嘘をつくからには、ほんまにおもしろい漫談に仕上げないといけない。
まさかチャンピオンとして、エレ片の番組に出られる日が来るとは……
――まずは『R-1グランプリ2024』優勝、おめでとうございます。
ありがとうございます。芸歴20年で、ようやくです。
――TBSラジオとの関連でいえば、優勝した当日の深夜に『エレ片のケツビ!』生放送に出演していましたね。
エレキコミックと片桐仁さんは同じ事務所の先輩なんです。まさかチャンピオンとしてエレ片の番組に出られる日が来るとは。小さい事務所なんで、お三方ともめっちゃ喜んでくれました。今までも、たまには褒められることもありましたけど、あの日は仁さんが「お前すげえよ」って言ってくれて。ほんま初めてやったんで、うれしかったです。
――そもそも「脳盗王」に応募したきっかけは?
ディレクターの松重(暢洋)さんですね。2022年にTBSラジオで『街裏ぴんくのもう離さないもん最終回スペシャル』という特番を一緒にやらせてもらったんです。「10年間、誰にもバレずに放送していたラジオ番組の最終回」という趣旨で、さも10年間やってきたかのような番組の最終回だけをやるっていう。この番組の反響がめっちゃよかったんですよ。存在しない場所へ中継リポートに行ったりして、リスナーからは「怪電波や」とか言われて。
――その繋がりで、松重さんが担当する『脳盗』の企画を知ったと。
はい。ロナウジーニョがキャラメルを配ってた話とか、4つぐらいネタを出しました。どうにかアピールしたくて、「なんやこいつ!?」と思われるように本ネタで送ったのに、ほかの応募者がヤバい人ばっかりで、僕なんかだいぶ普通でした。これはもう「なんやこいつ!?」レベルでは勝たれへんなと思って、最終の審査ではむしろ正統派を売りにしました。
――一般の応募者の中に混じって、本気で臨んだのですね。
R-1で優勝するまでは、ほんま知っている人は知っている、くらいのものでしたから。
――とはいえ、ここ何年かの独演会はいつも満員ですよね。
漫談というスタイルが珍しいのもあって、ありがたいことに会場は埋まるんですよ。でも、その先がなかなか増えていかなかった。R-1の優勝後に初めてやった独演会で、ようやく会場を大きくできたんですけど、ずっと焦ってましたね。
仲間たちの活躍に、焦りもあったけど、希望もあった。
――ライブなどでよく一緒になっていた芸人さんは?
錦鯉さん、モグライダー、ランジャタイ、真空ジェシカ、あたりですね。いわゆる地下芸人出身と呼ばれている人たちです。それが2020年くらいから、みんな売れて表舞台に出るようになって。やっぱり焦りましたけど、希望も持たせてもらったんです。特に錦鯉さんには。モグライダーもランジャタイも真空ジェシカも、ライブでは負けなしやったんですよ。それに比べたら自分はまだまだ不安定というか、ウケる時はウケるけど、やっぱりお客さんを選ぶ芸やなっていう意識はありました。
だからこそ、定期的に独演会をやって、自分の居場所を確保しようと。修行のように、ネタを毎月10本とかおろしてましたから。とにかく「ライブで負けなしやったら、ちゃんと上に行けんねや」というのは、ずっと希望としてありました。ただ、去年のM-1でヤーレンズが決勝に行った時はさすがに焦りました。あいつらまで行くんや、っていう。
――チャンスという意味では、2022年には『Be-1グランプリ2022』で優勝、それ以前の2017年にも『JUNK爆笑問題カーボーイ』で開催された「第2回地下芸人まつり」で優勝していますよね。
だから、やめられなかったんですよ。やめさせてくれないというか。少なからず芸人さんに評価していただいたり、(笑福亭)鶴瓶師匠や(鈴木)おさむさんがおもろいと言ってくれてるよ、みたいなことがあったりして。R-1の時、審査員のコメントとしてハリウッドザコシショウさんが言っていた「続けるのもセンス」というものが、僕にもあるのだろうかと思いながら、ただやめられずにずっとやってきました。
――まわりからの評価があるとはいえ、ご本人としては「それにしたって……」というような気持ちもあった?
だいぶありました。芸人さんや独演会での評価と比べると、たまにテレビにポッと出た時のあまりの反響のなさとか。やっぱりもっと説明がいるんやろうなって。
――前提として「嘘漫談」というのが共有されているのといないのとでは、見やすさがまったく変わりますからね。
そうなんですよ。スポットで出ても、何がおもしろいのかようわからんっていう。だから何の爪痕も残せなかった。
毎回必ず、完全に新ネタで、種をまく。
――『虚史平成』はPodcastという形式のおかげで、ネタの尺も自由自在で、繰り返し聴くことができる、というのが漫談とすごく相性がいいと思いました。
相性はいいと思うんですけど、正直、収録は毎回ゲロ吐きそうなほどしんどいっす(笑)。
――週1回の配信で、毎回新ネタを作るのは、たしかにしんどいですね。
そう、毎回必ず、完全に新ネタなんです。そのうえで「過去のものを超えなあかん」というつもりでやっています。R-1の決勝でやったモーニング娘。のネタも、この番組で作ったものですし。そのあとライブにもかけるので、『虚史平成』は種をまいているような感じですね。種の段階なので、尺も長めで。
――“平成”をテーマにしたのは?
それは番組のスタッフさんから提案してもらいました。広告なんかでも平成リバイバルが流行っているというのもあって。この番組のCMの冒頭で、毎回「あなたの平成、間違っています」というナレーションが入るんですけど、だいぶ大きいこと言ってますよね(笑)。そういうのを不快に感じる人もいると思うんです。嘘をつかれるって、ひとつ間違えるとかなり不快なものになるので、最低限ほんまにおもしろい漫談に仕上げないといけない、そういうプレッシャーと闘ってますね。
――ありえない大嘘と、ありえそうな小さい嘘とのバランスもありますし。
なので、大嘘の時ほど「ほんまなんすよ!」って大声を張り上げてます(笑)。嘘の種類としては、明らかな大嘘と、日常からだんだん『世にも奇妙な物語』的に非日常の世界へ入っていく系の嘘と、ざっくり2種類あるかもしれないですね。
――大変だとは思いますが、ファンとしては『虚史平成』続いてほしいです。
続けたいですね。そのままの自分を一番表現できる場所なんで、大好きな番組です。あとは、せっかくTBSラジオに出入りさせてもらっているからには、ネタ以外もやらせてもらえるようにアピールしていかなあかんだろうなぁとは思ってます。
長い下積みで、いつでも低姿勢でいることが染みついている。
――一方で、芸人のラジオといえばフリートークがあります。
僕の場合、本当にあったおもしろい話よりも、明らかに嘘の話の引き出しのほうがあるので(笑)。この前、爆笑問題の太田さんとくりぃむしちゅーの上田さんがやられている『太田上田』(中京テレビ)に出た時も、上田さんから「事実なんか知りたくねえよ」「ずっと嘘ついてろ」って言われました。あと、東野(幸治)さんと今田(耕司)さんからは「『徹子の部屋』に出る時は全部嘘でいけ」って(笑)。とりあえず今は、共演する方に関する20~30秒の嘘を常に持っていってるんですけど、出せずじまいっていうのがめちゃくちゃ多いので、どうすべきなんやろうとは思ってますね。
――相手が芸人ではない場合、見極めが難しそうです。
でも意外と芸人さんじゃない時のほうがうまくいったりするんですよ。最近だと、モーリー・ロバートソンさんとか、クリス松村さんとか。アンミカさんも「私、好きですよ」「私も昔よう嘘ついてたから」みたいなこと言ってくれて(笑)。いきなりガンガンきてくれたほうがやりやすいんですよね。芸人だったら、ぱーてぃーちゃんの信子とか、ああいう失礼な芸風のほうがやりやすい。自分では踏み込めないけど、踏み込まれたら踏み込める、そういう弱い人間なんで。
――それは下積みが長かったから、というのもありそうですね。
ほんまあると思います。いつでも低姿勢でいることが染みついてる。「嫌われたくない」とか「失敗できひん」という変な気負いもありますし。でも小学生の時、それこそ今のランジャタイとか真空ジェシカの川北(茂澄)みたいにボケまくって無双状態だった時期があるんですよ。あの頃の自分に今の技術が乗ったら強いのになって思いますけど、もうそんな度胸はないですね。
――トークではなく、たとえば食レポとかは?
前に『こねくと』で食レポもさしてもらったんですよ。石山蓮華さんとでか美ちゃんに「嘘はダメですからね!」って何度も言われながら(笑)。それで真面目にやったら、新鮮で楽しかったですね。
優勝後、アンチの意見でバッド入る。
――優勝後に環境が大きく変わって、メンタルのほうは大丈夫ですか?
実はちょっと前に、バッド入っていた時期があるんです。僕が優勝したあと、これもザコシショウが「俺が優勝した時は賛否両論だったけど、お前は無賛全否」ってイジってくれたんですけど、エゴサーチとかしてると、本当に全部“否”じゃないかと思うほどアンチが多かったんです。それでよくないマインドになってしまって。「ネタがわからない」とかならまだ、努力が足りないなと思うんですけど、「あんな奴が」とか「審査員の票と世間の票が乖離してる」とか、実際はもっと語気の強い意見がたくさんありまして。もうだいぶ慣れましたけど。
――SNSとの付き合い方は、本当に人によるので、真剣に考えないといけないです。
ちょっとだけムキになって、アンチに対して「あなたにはあなたの好きな笑いがあって、俺は俺でやってる。それでいいじゃないか」みたいな返信をしてしまったことがあるんですけど、それを見たザコシショウさんからすぐに「やめろ」ってLINEがきましたね。「もう地下芸人じゃないんだから、意識を持て」って。それでハッとしました。Xで芸人さんと絡んだ時も、終わらせるタイミングが掴めなかったりして、なかなか難しいです。
――では最後に。優勝して、一番うれしかったことは?
やっぱり仕事の量が増えたことですね。あとは妻の機嫌が明らかに良くなりました。僕のせいで、今までずっと「服買えない」「コスメ買えない」と言っていたのが、旅行のサイトなんかを見て「ここやったら日帰りで行けるかな?」とか言うようになって、それがうれしいんですよ。これまで一緒に旅行なんて行ったことなかったので。ただ、まだ優勝の賞金は入ってきてないので「じゃあ行こうか」とは言えないんですけど。