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実証済みの「幸福になる方法」――小川仁志さんが読む、ラッセル『幸福論』#1【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

NHK出版デジタルマガジン

実証済みの「幸福になる方法」――小川仁志さんが読む、ラッセル『幸福論』#1【NHK100分de名著ブックス一挙公開】

小川仁志さんによる、ラッセル『幸福論』読み解き

世界の叡智が体現した「幸福の獲得法」とは――。

哲学者・数学者であったラッセルは「幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味を持っている人である。それゆえに自分がほかの多くの人びとの興味と愛情の対象にされるという事実を通して、幸福をつかみとる人である」と説きました。

そういう人になるためには何をすべきなのでしょうか。『NHK「100分de名著」ブックス ラッセル 幸福論』では、小川仁志さんが、日本人の内面にあわせてラッセルの哲学的エッセイ『幸福論』を、わかりやすく解説します。

今回は、本書より「はじめに」と「第1章」を全文特別公開いたします(第1回/全5回)

実証済みの「幸福になる方法」(はじめに)

 バートランド・ラッセル(一八七二~一九七〇)はイギリスの哲学者です。哲学者といっても、彼の活動は哲学の分野だけにとどまるものではありません。ラッセルをご存じの方は、彼の名前を聞いてどんな業績を思い浮かべますか?

 数理哲学の金字塔『プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』でしょうか。

 あるいは、『幸福論』をはじめ哲学者として著した数々の哲学書でしょうか。

 それとも、「ラッセル=アインシュタイン宣言」をはじめとした平和活動でしょうか。

 これらはいずれも傑出した業績です。ラッセルは、二十世紀最高の知性の一人として、世界中の人たちの記憶に刻み込まれている人物なのです。

 本書ではその中でも、彼が五十八歳のときに書いた哲学的エッセー『幸福論』をご紹介したいと思います。原題はThe Conquest of Happiness。そのまま訳すと、「幸福の獲得」となります。幸福とは待っていれば向こうからやってくるものではなく、自ら獲得すべき能動的な営みである──という、ラッセルの根本思想がよく表れているタイトルだと思います。

 世界には三大幸福論と呼ばれる幸福論の名著があります。一つは、本書で取り上げるラッセルの『幸福論』。もう一つはフランスの哲学者アランの『幸福論』。三つ目はスイスの哲学者カール・ヒルティの『幸福論』です。くじけない楽観主義を説いたアラン、信仰や信念をもって生きることが幸福につながるとするヒルティ。彼らと比べると、ラッセルの『幸福論』は、外に目を向けることの大切さを説き、実際の行動を最も重視すること、また精神論にとどまらない論理性を備えている点が特徴的です。

 ラッセルの『幸福論』は二部構成になっています。第一部では不幸の原因分析を行うと同時に、思考をコントロールすることでその原因を取り除く解決策を提示しています。続く第二部では、自分の関心を積極的に外に向けつつ、同時にバランス感覚を忘れないようにすることで幸福になる術を提案しています。数学者でもあったラッセルの『幸福論』は、エッセーとはいえ非常に体系的で、わかりやすい構造になっています。

 またラッセルは、『幸福論』のはしがきで、この本に書いたことは自分の「経験と観察によって確かめられたもの」であり、実際にそれに従って行動したときには自分の「幸福をいやましたもの」だと書いています。つまり、彼が頭の中で考えただけのことではなく、いわば実証済みの方法論なのです。

 ラッセルは晩年、平和活動に熱心に取り組みました。『幸福論』で論じているのは個人が幸福になるための方法ですが、彼の中では、その思想は個人の幸福を超えて、社会の幸福の基盤となる「平和」を求めるところまでつながっていたといえるでしょう。本書では、そのことも視野に入れて、『幸福論』を読み解いていきたいと思います。

 ラッセルの『幸福論』をいま、日本において読む意味とは何か。これについてはさまざまな理由が挙げられますが、大きく分けると二つあるでしょう。一つ目は、自己を否定しがちな現代社会の風潮です。〝負け組〟や〝ひきこもり〟といった負のラベリングが、人々をますます不幸にしている現実があるからです。二つ目は、いまいちど平和の意味が問い直されるべき時代状況です。国際社会が不安定化し、日本で憲法改正が叫ばれる中、ラッセルが行ったように幸福という視点から平和を考え直す必要があるように思うのです。

 これらに加え、本書では特別章を設けて、ここ数年世界で起こった出来事をテーマに、ラッセルの『幸福論』に照らして考察したいと思います。とりわけ新型コロナウイルスによるパンデミックが引き起こしたさまざまな社会問題は、私たちの幸福を実現する上で大きな壁となって立ちはだかっています。したがって、いまこそラッセルの知性を参照すべき時なのです。

 ラッセルの文章は非常に論理的ですが、決して堅苦しくはなく、折々に挟まれる突飛な比喩はユーモアにあふれています。ぜひご一緒に、ラッセルの『幸福論』を通して、自分の人生、社会のあり方、そして世界の平和について考えてみましょう。

著者

小川仁志(おがわ・ひとし)

哲学者。山口大学国際総合科学部教授。大学で新しいグローバル教育を牽引する傍ら、「哲学カフェ」を主宰するなど、市民のための哲学を実践している。『7日間で突然頭がよくなる本』、『はじめての政治哲学』(講談社)、『「道徳」を疑え!』(NHK出版)等、著書多数。

※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

■「100分de名著ブックス バートランド・ラッセル 幸福論」(小川仁志著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビなどは、記事から割愛しております。

*本書における『幸福論』の引用は、岩波文庫版(安藤貞雄訳)に拠ります。

*本書は、「NHK100分de名著」において、2017年11月に放送された「ラッセル『幸福論』」のテキストを底本として加筆・修正し、新たにブックス特別章「ラッセル『幸福論』で考えるコロナ時代の危機」、読書案内などを収載したものです。

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