱演に注目!
ハンナ役のジュリア・ガーナーは、Netflixシリーズ『オザークへようこそ』(2017~2022年)で「彼女は何者!?」と注目を集め、『アシスタント』で世界中の話題をかっさらう。黙ってカメラを見つめるだけで間をもたせることができるであろう抜群の存在感が、抑圧された女性という役柄によって異様なまでの説得力を生み出していた。
リブを演じるジェシカ・ヘンウィックはNetflixの『Marvel アイアン・フィスト』(2017~2018年)などで激しいアクションもこなし、アジア系スターの仲間入りを果たす。その後『マトリックス レザレクションズ』(2021年)や『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』(2022年)などの大作に立て続けに出演。本作ではガーナーを食うほどの演技力を見せつけている。
パブのオーナーを演じるのはあのヒューゴ・ウィーヴィングで、初っ端からさすがの禍々しさを2人にぶつけてくる。『マトリックス』『キャプテン・アメリカ』以降は出演作選びにシビアになったという噂もあったが、良質な中規模作品で彼の演技を見られるようになったのは率直に嬉しい。
「ハラスメント」が与えるホラー映画以上の恐怖とトラウマ
馴染みのない旅先で共感ポイントが見出だせない人々の恐怖に怯える――という構図は、まるで『悪魔のいけにえ』(1974年)だ。周囲は見渡すかぎりの砂漠地帯で、逃げ場もない。しかしハンナとリブは、古典的なホラー映画のヒロインのようにパニック状態のなかジタバタと抵抗するだけでなく、明確な意思を持って“決断”をする。
当然ながら最もキツいのは、そこに至るまでの過程だ。さすがに後ろからハンマーで殴られたり人骨で作った家具が並んでいたりするわけではないが、2人の目に映るもの全てが“どこかで見たことのある”生理的嫌悪を催させ、否応なしに感情移入させられてしまう。しかも昼間は黄みがかった、夜は緑がかったフィルターで曇ったように覆われていて、私たちも思考が淀んだように錯覚させられる。
物語の中盤手前くらいまではロマンス展開もワンチャンあるのでは? などと一瞬思わせるのだが、それも主体性が奪われた結果でしかない。やがて積み重ねられた不穏さが一気に崩壊し、彼女たちが“獲物”であることもわかる。メイン舞台はパブ店内なので様々な客がいるわけだが、2人の決定的な忌避感のトリガーとなる存在も浮かび上がってきて……という展開に、へなへなと力が抜けるような感覚すら覚える。
やや性急な結末は“リベンジ映画”としては賛否が分かれるところかもしれないが、正直これ以上なにを「見せろ」というのか? と感じてしまう。物語終盤、慰め合いぶつかり合いながらも気丈に振る舞っていたハンナとリブの表情の変化に気づき、ハッとさせられる。ナイフの切っ先を突きつけるようなチクチクとしたハラスメントの数々によって、彼女たちの心はすでにズタボロだったのだ。
「いま世界中で起こっている現実」という身近すぎる恐怖
本作を観て改めて痛感するのは、もはやセクハラやパワハラはサスペンスどころか、スリラーやホラーの題材として十分すぎるほどの<悪>であり、心身を凌辱される<恐怖>なのだということ。それらをテーマにする以上、いわゆる“胸糞”な映画になることは避けられないが、そもそも今この瞬間にも世界中でバリバリ起こっている<現実>なのだということに、何よりも精神を削られる。これは『アシスタント』の後味と同じだ。
私たちがハラスメント満載の世界で生きていられるのは、ただ単に“見ないように”しているから。しかし、ひとたびターゲットになってしまえば、目を背け続けるのにも限界がある。プライバシーな部分に無遠慮に伸びてくる手、穢らわしい言葉の数々……。ヒトの尊厳を奪い、自信を失わせ、意のままにコントロールしようとする行為は犯罪であり、それに抵抗しなければ/逃げ出さなければ、私たちの“日常”は今すぐにでも崩壊する。
もちろんあらゆるハラスメントに反対の声をあげ、加害者や協力者、そして周囲の無関心と日々戦っている人々もいる。とはいえ日常的に反対の声をあげ続けるのは簡単なことではなく、社会的な犠牲が大きいことも言うまでもない。さらに被害者として告発する側ともなれば、その苦渋は計り知れないだろう。
『ロイヤルホテル』が投げかける、拒絶と妥協、否定と許容、その狭間にある落とし穴。この社会はなぜかハラスメントに優しい構造になっている。ハンナとリブが下す決断は観客の溜飲を下げてくれるかもしれないが、それは限定的なシチュエーションにおける問題(構造)を破壊するための、本当に最後の手段でしかない。
『ロイヤルホテル』は2024年7月26日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開